36話 思い出してしまった惨状

 夕暮れ。護衛兵士達の活躍によって、魔狼種スィヤクツや集まって来ていた魔物達は討伐された。

 中央会館に集まっていた子供達には大きな怪我は無く、皆が無事のはずだった。


「女の子が1人いません」


 女性教師が安全を確認しながら会館から外へ出ると、周囲の警戒を続けているオーナー達に話をする。


「名前はミューゼリア・レンリオスさん。会館へ逃げ込もうと走っている最中にはぐれた、と同じグループの子が言っていました」

「そ、そんな……」


 オーナー達と話していた若い男性教師は、悔しそうに顔を歪ませる。


「まぁ、心配はいらんだろう」


 中央会館に滞在していた白髪の狩人が、空を見上げながら言った。


「心配が要らないって、まだ10歳なんですよ! すぐにでも調査隊を編成し、探しに行かなければ!」

「守人様が飛んでおられる。今晩、守人様達の狩りの時間となる。あの方々は、並みの魔術師や剣士では太刀打ちできない。森へ入り下手に動けばワシらが狩られる。今日はここで休み、朝探せば良い」


 感情的になる男性教員に対し、狩人は静かに言う。


「もり、びとさま……?」


 男性教員が不思議に思い、空を見上げた瞬間、強風が吹き荒れる。目を開けることが出来ず、呼吸も儘らない程の風。

 直ぐに止んだ。


「!」


 目を開けた男性教員は驚き、身構えた。

 バンガローの屋根から、大きな人鳥がこちらの様子を窺っている。

 先が黒い茶色の羽毛に覆われ、鋭くも丸い緑色の瞳がじっと彼らを見つめている。

 人鳥種〈ガルトラジャ〉

 このキャンプ場を縄張りにしている個体だ。


「誰も剣を抜くな。ワシらを守ってくださっている守人様に失礼だ」


 剣の柄を握っていた護衛兵達にそう言いながら、狩人はオーナーへ顔を向ける。


「先ほど倒した魔狼を一体残していたな?」

「はい。皆、手を貸してください」


 オーナーは狩人に言われ、護衛兵に頼んだ。学園から雇われた護衛兵達は戸惑いながらもスィヤクツ達を会館前の広場へと置いて行く。

 ガルトラジャは魔狼の死体から人間が離れると、降りて来た。獲物を大きな足でしっかりと掴むと、すぐさま空へと飛び立った。

 魔物を刺激してはならないと声を出さなかった男性教員だったが、人鳥が飛び去ったのを見届けると、狩人を睨んだ。


「何故子供達が危険な目に遭っている時に、あれは助けに来なかったのですか」

「声を上げる程に魔物は集まる。だから、守人様はそれ利用した。ワシらも何度も使われ、命は助かると分かっていても肝が冷えたものだ」


 非難される事に慣れた様子で、狩人は言った。


「それは囮ではありませんか。守ってくれてなんていません」

「守人様とて生き物だ。人間と違い、魔物との関係はより明確に、お互いの利益無くして関係は成り立たない」


 それは、人間の狩に協力する代わりに食い物を貰っていた犬の先祖のように、漁船の周りを飛び回る海鳥の様に、互いが生きるための知恵でもある。


「それにな。あんたらも、なんとなく分かっているだろう? 牙獣の王冠とは違い、風森の神殿から魔物が溢れる事は滅多にない。森から出ようとする魔物を、誰が狩っていると思う?」


 風森の神殿の空の支配者である人鳥。彼らが獲物を狩る事によって、周囲の村や町の安全が保障されている。


「だがなぁ……その女の子は、呼ばれたようだ」

「呼ばれた? 誰に、ですか?」


 騒動の最中、狩人は老いようともその目で確かに見た。

 白い人鳥。聖域の使者。狩人仲間たちが実しやかに囁く、生きる伝説の飛び去る姿。ただ単に、ガルトラジャ達に紛れて狩りに来た可能性は充分にあり得る。だが、狩人には何か特別な理由がある様に思えた。


「ワシにも分からん。女の子が帰って来た時に、聞いてみたらだろうだ?」


 はぐらかされた様に感じ、男性教師は不満に思ったが、会話している内に冷静さ戻って来た。夜は肉食の魔物達が動き出す時間だ。どんなに訓練された兵士達でも、過酷な環境となる。ミューゼリアの無事を祈りつつ、朝が来るまで待つしかない。






「ひぃぃー!!」

『黙っていないと舌を噛むぞ!!』


 シュクラジャは殺した獲物を後ろ足で掴み、前足で私を抱き上げ、背中の翼を使って空へと舞い上がった。風属性の魔力によって、爆発的な推進力を得ているのだと思う。

 目も開けられない程に速く、私は思わずシュクラジャにしがみ付いていた。

そして、ようやく止まったかと思うと、木の洞らしき場所にゆっくりと寝転がされた。緊張と疲労と、興奮と、色んなものでエネルギーを使い果たし、私は放心状態で成されるがままの状態だった。


