四章 老緑の王は幼子に微笑む
42話 意外な登場
屋敷の裏手には、護衛兵達や兄様の為に鍛錬する為のスペースが設けられている。
「レンリオス卿。随分とお早い……」
戻って来たお父様に気づき、女性が話しかけようとしたが、アーダイン公爵を見てか驚いたように目が少し開いた。
ストロベリーブロンドの長髪のポニーテール。目力が強い茜色の瞳。顔立ちは整っているが、右半分は大きな火傷の跡が痛々しく残っている。女性としては長身で豊満な体つきでありながら、凹凸が分かる程に鍛えられがっしりとしている。白いシャツに黒いズボン、使い込まれたブーツに腰に携えられた剣。右肩から下まで黒いマントで隠されているのは、右腕を失っているからだ。
キサミ・ディエンベルン。今は22歳のはず。私は、彼女を知っている。
今、登場するなんて予想外だ。
「先輩。なーにを呆け……てっぇ!!」
まだ少年の面影がある青年が気だるそうにキサミさんへ近づいた瞬間、彼女は彼の頭を思いっきり下げさせた。
「お初にお目にかかります。アーダイン公爵様」
礼儀正しく深々と頭を下げるキサミさん。彼女の言葉に、青年が驚いたように少し震えたように見える。
「顔を上げてくれ。君達の名を聞こう」
アーダイン公爵は静かな声音で言う。2人は素早く顔を上げ、姿勢を正すと左手を胸に当てる。
「禁足地防衛団第2部隊所属キサミ・ディエンベルンです」
危険地帯は約180年前に突如として発生した。周囲の林とは違い一向に緑化が見られず、不毛の大地が広がっている。溢れる様に現れる凶暴な魔物が闊歩しているだけでなく、ダンジョン同様に層になっており中心部を〈禁足地〉と名付けられている。
国境近くにあり、両国が協力して防衛にあたっている。これがあるお陰で、両国の戦争が長年起きないと言う少し皮肉めいた話が在る。
ゲームの場合、やり込み要素の超高難易度ダンジョンだ。難しい分、通常では滅多にドロップしないアイテムや素材が入手でき、最深部にはチート級の武器が眠っている。しかし、入手できる頃には、リティナ達も凄まじく強くなっているのでチートの意味をほぼなしていない。達成報酬であり、コンプリート目的のアイテムとなっている。
現実の禁足地は殺伐としているのだろう。行くことは無いと思うが、もし消せる方法があるならいつかは調べてみたい。
「危険地帯魔物討伐団第3部隊所属ゼノス・マーギリアンです」
この青年こそ、のち魔物討伐隊の隊長となる攻略候補のゼノス・マーギリアン。現在15歳だ。
短く切られた彩度の高そうな金髪に、幼さと凛々しさが共存する青緑色の目、そして日焼けした肌。既に成人男性の平均身長を超え、その姿は向日葵のような印象を受ける。今は縒れのあるシャツに茶色のズボン、くたびれたブーツと着古してきた普段着の見た目だが、体格が良く、鍛えられているのが見て分かる。
「今回、レンリオス卿に押し付けたのは誰だ?」
「禁足地防衛団団長ワーグス・リンデア・パシュハラです」
「……あの男か。なるほど」
アーダイン公爵は心当たりがあるのか、小さくため息を着いた。
禁足地と危険地帯で団長が異なる。そして、その禁足地防衛団団長の養子がゼノスだ。ゼノスは団長の弟夫婦の子供だが、父は彼が2歳の頃に殉職し、それを知った母は蒸発した。残されたゼノスは団長夫婦の養子となり、実子達と分け隔てなく育てられた。
「それで、何故レンリオス卿の元へ?」
「ゼノスを叩き直す為にレンリオス卿の元へ行けと命令され、指導していた私と共にこちらへ訪問しました」
剣術に長け、将来有望視されるゼノスは15歳になったある日、実母が突然戻って来た。多感な年頃であるゼノスにとって大きな衝撃であり、実母が彼にも求めたのは夫の役割であった。ゼノスは逃げる様に魔物討伐に専念をした。一度剣を降ろせば実母が迫って来るのでは、と脅迫観念に徐々に駆られ、追い込まれて行った。
6年後の21歳であるゼノスにはそのような過去があり、女性に対してとても苦手意識が強い。そんな彼の心を癒し、実母の呪縛から解放するのが主人公リティナだ。
「命令されただけでなく、馬車の手配がされ、路銀が支給されました。なので、団長が連絡を取り合い、レンリオス卿が承諾してくれたものだと思い込んでしまいました。私から挨拶の手紙を送り、会える日程を確認するべきでした」
キサミさんは、ゼノスルートで彼の過去を話してくれるキャラだ。少しの登場だが、とても印象的でよく覚えている。しかし、こんなシーンはサイドストーリーにはない。15歳のゼノスはずっと危険地帯で魔物を討伐していたからだ。
シャーナさん救出によって王族や貴族のキャラへの影響は想定していたが、討伐隊や団にまでそれが現れるなんて思いもしなかった。
「事情は分かった。レンリオス卿。どうするつもりだ?」
アーダイン卿は一通り話を聞き、判断をお父様に委ねた。
「現地で訓練をさせず、わざわざここまで来ると言う事は、多くの経験をさせたいのでしょう。旧友から見て、彼に見込みがあるのだと思います。なので、実力を見てからどうするか考えます」
お父様はそう言ってネクタイの紐を緩める。
「私が彼と一戦交えます。アーダイン公、見てはいただけませんか? 私一人の考えだけでなく、第一線の指導者の見識を伺いたいです」
「そのつもりで、屋敷の裏手まで来たんだ。しっかりと見させてもらおう」
リュカオンを含めて屋敷の護衛を務めている兵士達ではなく、お父様がゼノスさんの相手をする。騎士団長等の地位にいる貴族ならともかく、と言いたいところだが、お父様は2年前に竜を素手で倒した過去がある。
その実力が見れると好奇心を駆り立てられるが、人間に向けて大丈夫なのかと不安に思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます