52話 生と死に佇む杖

 無心になり、時間を忘れるほどに集中をした。

削り、ヤスリをかけ、微調整を何度も繰り返し、ようやく完成した。

 長さは大体32㎝。初心者の作る杖なので装飾は無く不格好ではあるが、何とか形になった。年輪の結晶の層がチラチラと輝き、とても綺麗だ。


「できました!」


 私はそう言って2人の方を向いた。その光景に驚き、杖を強く握った。

 とても大きな黒い化け物。ムカデや蛇のように胴が長く、伸び縮する10本以上の手足を使って木々にしがみ付き、口のようなものを大きく広げている。体や手足から零れ落ちる物質は泥に似ているが木の幹に落ちると、じんわりと赤い液体を出している。

 かつてレフィードが言っていた〈赤い淀み〉を思い出した。


「レ、レフィード。あれは!?」

『この地に溜まっている負の想念の集合体だ。こちら側に来たことで、あのような姿を形成した』

「なんで私は気づけなかったの?!」


 集中力がどうこうの話ではない状況に、私は混乱する。


『私が結界を張り、音を遮断していた』

「いや、でも、えぇ!!?」


 泥が一本の手をこちらへ振り下ろすが、すかさずゼノスさんが拳で粉砕した。いつから戦い続けているのか分からないが、肩で息をし、限界が近いように見える。


『落ち着くんだ。これから杖の仕上げをしなければならない』

「えっ、し、仕上げ? 完成じゃないの?」

『これでは、ただの杖。妖精の言っている杖は魔法や魔術の為のものだ』


 足腰の弱い老人や目の不自由な人が使う杖と魔術師達の杖は別物。ゲームでの杖は武器の分類だが、謂れや特殊な術式が施されている等の説明が書かれている。混乱あまりに、その事がすっかりと頭から抜けていた。


「どうやら。形になったようだな」


 杖の完成に気づいた老人が私の元へと、素早くやって来る。


「青年! もう少しの辛抱だ!」

「はい!!」


 ゼノスさんは大きく返事をする。ちらりと見えた瞳が、輝いている。闘志は燃え続け、尽きる事が無い様だ。


「仕上げを行おう。精霊は黙って見届けろ」

『……唐突に辛辣になるな』


 不貞腐れるレフィードをよそに、老人は懐から何かを包んだ布を取り出した。包みの中には、そこには透明度のある白に近い緑の毛が一束あった。


「これは……」

「最後の風竜のたてがみだ。これを杖の芯にする」


 レフィードが風竜は絶滅したと言っていた。

 もう世界には存在しない生物の遺品だ。


「貴重なものを、どうして」

「躊躇うことは無い。新な風を吹かせる為に、古きものが背を押すのは当然の事。これは、この為に残されていたんだ」


 老人はそう言うと、私へ手を差し出した。

 出来上がったばかりの杖を預けると、老人は丁寧な手つきで撫でた。


「千年樹は、死と生の境に佇む。杖の中でも最強の防御力を持ち、同時に強力な祈りを編める力を秘めている。地道に、静かに歩み続ける心優しき君を選んだ。君は、望む形にしてくれた。平凡、無骨、不格好。特別な存在とはまず自分自身であり、その輝きは常に胸の奥に仕舞われている。共に多くを学び、成長する事を我々は願う」


 束ねられていた風竜のたてがみが、まるで生きているかのように伸び、杖へと絡まっていく。たてがみは吸い込まれるように消えて行く。


「樹々よ、さざめけ。草花よ、踊りて其の香りを彼方へと運べ。羽をたたんだ小鳥は再び詩を謳い、尊き園は芽吹きを迎える」


 風が吹く。

 最初は冷たく、別れを惜しむように頬を撫でる温かさが残っている。


「精霊。私達がきっかけを作れるのは、ここまでだ。約束を忘れるなよ」

『おい、待ってくれ』


 レフィードが老人を止めようとするが、別れが近い。

 杖へと全てのたてがみが吸い込まれ、束ねていた紐がぽとりと地面へと落ちる。


「聞こえるか青年! 君は君であり、それを覆すものなど存在はしない! 君の努力や経験は君だけのものだ! どんな真実に行きつこうとも、風は吹き続けている! 歩を止めるな!」


 風は強くなる。いない筈の鳥たちの声が聞こえる。

 目を閉じてしまいそうになった時、私の手を強く握り、杖を渡された。その時、フードを外した老人の姿がほんの一瞬見えた。

 ペリドットのように透き通った美しい黄緑色の髪。白磁の様に白い肌。ライムグリーンの瞳。まるで、大風樹のように美しい色だ。


「ミューゼリア。あの方を助けてくれ」


 葉のこすれ合う音の中に、低く、高く、涼やかな声がした。



 風が止み目を開けると、再び風森の神殿へと戻って来ていた。

 手の中には出来上がった杖があり、光の加減で結晶の層がちらちらと輝いている。


「ゼノスさん。大丈夫ですか?」

「はい。疲れていますが、歩けます」


 笑顔を見せてくれるゼノスさんは汗を掻き息が荒いが、怪我は1つもない。どうやらあの負の想念の塊は、私しか眼中になかったようだ。私達の世界側へ戻ってきたことで、攻撃の脅威はなくなり、安心をする。


「ここは、深層のようですね。遺物のある聖域以外にも、深層には沢山の遺跡が残っていると教わりました」


 私はそう言いながら周囲を見渡す。

 周囲には植物に飲まれた遺跡群がある。中層で見たものは壁や土台の一部だけだったが、ここには建物として残っているものや、竜や獣を象ったと思われる石像がある。


『ミューゼリア。あそこだ』


 レフィードに導かれ、私はゼノスさんとゆっくりと周囲を警戒しながら歩いて行く。

 朽ち果てた石造りの遺跡の中。天井が崩れ落ち、木々から淡い籠り日が差し込んでいる。

 まるで私達を導く様にさす光の先に、妖精が言った〈あの方〉眠っている。

 風翼竜ヴァーユイシャ。

 ゲームで見た時と同じ、黒い茨が竜の周りを取り囲んでいる。

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