50話 ミューゼリアとアンジェラの別行動
負の想念。巡り巡るはずの感情が留まり続け、あるべき場所を忘れ、魔力を拠り所にしてしまったのが原因。そうレフィードが以前、考察をしていたのを私は思い出した。
「私が杖を……?」
風化の舞のように鎮魂や浄化を行う為の儀式を行ってくれ、と頼まれるなら物語の展開でありそうだが、杖制作は予想外で戸惑う。
「そうだ。想念は人間から生じたモノ。魂ではない限り、我らでは背を押す事も、導きの灯を渡す事も出来ない。杖は門を開く鍵だ。あなたの中にある理の門から、彼らに伝えて欲しい」
「もっと適任の方がいらっしゃるのでは?」
確かにレフィードと共にいるが、私は能力値としては平均的だ。老人の話しぶりからして、とても強大な負の想念が〈あの方〉を拠り所にした様だ。小さな私では到底かなわない様に思える。
「あなたの色は、彼の御方の色。あなたでなければ、ならない」
レフィードと約束を交わした人物の事を言っているのだろうか?
その人が私の祖先だとすれば、負の想念を浄化する力を有していた可能性がある。
解決するまでは、出入り口を開けてもらいない。私の中にほんの少しでも浄化の力が残っており、杖がそれを引き出してくれるのならば、やってみる価値がありそうだ。
「……わかりました。削る為の道具はありますか?」
「道具なら一式揃えている」
再び老人は懐に手を入れ、ナイフやノミ、木工やすりを出てくる。
「あ、ありがとうございます」
あの懐は異次元と繋がっているのだろうか。訊いてみたいが、若干怖くて口には出せなかった。
私は道具を受け取り、再び座ると作業を始める事にした。
王太子の誕生日プレゼントを作る際に、色々な形に気を削る練習をしたのが、ここで役立つとは思わなかった。まず、大まかに外側を削り、そこから自分の手の握りやすい細さへと少しずつ削りながら調整をしていく。
千年樹の結晶の層は薄いながら木と硬度が違うので、丁寧に扱わなければならない。
(レフィード。常若の門って?)
『常若の国の門、と言う事だ。常若の国は、妖精の国。人間が入れば、二度とは還れないと思って欲しい。安易に興味を持つのは危険だ』
レフィードは私の頭の中へと声を伝えてくれる。
(妖精の国……妖精王が治めていたんだね。昔は良い王様だったのかな。今いる場所を考えると、人間が行くのは駄目なのは分かるよ)
頼まれごとによって連れて来られたが、知っていたとしてもこちら側に入りたいとは私自身は思えない。ゲームでは絶対に踏み込めない場所。とても神秘的だが、長居しては自分の中の何かが壊れてしまいそうで怖い。
コン、コンと痛くない程度に私の頭に杖が何回か叩かれる。
「刃物を扱っているんだ。集中しなさい。怪我をするぞ」
「は、はい……すいません……」
老人に叱られ、私は頭の中でのレフィードの会話を終了させ、杖の制作に集中をする。
「青年。そろそろ仕事をしてもらおう」
「なんでしょうか?」
「彼女が杖を作り始めた。それを察知し、想念達が動き出す。邪魔されないように、守ってあげてくれ」
その瞬間、周囲の枝がざわざわと動いた気がした。
『ミューゼリア。君は杖に集中するんだ。周りを見るな。ただ一心に、作る事だけを考えるんだ』
手を止めようとした私に、レフィードが言い聞かせてくる。
「皆さん集まってくれて、どうもありがとう」
アンジェラはミューゼリアの捜索よりも先に、調査隊に収集を掛けた。バンガローの立ち並ぶ広場に一旦戻り、上空へと魔術を使用した信号弾を放った。
隊長を含め総勢34人。彼らは無事に帰還をした。
「もし、この中でボクに近づこうとする人がいたら、問答無用で攻撃してね」
リュカオンとキサミに対して、アンジェラは小声で言った。
「一体何をやるつもりですか?」
早くミューゼリアの捜索をしたいリュカオンは、苛立ちを抑えつつも問いかける。
「汚染物質の排除」
アンジェラの答えに内心驚いた二人は、黙って見守る事を決めた。
「調査隊からの報告はしなくて良いよ。皆、魔物に襲われていないでしょう?」
