43話 お父様の実力

「ゼノスくん。一回手合わせをしてもらうよ」

「はい。お願いします」


 話を聞いていたゼノスさんは直ぐに了承し、護衛兵の一人から木刀を貰った。子供5人とアーダイン公爵は少し離れた場所から手合わせを見学する。

 ネクタイを解き、上着をメイドに渡したお父様は、お母様から厚手の皮の手袋を受け取る。

 シャツの袖を捲り上げて露になったお父様の腕は、かなり筋肉質だ。騎士を思わせる真っ直ぐとした姿勢の良さから、鍛えているとは思っていたが、初めて見た私と兄様は驚いた。


「あなた、木刀は必要かしら?」

「危ないから持たないよ」


 厚手の皮の手袋をはめたお父様は軽く身体をほぐすと、やる気満々と言った表情を見せる。


「本当に武器を持たなくて、宜しいのですか?」


 ゼノスさんが戸惑いつつ、もう一度確認をする。

 彼の武器は木刀で、お父様は素手。リーチを考えたら、木刀の方が長く、攻撃力も高く有利だ。木刀を振り回されるだけで、お父様はゼノスさんに近づくことも出来ない。

 手合わせと言うには、片方が不利な状況だ。


「大丈夫だよ」


 お父様はにこやかに言った。

 お互いの準備が整ったのを見計らい、リュカオンが手を上げる。


「それでは、手合わせを開始します」


 2人が戦闘態勢に入る。


「よーい……はじめ!」


 リュカオンが手を振り下ろした瞬間、お父様が動いた。

 ほんの一瞬の出来事だ。

 鋭い踏み込みを行い、尋常ではない速さで間合いを詰め、ゼノンさんが剣術を繰り出す間を作らせず、拳の届く距離まで身体を滑り込ませた。

 懐に入ってしまえば、お父様の間合い。

 拳や蹴りが、全てゼノスさんに叩き込まれて行く。

 ゼノスさんも一方的にやられまいと木刀を振り下ろしたが、すり抜ける様にお父様の拳が叩き込まれる。木刀で防ごうにも弾かれ、かわそうとしても軌道を変えてねじ込まれる。

 ……と、解釈しているが、余りの速さに目がほとんど追い付かない。

 開いた口が塞がらなかった。


「これは、見事」


 アーダイン公爵は拍手を行う中で、私達5人は言葉を失っていた。

 あんな動きが人間に出来るのかと思うだけでなく、温厚なお父様が圧倒的な強さでゼノスさんを負かした事が衝撃的過ぎた。

 そして、ゼノスさんは最後の大きな一発を食らい、放射線を描きながら吹き飛び、地面に叩きつけられた。


「がっ……!! はっ……!!」


 拳が叩き込まれ続けたために、肺に空気が入る間もなかったのだろう。倒れ伏すゼノスさんは荒く呼吸をしている。ゼノスさんが可哀そうと思えるくらいに、その実力差は圧倒的だった。


「公爵様。おれ……いや、私の父は肉体の強化をする魔術を使っているのですか?」


 状況を理解している様子のアーダイン公爵に兄様は問いかける。


「彼の身体能力の高さもあるが、あれは魔術ではなく、体内で練り上げた魔力の塊を相手に叩きつける戦闘技術だ。相手は全身に魔力を叩き込まれた衝撃により、一時的に体が痺れ感覚が失う。威力によっては、岩などの物質も破壊することが出来る」


「魔力ってその様な使い方もあるのですね!」


 感心した様子のお兄様。

 攻略候補達の中に格闘技を使うキャラがいなかったので、私もその技術は初耳だ。


「魔力の概念が無かった時代には、レンリオス男爵の使用した戦闘技術が主流だったと書物に記されていた。時代が進み、魔力の存在が解明され、研究が進んで行くにつれ、魔術が開発された。前者は心身の修行が必須だが、後者は知識でまかなえる部分が大きく、魔力さえあれば誰もが手に取り易かった。そのため、あの戦法は一気に廃れ、細々と継承が成されている」

「接近戦においては、使えると戦術が広がりますね。術式を介さないのは、相当な利点の様に思えます」


 お兄様はキラキラと目を輝かせてお父様を見ている。

レンリオス家は3代前から魔力を有し始めたばかり。魔力を魔術への運用は他の貴族や魔術師達に劣るが、肉体の強化や接近戦への技術活用で自身を鍛え上げ才を発揮できる。その最たるがお父様であり、兄様の目標になるのだろう。


