34話 風森の神殿

 風森の神殿へ向かう日がやって来た。ジャージの様な作業着に着替え、寮で朝食を摂った後、5年生は正門に集まった。着替えなどの必要なものを詰め込んだ旅行鞄の持ち手の部分へ学生番号の名札を取り付け、荷物専用の竜車へと乗せる。

 それぞれのクラスに割り振られた大型の竜車へ、出席を取りつつ乗り込んでいく。1クラスが24人。3クラスあるので合計72人。

 大人数での移動が開始される。


「出発しまーす」


 朝7時を知らせる鐘がなるとほぼ同時に、竜車が出発をする。

 見送りに来ていた先生や他の学年の子供達へと窓際の子が手を振り、竜車が動き出した。


「わぁ! 大きい!」

「城よりも大きい!」


 出発から約20分が立とうとした時、竜車の窓を見ていた男の子達が口々に言う。

 城より大きいとなれば、この世界ではただ一つと言っても過言では無い。


「見せて!」


 私も好奇心に駆られて、窓の外を見た。

 窓から風森の神殿が見える。

 風森の神殿は、ただの広大な森ではない。神殿の固有種にして、高さ600メートルを超す世界最大の樹木〈大風樹〉の群生地帯だ。風属性に強い耐性を持つ大風樹は、樹皮が白く、枝がかつて生えていた箇所には黄緑色の模様が出来ている。四方に延びた枝に茂る葉はライムグリーン色に輝き、幻想的だ。

 こうしてじっくりとゲームの風景を眺めるのは久々な気がする。大風樹は、まるで空を支える柱の様だ。〈神殿〉の由来は遺跡だけでなく、この光景からも名付けられているように思えた。


「綺麗……!」


 私が思わず言葉を溢すと、女の子達も興味を示し始めた。入れ代わり立ち代わりで窓の外の景色を楽しむ。

 しばらくして、風森の神殿のバンガローなどの施設が立ち並ぶエリアへと到着した。丸太で造られたバンガローは、木こりや狩人達の休憩所としても使われ、ゲーム上ではリティナ達のダンジョン制覇の為の拠点となる。

 やっぱり、ゲームで見た光景を目の前に出来ると感動する。もっと色々見て回りたいが、林間学校なので我慢する。


「みなさーん。整列してくださーい!」


 竜車から降りた私達5年生は、先生の指示に従ってクラスごとに整列をする。私達の周囲を、動きやすさを兼ね備えた鎧を着た兵士の人達が、警備しくれている。


「こちらが、この風森の神殿に作られた宿泊施設〈止まり木〉のオーナーさんです」

「みなさん。ようこそ、いらっしゃいました」


 兵隊長と思えるくらいに、筋骨隆々の左頬に剣と思われる傷跡のある男性が、にこやかに5年生に挨拶をする。オーナーがパワータイプなら、リュカオンはスピードタイプだろうか、となんとなく思った。


「あの人が護衛隊長……?」

「オーナーだって、さっき先生が仰っただろ」


 誰かの小声を聞くと、同じような事を思っている子が結構いる様だ。


「楽しく3日間を過ごす為に、いくつか注意事項があります。皆さん、今から言う事を必ず守ってください」


 オーナーは挨拶をすると、一通りの注意事項を言う。

 以前先生が三重丸の図で表したように、風森の神殿は外層、中層、深層に分かれ、一番奥に聖域がある。大風樹は主に中層に自生している為、決して行ってはいけない。

 夜になると、夜行性の肉食獣や魔物が活発に動くため、絶対に建物から出てはいけない。


「外層は安全の様に思えますが、中層や深層から稀に餌を取りに強力な魔物が出てくる場合があります。あちらを見てください」


 オーナーが手で指示した方向を見ると、一軒のバンガローの壁に大きな爪跡があった。丸太が抉られている引っかき傷は熊よりも大きく、ドアの高さほどの場所に出来ている。

 専門的な知識が無くても、大きな魔物がいるとすぐに分かる。やはり、高難易度のエリアの魔物は、外層にも出てきている。


「あれは猫の様に爪を研ぐために魔物が行ったものですので、人への被害はありませんでした。しかし、いつどこで襲われるか分かりません。なので、先生や私、護衛の兵士さん達の言う事をしっかりと聞いて、行動をしてください」


 一通りの話が終わると、学生番号に割り振られた男女別のチームで、バンガローへと向かう。私達5年生が説明を聞いている内に、旅行鞄やリュックはそれぞれのバンガローへと運ばれていたようだ。建物の中は空の2段ベッドが4台設置され、トイレと手洗い場は綺麗に清掃されている。自分の鞄を確認した後、同じバンガローの子達とどこに寝るか決め、私は下のベッドになった。