「はい。先程、聞き取りを行いましたが、魔物どころか動物の姿すら見ていません」
隊長の女性は冷静にアンジェラの問いに答える。
「鳥の鳴き声は?」
「聞いてもいないそうです」
リュカオン達は、鳥達の鳴き声を聞いた。頭に響くほどの大勢の声は、距離が離れていたとしても、班に分かれた隊員の誰かが聞いていてもおかしくはない。
「何かあったのですか?」
「うん。ちょっとね」
アンジェラは作業着の右胸のポケットから、ガラスの小瓶を取り出す。中には、赤い液体が入っている。
「これは、2年前の毒薬事件のサンプル。今はボクの結界魔術で封じているけど、解けると……どうなるかな?」
魔方陣によるものの為、見かけでは分からない。
解けたその瞬間だろう。5人の隊員が動いた。アンジェラへと手を伸ばす。
リュカオンとキサミは即座に動き、その5人を制圧、動けない様に大きな一撃を与えた。
「シング殿。一体、これは……」
「ボクね。前回の風森の神殿来訪の時に、陛下から依頼を受けていたんだ。その中に、シャンティス以外にも浄化能力の高い薬草を探して欲しいって内容があった」
アンジェラは機密事項である為、幼い子供であるミューゼリアには嘘をついた。
「800年前の戦争資料の中に魔物達の凶暴化についての文献が残っている。血の匂いに狂った、なんて話もあるね。狂った魔物は魔力を求め、人間を食らったと記されている」
痛みに悶える隊員の一人の前に、小瓶を見せる。隊員の男はそれを見た瞬間、興奮した様子で再び手を伸ばそうとするが、アンジェラは彼の手首を掴み、袖を巻くる。そこには、引っかき傷の跡がいくつもあり、つい先ほど負った傷から血が滲み出ている。
アンジェラが気づけなかったのは、調査中に彼らがストレスから自傷行為を行ったからだ。
「ボクは前回の調査では、この薬品の結界を解いていない。危ないし、結界の範囲を広げて薬草の浄化能力を調べるつもりだった。でも、2年前の事件で服用させられていた子が、林間学校で怪我をした」
林間学校の夕食は、子供達が作る。その中で包丁に不慣れな子が、野菜を切る際に指に怪我を負ってしまった。その子供は毒薬を親から服用を強要されていた。精神は安定しているが、現在も定期的に診察を受けている。
アンジェラが前回ミューゼリアを送り届け、国王へ報告に行った際に臣下から貰った些細な情報の1つである。
「人間の汚染された血の匂いに、そこから溢れたほんの僅かな少量の負の想念にスィヤクツ達が反応してしまった。今回の魔物達の静けさは警戒だ」
正気の隊員が男を取り押さえ、バンガローから持って来た縄で他の4人と共に動けない様に縛りあげる。
「隊員に服用者がいるなんて思わなかった。まだ残っている薬物は裏で取引されているようだね」
アンジェラはそう言って小瓶を握り、再び結界魔術を発動させる。5人の隊員は途端に目の色が変り、おとなしくなった。
「隊長はそいつらを連れて帰って、陛下に報告をして。ボクらは調査を続けるから」
深く謝罪を述べた隊長は、隊員達と共に風森の神殿を出た。
「ごめん。ボク、前回の時に鳥たちの警戒音を深層で聞いていたんだ」
隊員達がいなくなると、アンジェラは2人に謝罪をする。
「理由は状況見て、大体把握した。お嬢を連れ去ったやつは、大丈夫なのか?」
「シュクラジャは上位の魔物だから、あの程度では反応しない。でも、彼らに危害を加えられたら別だと思う」
「彼らの存在自体が、お嬢様の捜索に支障をきたすと考えたのですね」
5人の隊員の異常な顔つきに、2年前の事件のファシア夫人を思い出したリュカオンも排除は必要であると納得をした。
「うん。万が一を考えたらね。さっさとあの人達には居なくなって欲しかったんだ。遅くなってしまって、ごめん」
再び謝罪するアンジェラは胸ポケットへと小瓶をしまう。
「シュクラジャの行った方角は、遺跡群の中心だ。急ごう」
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