「……どれくらい高い?」


 しばらくして、ようやく声が出た。


『約435メートルある。ここは大風樹の洞だ』


 レフィードが姿を現した。淡く光る5歳くらいの白い布を巻いた子供の体。柔らかな純白の髪に、金色の目。両手は翼のままだ。学園へ入学する頃から、4属性ではなく光属性へと身体が変化した。最近は、この子供の姿と鳥の姿を使い分けている。着々と力を取り戻し、姿は変化しているが、まだレフィード自身の記憶が戻っていない。


「凄く高い場所だね」


 私は起き上がった。洞から見える空は、夕暮れから夜へと向かい始めている。


「ここは……シュクラジャの寝床だね。柔らかい」

『綺麗にしてあるな』


 座っている場所は、木の枝や柔らかい枯れた草は丁寧に敷き詰められている。定期的に入れ替えているのか、獣臭さは少なく長年積もった汚れは見当たらない。

本当は洞の出入り口付近まで行って下を確認したい所だが、手を滑らせて落ちてしまえば一貫の終わりだ。


「私、食べられちゃうの?」

『人鳥目線では、骨が多いわりに身が少ない人間を食べるより、それを襲おうとしている魔物の方が食べやすく、腹が膨れる』

「な、なるほど……? 襲ってきた魔物と私を比べれば、肉は断然あっちの方が多いね……?」


 きっぱりと言われ驚いたが、理解は一応できる。大きな体を保つ為には、それ相応の大きさや量のある獲物を狩り、食べなければいけない。1 0歳の子供と成熟した魔狼では、後者の方が肉の量が多いのは見て分かるからだ。


「なんで私、すぐに帰してもらいないの?」


 食べないのなら、何故ここまで運ばれて来たのか、全く見当が付かない。


『下が騒がしいからだ。スィヤクツの群れが深層から何グループか出てきている。彼らの繁殖時期は春。今は食べ盛りの子供が多い。また、彼らのおこぼれを狙って何種類かの魔物が動きを見せていた』

「えっ、レフィード知っていたの? 風森の神殿に来る前に教えてよ。先生やオーナーさんに言って、対策を取ってもらえたのに」

『彼らが動き出したのは、夕食を作り始めた時間帯だったからだ。深層の方が魔物にとっての恵みは豊かであり、子供の隠れる場所も良い。また狩人が来る危険性も少ないので、外層に出てくることはまずない。こんな事、極めて稀だ』

「スィヤクツを深層から追い出す様な魔物が現れた、とか?」

『……その線が濃厚だな。風森の神殿に満ちる魔力に、乱れは感じない。夏場が繁殖期の魔物が大暴れしているのかもしれない』


 人鳥と魔狼では、生活圏が違うので縄張り争いにはならない。高難易度エリアの陸上に住む魔物のどれかが、スィヤクツ達を追い出してしまったのだろう。

 ゲームでは、繁殖期が迫り凶暴になった魔物を討伐するクエストがあった。繁殖期は子孫を残すための重要な時期であり、強さを見せつける為に最も争いが増える時期でもある。一生懸命子育てをしているスィヤクツ達には、同情してしまう。


「魔物達は、レフィードを狙っている様な動きをしていたね」

『すまない……気配を消していたが、風森の神殿の魔物達には感じ取れてしまったのだろう』


 教育の一環で飼育されている草食竜達は、レフィードの存在に全く気付いていない様子だったのを思い出した。野生と飼育の差とも思えるが、レンリオスの屋敷で暮らしていた時も魔物の襲撃なんて遭った事が無い。風森の神殿は、やはり特別なのだろう。


『ここに住む人鳥達は、人間と共生関係にある。わざわざ広いダンジョンを探さなくとも、人間がいれば彼らを狙って魔物が集まって来る。その魔物を人鳥が狩るんだ』

「へぇ……それって、人間の安全が保障されてるの?」

『人間がいなくなれば、狩に支障が出る。なので、人鳥は人間を守っている……しかし、囮と解釈すれば、人間としては災難だ』

「ま、まぁ、そうだけど……レフィードは人鳥達が助けてくれると思ったから、森に入る様に私へ言ったんだね」


 確かにあれは怖かった、と思い返すが、あの時勇気を振り絞らなければ、スィヤクツや他の魔物に皆が襲われていたかもしれない。私が囮になって正解だったと思う。


『そうだ。確信があったとはいえ、危ない目に遭わせてしまい申し訳ない』

「説明できる状況ではなかったし、仕方ないよ」


 風森の神殿は比較的安全と認識され、序盤の大型ダンジョンとして成り立っている理由が分かった。人鳥達が人間と共生関係にあるからだ。おそらく、囮に使うだけではない。人間が開拓し、作られた道や平地も狩に利用している。隠れられる場所がない道や平地では、移動する魔物の姿がすぐに目につく。空を支配する人鳥にとって、大風樹が住処を提供してくれるのも相まって、良い生息地となっている。