 そして、外に出た私達は再度集合し、オーナーが用意してくれたベーコンと葉野菜のサンドウィッチを丸太で造られたテーブル席で食べた。森林の中で食べる食事は、雰囲気が違ってとても新鮮な気分だ。


「じつは、サンドウィッチの中に入っているベーコンは、この森で狩猟した魔物の肉で作られています」

「え!?」

「魔物って食べられるの!?」


 オーナーの説明に、驚く子が多い。私を含めて一部の子は驚いていない。驚いているのはおそらく、王都や大きな都市に住んでいる子達だろう。田舎になる程、魔物を食べる文化は色濃く残っているので、私は特に気にはしない。


「魔物の肉は、レストランでしか食べた事が無いよ」


 ぽつりと隣に座っていた女の子が言った。そこで、私は思い出した。

草食の竜種や魚に似た魔物の肉を使った料理を、王都に滞在している最中に食べていた。王都の方では、魔物は高級食材として認識されている。よくよく考えてみれば、養殖や酪農が出来ない魔物は市場に出回り難い。狩人が獲れる量も限られるので、大量に流通は出来ない。町や村で消費されて終わり、なんてパターンもあるだろう。

 住む場所によって、食材の身近さがこんなにも違う事に、内心驚いた。


「魔物達は悪者の様に扱われますが、動物たち同様に毎日を必死に生きている生物です。その彼らを私や狩人達が狩猟し、ベーコンとして加工しました。人間は、植物を含め多くの命を食べなければ生きてはいけません。なので、命に感謝し、無駄にしないよう残さず食べましょう」


 私達は口々に返事をし、サンドウィッチを再び食べ始める。

 香辛料の効いた香ばしくしっかりとした硬さのあるベーコンと新鮮な葉野菜、柔らかなパンの相性がとても美味しい。

 5年生の皆は、残さずサンドウィッチを完食した。


 昼食の後、5年生は森ついてオーナーから話を聞き、お題の葉っぱを茂らせる植物を探すゲームをチームトーナメントが開催された。植物に詳しいからとチームメイトから期待されたが、私は森については素人なので活躍は他の子と同じくらいだった。5位まで食い込んだが、優勝は逃してしまった。

 そして、あっという間に夕食の準備の時間になった。今日作るのは、ポトフだ。


「食材切る係と火を起こす係に分かれるけど、誰がどれをやる?」


 水道とレンガ造りのかまどが並ぶ常火場で、私達8人は話し合った。私は火起こし係になりたかったので、自分で挙手した。他の子は食材を切る係希望ばかりなので、誰がやるかと発言をした子が私と一緒に火起こし係をしてくれる事になった。


「私達はまず薪を取りに行かないといけないね」

「うん。行こう」


 私と赤毛で身長の高い女の子は、一緒に薪置き場へと向かった。薪置き場は常火場から少し離れた位置にある。放火や飛び火等による火事防止の為だと思う。薪置き場には先生がいて、今日使う分を紐でまとめて置いてくれている。


「こっちが今日の分の薪。こっちは着火剤とマッチです。重いので、気を付けてくださいね」

「はい!」

「ありがとうございます」


 私と女の子は薪と着火剤となる枯葉や細い枝の入った袋、そしてマッチを貰い、来た道を戻る。


「これって、どうやって使うんだっけ?」

「えーと、まず燃えやすい枯葉や細い枝にマッチで火をつけて、その火が大きくなってきたら薪を入れてく。そうすると薪に火がついて、長い間燃え続けるんだよ」


 女の子の問いに、私は答える。


「ちゃんと点くかな? そうじゃないと、私達だけ生の野菜になりそう」

「沢山着火剤貰ったから、大丈夫だよ」

「私が失敗したら、次は任せた!」

「うん! 頑張る!」


 失敗しても良い様に、着火剤の葉や枝は大目に入っている。私と女の子は、重い薪を交代しながら持ち、常火場へ戻る。

 しかし、あと2メートルと言ったところで女の子が足を止めた。


「どうしたの?」

「今、何か森の中から物音がしなかった?」

「え?」


 まだ空は青く、夕暮れにすらなっていない。私は女の子の見る森側へと目を凝らす。

 何もいない様に見える。

 しかし次の瞬間、背後から枝が何本も折れる聞こえ、振り返ると薪置き場近くの森から狼の様な魔物がゆるりと現れる。

 一瞬で血の気が引いた。あれは、ゲーム序盤では攻撃力が高い魔物だ。


「ゆっくり、薪を置こう」

「う、うん」


 丁度直線状に誰もいない。先生がゆっくり後退するのを見て、私は女の子へ小さく言う。音を立てない様に薪と袋を置いた。どこかへ隠れられないか、と探そうと視線を動かした時、誰かが悲鳴を上げる。

 魔物は、それに反応してしまった。

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