35話 狩猟の時
常火場にいた女の子の一人が、悲鳴を上げてしまった。すぐに、狼の様な魔物は雄叫びを上げる。
黒の体毛に覆われ、動物の狼よりも更にひと回り大きな魔狼種スィヤクツ。本来は、深層に出てくる魔物。魔狼の中では一番レベルが低いが、序盤のダンジョンにしては攻撃の際に確立の高いクリティカルを出してくる難敵だ。
「子供達は中央会館の中へ!!」
「皆、走るんだ!」
すぐに異変に気付いた護衛兵の人達が一斉に剣を抜き、戦闘態勢になる。スィヤクツを囲む兵士、子供達を誘導する兵士、それぞれ行動を開始する。
5年生はバンガローではなく、一番頑丈は中央会館へと避難を開始する。
「私達も行こう。このままだと、魔物の仲間が来ちゃう!」
「え? う、うん!」
隠れる場所を探す暇はない。全力で走らなければならない。
あの雄叫びは、群れの仲間を呼ぶ合図だ。先陣を切ってやって来たのは、戦闘に慣れた個体。この後に、若い個体と群れのボスが来る。
私と女の子は、急いで走り出した。
しかし、突然空が暗くなった。
『ミューゼリア。そのまま走れ!』
レフィードの声がした瞬間、私の左上に小さな爆発が発生する。
「キャイン!」
怯み、痛みが伝わって来る声。森の中から別のスィヤクツが私達を襲おうとしたようだ。
レフィードがスィヤクツの弱点である炎属性の技を使ってくれて、助かった。
あとでお礼を
「!?」
私と女の子の行く手を塞ぐように、木が倒れてきた。すかさずレフィードが爆発を発生させ、倒れる方向を変えることに成功する。スィヤクツは、身体の強化に魔力を使っている為、人間の様な魔術は使えない。木を倒す為に体力を割く位なら、自身の脚力と牙で獲物を襲えば良いはずだ。他にも、何種類か魔物がいる。
(レフィード。魔物達の狙いは、あなた?)
私は頭の中でレフィードに呼びかける。学園入学頃に、ようやく精霊らしくなったレフィードは、発声ではなく思考を介して会話も出来るようになった。
『その様だ。私の元へ、集まってきている。どうやら、ここの生物達は精霊の存在に敏感なようだ』
魔物は、魔力を持ったモノを食す。この中で、一番魔力を持っているのは精霊であるレフィード。
狙われるのは、レフィードの協力者である私だ。
(兵士さん達は勝てる?)
『勝てるが長期戦だ。このままでは魔力を嗅ぎつけ、魔物が集まって来てしまう。ミューゼリアには森に入ってもらいたい』
「はぁ!?」
予想外の答えに、私は驚き思わず声を上げて立ち止まってしまった。
「ど、どうしたの?」
女の子も立ち止まり、驚いた様子を見せる。
「なんでもない……」
走り出そうと思ったが、このままでは皆が危険な目に遭ってしまう。明日も、明後日も同じような事があってはいけない。まるで、6年後の魔物に襲われるシーンを見ているようだ。
(レフィード。森に入れば、魔物達への対策が出来るの?)
『今は、それしか方法が無い』
全く見当が付かない。その方法がどんなものか分からないが、レフィードを信じるしかない。
「レンリオスさん?」
女の子は走り出さない私を心配そうな顔で見つめる。
「もう一度爆発を起こすから、すぐに走って。目暗ましになると思う」
「え? でも」
「走るの!」
「う、うん!」
レフィードが、人に害がない程度に小さな爆発を起こす。スィヤクツ達が音に反応し、私は爆風で起きた砂埃に混じって森の中へ走った。
勇気を振り絞った。何があるか分からない。息が切れても、足が痛くても走り続ける。
後ろから気配がする。
どんどん近づいてくる。
怖い。
怖い。
怖い。怖い。怖い。こわい。
『ミューゼリア! 頭を低くてくれ!』
レフィードが声を上げ、私は手で頭を覆い姿勢を屈める。
その瞬間、私の走る進路から強い風が吹き、頭上を何かが通り過ぎた。
「ギャィッ」
スィヤクツの短い悲鳴が聞こえた。
迫ってくる気配がない。
私は立ち止まり、恐る恐る顔を上げ振り返る。約4メートル離れた場所でスィヤクツが、大きな生物によって押さえつけられ、倒れ伏している。
鋭い鉤爪が柔らかい肉へと食い込み、太く大きな足が徐々に締め上げる。逃げようともがくスィヤクツだが、相手は足による締め付けはさらに強くする。鼻を抑え込まれ、やがてスィヤクツは息絶えた。
「……」
私は足が限界を迎えてしまい、動くことが出来ない。
スィヤクツを簡単に仕留めたその魔物は、私の方を振り向く。
純白の羽毛に覆われた顔は、嘴が口の中へ隠れる特殊な進化をした為に人に近い印象を受ける。猛禽類と同じ構造と思われる金の目が、私をじっと見据えている。
馬よりも少し大きな体。その体つきは4足歩行の猫や犬に似ている。背中には折りたたまれた大きな翼があり、動物では見る事がない6足の生物である。
「人鳥……」
人面鳥は、鳥型の魔物であり顔の模様がまるで人の顔に見える事からそう呼ばれている。
目の前にいるのは、亜人種と鳥を混ぜた様な姿をした〈人鳥種〉
風森の神殿の最上位捕食者の一角。人鳥種の中でも希少種に分類される〈シュクラジャ〉
本来であれば、高難易度のエリアで稀に出てくるレアな魔物。通常の人鳥よりも攻守ともに高く、素早さと大きさに見合わない回避能力。更に風を発生させる攻撃は強力だ。
『彼は君達を見ていた』
「え?」
レフィードの思わぬ言葉に聞き返した瞬間、シュクラジャは私の目の前で立ち上がった。3メートルはあるだろうか。立ち上がった姿は、類人猿の様に安定している。
「え???」
困惑していると、私はシュクラジャに持ち上げられた。前足を人間と同じく手の様に使い、まるで小さな子供を抱き上げるかのような力強くも優しい力加減だ。先程とは打って変わり、とても丁寧に扱われているのが分かる。
「あ、あの……?」
シュクラジャはじっと私を見ている。
表情は一切変わらないが、顔を左右に傾ける。人間の解釈なら、不思議そうに首を傾げている様に見えるが、全く違う。目の造りが違う人鳥は、私の〈形〉を正確に認識しようとしている。
シュクラジャは、私に向かって口を何度も開ける動作をする。口の中には、鷲のくちばしの様なものが見えた。
『口を開け閉めする行動は、敵意が無い・争わないと言う意味だ。安心して欲しい』
レフィードはそう言うが、全く表情が変わらないし何もかも違う魔物相手に、どう安心すれば良いんだ。
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