41話 レンリオス家への訪問者
夏休みに入った日。二頭の走竜が牽く竜車はレンリオス家の屋敷へと向かっている。
私、兄様、ラグニールさん、レーヴァンス王太子、シャーナさん、アーダイン公爵。6名が乗っても余裕のある大型の竜車の中、
何故この面子になったか。
まず、この竜車はアーダイン公爵が用意したもの。シャーナさんが、レンリオスの領地にある貴族向けのホテルで避暑をする予定だからだ。そのホテルは小さいが評判が良く、毎年予約が一杯だと私も耳にしている。アーダイン公爵は、それがあって私のお父様に挨拶をする為に乗っている。
私と兄様は厚意に甘えて乗らせてもらっている。
そしてレーヴァンス王太子は、兄様の住む土地を見てみたい、と公爵の制止も聞かずに乗り込み、ラグニールさんはお目付け役として同乗した。
田舎の男爵家が、国一番の権力者の嫡子とその乳兄、同等の権力を持つ当主と愛娘と関りがあるなんて、改めて考えると恐ろしい。たまに物語に登場する〈私は○○の友人なのよ!〉と豪語するキャラは、なんであんな自信満々なのだろう。緊張する私は胃が痛くなりそうで、はやくお母様の作った焼菓子を食べて身も心も落ち着かせたい。
「旦那様。もうすぐでレンリオス男爵家の屋敷に到着します」
御者をしている青みがかった銀髪の男性が、小窓からアーダイン公爵へと声を掛ける。
「わかった。停車させる際には、細心の注意を払ってくれ」
「かしこまりました」
何の細心の注意だろうかと一瞬思ったが、娘だけでなく王太子が乗車しているから周囲を警戒しているとすぐに分かった。
屋敷の前で停車できるように、竜車は徐々に速度を下げ始める。復興が進んで活気を取り戻してきた麓の町を抜け、屋敷へと続く一本道を進んで行く。その時、馬車とすれ違った。中には誰も乗っていない所を見ると、誰かを送った後の様子だった。
「皆さま。レンリオス男爵様のお屋敷に到着いたしました」
ゆっくりと竜車が停車し、扉が開けられる。
まずアーダイン公爵、続いてシャーナさんが外へと出た。
「閣下。ようこそいらっしゃいました」
事前に連絡を受けていたお母様は、綺麗なカーテシーを行いアーダイン公爵に挨拶を行う。
「お元気そうで何よりだ」
「レンリオス夫人。お久しぶりです」
「お久しぶりですね。シャーナ様。少し見ない間に、背が伸びましたね」
アーダイン公爵とシャーナさんはお互いに挨拶をしている。
「思った以上に田舎だね」
「だから言っただろ。都会とは全く違うって」
今回初めて来たレーヴァンス王太子と兄様は竜車から飛ぶように降りると、周囲を駆けまわり始める。兄様はともかく、予想外に人物の登場にお母様は驚いた事だろう。
「ミューゼリアさん。足元に気を付けてね」
「はい。ありがとうございます」
2人とは打って変わってラグニールさんは、最後に竜車を降りる私をエスコートしてくれる。近い年頃の人に丁寧に扱われているのは、むず痒いような恥ずかしいような変な気持ちになる。
亜麻色の髪に緑色の瞳。顔立ちは綺麗で、ラグニールさんは将来クールな印象を受ける青年になる。使えない部下を殺すほどの冷血な裏切り者となり、最後には激しい感情を露にしながらも王太子が自分を乗り越えた事を賞賛し自殺する。
そこが良いと結構なファンがいたのを思い出した。
目の前にいる優しいお兄さんの印象を持つ彼とは、かけ離れている。
「レーヴァンスのわがままに付き合わせてしまって、ごめんね」
「私も兄様も、いつかは王太子様がいらっしゃると思っていたので、気にしないでください」
こっそりとラグニールさんは謝罪し、私は小さく首を振った。
息が詰まりそうな王室で監視されながら過ごす日々。時には心の向くままに草原を駆けまわり、等身大の子供として遊ぶことは、レーヴァンス王太子の成長の為には必要だと思う。ゲームとは違う道を進み始めた彼を、密かに応援している。
「ありがとう」
ラグニールさんは静かに微笑みを浮かべる。レーヴァンス王太子とはまた違う美男子だ。
「お母様ー!」
アーダイン公爵と一通り挨拶を終えた頃を見計らい、私はラグニールさんと一緒にお母様の元へと行った。
「ミューゼリア。おかえりなさい」
「ただいま戻りました!」
「ラグニール様。娘をエスコートしてくださり、ありがとうございます」
「いえ。当然のことをしただけです」
お母様の言葉に、ラグニールさんは少し驚いた様子を見せたが、すぐに微笑みを浮かべる。
「お父様はどちらですか?」
「もう直ぐ、こちらに来るわ」
噂をすれば、お父様が屋敷の裏手から駆け足でやって来た。急いできた為に、服や髪の乱れがある。
「遅れてしまい申し訳ありません!」
乱れを整えつつ、お父様は謝罪をする。
「娘が避暑の為に滞在するので、その挨拶に来ただけだ。かしこまらないで欲しい」
「は、はい。申し訳ありません」
多忙の筈のアーダイン公爵の予定を狂ってしまった、とお父様は責任を感じている様子だ。きちんと時間を守るお父様が遅れるなんて滅多にないので、何があったのか気になる。
「お父様。ただいま戻りました」
少しでも気分を紛らわしてもらった方が良いと思い、私はお父様に声を掛ける。
「おかえり、ミューゼリア。イグルドはどうしたんだい?」
「あっちの方で、走ってます」
100メートルくらい離れた草原で、お兄様とレーヴァンス王太子が走り回っている。竜車から降りて走り出した時と、全く速度が衰えていない。2人とも凄まじい体力だ。
「あの方は……殿下ですか?」
私の隣にラグニールさんがいるので、金髪の少年が誰であるかお父様は直ぐに気づいた。
「はい。殿下は常々イグルドさんのご実家を拝見したいと仰れ、今回の機会を逃したくないと押し切ってしまわれました。事前の連絡をせず、訪問してしまい申し訳ありません」
ラグニールさんはレーヴァンス王太子に代わり、謝罪をする。
「そういうことでしたか……」
「先ほどの馬車とすれ違ったが、何かあったのかな?」
どこか疲れたような力のないお父様の答えを聞き、アーダイン公爵は問いかける。
「はい。私は領主になる以前は魔物討伐隊に所属していました。その時の旧友の部下と見習いの子供が事前の連絡もなく来たのです。先程、その対応をしていました」
「その旧友は?」
「今は危険地帯にいるそうです。なんでも、私に見習いの子供を預かって欲しいとか……部下の女性は、私の方が事前に受け入れてくれたと旧友から聞いてやって来たと言っています」
「押し付けられたな」
「はい……すいません」
「貴方を責めているわけではない」
まるで年の離れた兄と弟の会話を見ている様な気分になる。
「しかし、見習いとはいえ危険地帯の討伐隊所属となれば、手練れだろう。どれ程のものか見てみたい。会わせてもらっても良いだろうか?」
「は、はい!こちらです!」
気を利かせてくれたアーダイン公爵を裏庭へとお父様はお母様と一緒に案内をし、それにシャーナさんもついて行く。
「僕達も見に行こうか?」
「はい。私も、どんな方達か気になります」
私とラグニールさんもその後ろをついて行く。兄様達も移動し始めた事に気づいて、急いで走って来た。
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