40話 ゲームの設定から外れる道へ

 心配して来てくれた両親に怪我一つなく無事である所を見せ、念のため医師に診てもらい、兄様やシャーナさん達もお見舞いに来てくれたりと、あっと言う間に騒がしい一日が終わった。

次の日には学園生活に戻ると思ったが、林間学校の代休を含めて5年生は一週間の休みを貰う事になった。魔物との遭遇で心に傷を負った子もいる。心と体を休める必要があると先生達は判断したのだろう。

私もゆっくりと休みたいところだが、早めに頭の中を整理したい。まずは図書館へ行き、アンジェラさんの話していた〈単一魔学合成系〉等の内容を調べよう考えた。


『私が探している間、ミューゼリアは聞いた話をノートにまとめてはどうだ?』

(うん。そうさせてもらうよ。あったらすぐに教えてね)


 静かな図書館の中、私は心の中でレフィードの声に応える。


『わかった』


 2階建ての演劇場を思わせる広く大きな図書館。迷宮の様に本棚が建ち並び、その中にはびっしりと本が収納されている。案内板があっても迷子になってしまいそうだ。私はレフィードにお願いをして、読書スペースに置かれている椅子に座り、テーブルの上にノートを広げた。零れない特殊なインクのペンを使って、シャーナさん達のゲーム上と今の変化やアンジェラさんの言っていた内容を自分なりに書いて行く。

 頭の中にあった内容が、順番に整理されて来た。


『ミューゼリア』


 15分ほど経った頃に、レフィードが戻ってきた。


(どうだった? 何冊本が見つかったの?)


 図書館では本は5冊まで借りられるが、アンジェラさんの言っていた内容を細部まで調べるとなれば、それでは足りない。なので、一通り確認をして、借りられない分はタイトルだけメモを取ろうと思っている。


『それが、魔素に関する本以外は見つからなかった』

(え? 本当に?)


 私は驚いて思わず心の中で聞き返した。


『すまない……』

(あ、いや、気にしないで。とりあえず魔素の本を取りに行って……それと、生物関連の本を一緒に確認しよう。一人だと見落としてしまった可能性もあるかもしれないし、ね?)


 姿は見えないが心底申し訳なさそうなレフィードの声に、私はそう提案した。


『そうだな……一緒に確認しよう』


 妙に落ち込んでいるのはどうしてなのか気になったが、まずは移動する事にした。

 少し歩き、案内板に〈魔術〉と書かれた本棚に到着した。魔術の成り立ちなどの歴史や、魔術の指南書、魔方陣の書き方などの本の中から、魔素に関するタイトルを見つけた。他の本に比べて表紙が新しく、レンリオスの屋敷では見た事が無いのを思い返すと、新しい定義なのかもしれない。

 私は魔素に関する本を手に取ると、次に魔物等の生物に関する本が並ぶ本棚へ向かった。


(レフィード。やっぱり、ない?)

『ない。念の為もう一度探したが、一冊もない』


 ふよふよと光の玉の姿で本棚を上から下まで確認したレフィードは、一緒に探していた私の元へと戻って来た。


 魔学合成系の内容はあっても、単一と複合については見付からず、ダンジョンの成り立ちや崩壊による影響ついて書かれた書籍も一切ない。魔物の図鑑も、急所や肉質についての戦闘向けや剝ぎ取れる素材の内容ばかりで、生態についてほとんど書かれてはいなかった。〈冒険者〉の廃止や、危険地帯の発生は歴史的な内容をまとめた本も見つからず、国随一の学園にしてはあまりにも奇妙だ。

ゲームの強制力が働き、知識や情報が統一されていると考えたが、アンジェラさんは遥か昔に脱しているので、それは無い。イリシュタリアの王族が何かしら介入し、本の執筆を禁止していると思うが、被害が大小あるにしても隠す要素が今のところ見当たらない。隠そうしても、誰かが書き残し、運動を起こしていてもおかしくはない。

 アンジェラさんがダンジョンの保全運動を行う前よりも、ずっと昔にイリシュタリア王国で何かがあった。だから、それを隠す為にはアンジェラさんの功績も表立って出せなかった。そう考えられるが、複雑すぎて頭が痛い。

 風呂敷ばかり広げて、本題を見失いそうだ。


『ミューゼリア。かなり悩みが積もっているのは分かる。いったん休憩してはどうだ?』

(うん。そうしようかな)


 項垂れる私をレフィードが心配してくれる。

 疑問は残るが、ロクスウェルの気持ちが分かった気がする。もっと見るべき場所や、やる事がある筈なのに、皆が現代の最も身近な脅威である魔物との戦いばかりに目線が行ってしまっている。私も体感し、対策は必要だと強く思うが、回れ右をするように皆が同じ方向を向くだけでは危険だと分かった。

 アンジェラさんはアーダイン公爵と交流があると言っていたから、もしかしたら書いた本や論文の写しが公爵家の屋敷にあるかもしれない。けれど、わざわざその為に訪問なんて図々しく、アーダイン公爵やシャーナさんに迷惑をかけてしまう。


『あのアンジェラって奴に、会いに行く気か?』

(うん。あの人の情報が、今私にとって一番欲しいものだと思う)


 再び椅子に座り、魔素について書かれた本をテーブルに上に置いた。

アンジェラさんは霊峰シャンディアに行くと言っていた。霊峰はレンリオス家の領地の一部であり、観光資源になっている。霊峰の夏はとても短く、秋は一瞬で過ぎ去る。比較的安全に登山が出来るのは、7月中旬から9月上旬までだ。

 丁度、学園は夏休みに入り、寮生活の子達の多くは家へと帰る時期と合致する。

 私も帰る予定だったので、子供でも行ける標高までは登ろうと思う。


『そうか……失礼な奴だが、ミューゼリアがそうしたいのであれば、私は従おう』

(ありがとう。そういえば、記憶の方はどう?)

『知識ばかりが増えている。いや、かつての知識の方が正しいか。アンジェラの話は、私の記憶には無かった』

(レフィードはあの泉にずっといたから、仕方ないよ)

『そうだが……君の力になれないのは、とても悔しい』


 それで少し落ち込んでいたのか、と私は納得する。


(ありがとう。昔の知識だって私にとってはとても大切なものだし、こうして一緒に考えてくれるだけで嬉しいよ。それに、スィヤクツに襲われそうになった時も助けてくれたでしょう?)


 レフィードが即座に爆発を起こしてスィヤクツを退けていなかったら、私は今頃大怪我をしている。シャンティスの事も、突然濡れ衣を着せられ怖かった時も、学園の受験の為に頑張った日々も、ずっと傍に居てくれた。本当に感謝をしている。


(私はいつもレフィードに、とっても感謝しているよ)

『そ、そうか……ありがとう』


 光の玉が少しだけ大きくなった気がする。照れているのかもしれない。レフィードが可愛く見えてきた。

 本に纏められていない知識に触れた事で、これから先の私はもっとゲーム上の裏方になって行く気がする。私は、ゲームの設定には無い知識を武器にラスボス戦に挑む事になるだろう。リティナではなくミューゼリア・レンリオスの生きる道だから良いと思うが、ゲーム本編の内容にどのような変化をもたらすのか、徐々に怖くなってきた。

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