「お父様は、レンリオス卿のように先程の技術を扱えますか?」


 シャーナさんが何気なくアーダイン公爵に問いかける。


「習っているのである程度は扱えるが……彼ほどの実力者はそうそういない」

「まぁ! レンリオス卿は達人の腕前なのですね!」


 扱えるアーダイン公爵も恐ろしいと思うが、そんな方にまで褒めてもらえるお父様の事がとても誇らしい。


「て、てて、手合わせではないじゃないですか!!」


 ようやく声を出せたゼノスさんの必死な叫びは、もっともだと思う。一方的過ぎて、話にならないのは確かだ。


「ゼノス。あれでも、レンリオス卿は手加減されているぞ」


 救急箱を手に彼の元へやって来たキサミさんは、冷静に言った。


「はぁ!? あれのどこがですか、先輩!」


 勢い良く起き上がったゼノスさん。凄まじい回復力。


「素手ならもっと威力がある。こっちの団長は、あれで道を塞ぐ大岩を砕き、自慢げに滝を切っていた」

「なんですか、その化け物……」


 禁足地防衛団団長も使いこなせる様だ。

 過酷な環境では、教える暇がない。なので、才能のあるゼノスさんに戦闘技術を教えさせたくて、お父様の元へ行かせたのだろうか?

 それなら、ちゃんと手紙を送って、お願いしますと伝えるはず。

 断られるのを危惧したように見える。馬を手配し、路銀を渡し、早々にゼノスさんを危険地帯から離した。それは逃げるようで、私はゼノスさんの実母の姿が見える気がした。


「レンリオス卿。彼の実力はどうだったかな?」


 アーダイン公爵は皮の手袋を外したお父様に問いかける。


「一方的にやられまいと戦おうとする気合いが見て取れて、とても良いと思いました。それに、戦闘技術の初歩を学んでいるのか通常の人間よりも硬かったです。ちゃんと教えれば、ものにするでしょう」

「そうだな。剣の構えや重心もしっかりとしていた。至らない点は幾つもあるが、基礎が出来始めているのは良い事だ。伸びしろが充分にある」


 お父様もアーダイン公爵も、ちゃんと見ている所は見ていた。


「あの子、魔力を体内に貯めて防御していたね。臓器にまで到達していなかったから、回復が早かったみたい」

「うわぁあ!!?」


 背後から突然アンジェラさんの声が聞こえ、兄様が驚きの声を上げた。

知り合いなので警戒せず私は振り返りアンジェラさんを見られたが、驚いて心臓が大きな音を立てている。これで二回目だが、今後も慣れそうにない。


「待て」


 リュカオン達が戦闘態勢に入ろうとしたが、それをアーダイン公爵は制止させる。


「アンジェラ。霊峰にいると手紙で読んだが、何故ここに?」

「食料が残り少なくなってきたから降りて来て、ついでに周囲を散策していたんだ。そうしたら、男爵の家にアーダイン公爵の竜車が向かっているのが見えてね。丁度良いから、両家に挨拶に来たんだ。貴方の御者が証人になってくれて、ここの家の執事から許可を貰ったよ」


 2人が知り合いと分かり、周囲の張り詰めた空気が一気に和らぐのが分かった。


「やぁ、ミューゼリアちゃん。息災で良かった」

「はい。アンジェラさんもお元気そうで、なによりです。先日は助けていただき、ありがとうございました」


 落ち着き始めた私は改めてお礼を言った。


「こっちこそ、楽しい話が出来て良かったよ。それで、どう? 頭の整理はできたかな?」

「はい。分からない事の方が多いですけれど、整理は出来ました」

「うん。それなら良かった。分からない事が分からなくなって放棄する人がいる。知っている事ばかりに執着して視野が狭くなる人がいる。キミがそうならなくて、とても嬉しいよ」


 アンジェラさんは口元を緩ませた。見透かされている感じはするが、刺さる様な痛さはない。むしろ、こちら側に立ってくれているようで安心する。


「ミューゼリア。その方が、風森の神殿で助けてくれた恩人かい?」


 お父様は慌ててネクタイを締めながら、こちらへとやって来る。

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