「そういえば、シュクラジャはどこ?」

『人鳥は綺麗好きだ。寝床から少し離れた枝先で、先程の獲物を食べている』


 大風樹は枝を広く長く伸ばしている。少し離れた、と言っても相当な距離がありそうだ。

 しばらく待っていると、思わぬ形でシュクラジャが帰って来た。


「っ!?」


 洞の外、しかも下からシュクラジャが顔を出し、予想外の登場の仕方に私は驚いた。

 鳥とは違い四足ある事で、トカゲや猿の様に木にしがみ付いているのだろう。

 シュクラジャは何かを咥えて、洞の中へと入って来た。

 木の枝に吊り下がっている赤い木の実が2つ。リンゴの原種のような見た目だ。


『ミューゼリアの為に取ってきてくれた様だ。熟し具合も良い。人間が食べても問題はないぞ』


 まさかシュクラジャが、人間が食べられる物を知っているなんて思いもしなかった。魔物の知能は動物とほぼ変わらないが、竜や一部の種はかなり高度な頭脳を持っていると本に載っていた。まさか、こんな形でそれを目にするなんて、驚きの連続だ。


『ミューゼリアが腹を空かせない様に、気を遣ってくれたのだろう』


 シュクラジャはゆっくりと私に近づき、枝を差し出してきた。


「あ、ありがとう」


 私が両手を広げる。シュクラジャはゆっくりと両手の中へと枝と身を置いてくれた。


「はい。レフィード」


 枝から1個取り、レフィードに差し出した。


『私の糧は魔力だ。食事が無くても大丈夫。育ち盛りの君が食べた方が良い』

「わかった。食べるよ」


 レフィードはどこか嬉しそうにしながら言い、2個とも私が食べる事になった。

 服で軽く汚れを拭きとった後、口にした。歯が入る程よい硬さであり、触感はリンゴだが、味や香りが柑橘類に近い。甘酸っぱくて、とても美味しい。皮も食べられることが出来たおかげで、残ったものは種と芯のみだ。


「種は持ち帰りたいけど、許可を取るのに大変そうだから辞めておく」

『わかった。では、私が捨てに行く』

「ありがとう。お願いね」


 私はハンカチに包んだ種と芯、そして枝をレフィードに渡した。

 シュクラジャは私が実を食べ終わるのを見計らって、寝床へ横になった。


『夜は冷える。彼に暖を取らせてもらった方が良い』

「う、うん……」


 ゴミを捨てに行く前のレフィードにそう言われ、私は恐る恐るシュクラジャへ近づいた。


「あの……隣で眠っても、良いですか?」


 瞼を閉じていたシュクラジャは私の声に反応して薄く目を開けると、翼を軽く広げる。入ってこい、と言っているようだ。私は遠慮がちにシュクラジャの隣に寝転がる。

 翼が私を覆い、更にシュクラジャと密着する。ほんのり湿っているが、花のにおいがする。もしかして、スィヤクツを食べた後に水浴びをして、花に身体を擦り付けたのだろうか。綺麗好きとレフィードは言っていたが、ここまでとは驚きだ。


「……」


 シュクラジャの体毛の中は、とても暖かい。ゆっくりと呼吸によって上下する体に、心臓の音が聞こえてくる。

 やっぱり、魔物も生きているのだと実感する。


「あっ……」


 私は、思い出した。

 リティナが聖域から遺物を回収した後の出来事。

 風森の神殿は黒く染まり、大風樹は枯れ、ダンジョンとしての機能を失い、危険地帯に変更され厳重警戒が成される。

 魔学合成系の最も重要である基盤。遺物から溢れ出る魔力が、風森の神殿から失われた。それにより第一生産者が死滅し、生態系が崩壊した。

 難を逃れた魔物達は生きる場所を失い、新たな住処を求めて人里へと降りてしまった。町が、村が、お母様の故郷と同じように魔物達によって破壊された。

 人も、魔物も、多くが死んだ。

 オープンワールドである以上、リティナを操作して崩壊後を見に行くことが出来る。しかし、周回を繰り返すうちに関心が薄れてしまっていた。だから、この重大さに気づくのが、遅れてしまった。

 このまま何もしなければ、私を助けてくれたシュクラジャも、子供を育てる為に危険を犯したスィヤクツ達も、他の魔物達や動物達も、住処を失う。木こりや狩人、あのオーナーは職を失うだけでなく、彼らの住む村や町が魔物達に襲われ、難民になってしまう。

 稀少な魔物と人間の共存する世界が無くなる。

 どちらも被害者であり、犠牲者だ。

 リティナは、その現場を知っても遺物の回収を優先した。妖精王の復活を阻止しなければ、より被害が拡大してしまうからだ。だが視点を変えれば、彼女の行動が多くの存在に影響を与えている。


 エンディング後の世界は、どうなったのだろう?

 風森の神殿の自然は回復したのだろうか?

 魔物達は住処を見つけられたのだろうか? 

 近隣の村や町の人達は、安全な場所で暮らしているのだろうか?

 他の3つのダンジョンの被害は? 犠牲者は? 


 疑問が溢れてくる。


 どうすれば良い。気づいたのなら、行動に移したい。

 でも、対策が一切思いつかない。遺物程の強大な魔力を持つものが存在するのか、全く分からない。


 どうしよう。


 どうすれば、被害を減らせるのだろう。

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