37話 ゲームには登場しない人物

 夜になっても頭の中で考えが巡り、力尽きる様に眠った。

 翌朝。シュクラジャは、私を地上へ降ろしてくれた。しかし、風森の神殿のどの辺りにいるのか全く分からない。場所はシュクラジャが私を保護した地点だ。スィヤクツを押し倒した際に出来た跡がある。外層であるのは確かだが、あの時は無我夢中で走っていなので、どこからどう向かって来たのか覚えていない。周囲を見渡してもバンガローらしき木造の建物は見当たらず、長い距離を移動したようだ。


「スィヤクツ達は、もうこの辺りにはいないよね?」

『人鳥種達が飛び回ったおかげで、今は中層へ戻ったようだ。今のミューゼリアは、シュクラジャの匂いが体中に付いている。近づく魔物はまずいない』


 姿を現さずにレフィードが私に言う。

 匂いがするのだろうか? と思い服の袖を嗅いでみるがよく分からない。自分の足跡を探そう周囲の地面を確認したが、スィヤクツや他の魔物等の足跡も混じり合ってしまっている。


『これからどうする?』

「先生やみんなの元へ行きたいけど……」


 闇雲に歩き回っては体力が消耗し、命に関わって来てしまう。

 シュクラジャに気づかされた危機について、対策を練るにもここで倒れては元も子もない。


「そうだ! 信号弾!」

『しんごう、だん?』

「救難の時に、上に向かって光の玉を打つの。それを……」


 説明をしようとしたがよく考えると、それは空中や高台からでないと救難信号を発見できない。光の玉を上に放つだけなら、魔術の場合は音がしない。


『ミュ、ミューゼリア? どうした? やはり気分が優れないのか?』

「ダメだ……いいアイデアが思いつかない……」

「お腹が空いてるから、頭が回らないんじゃない?」

「そうかも…………え?」


 第三者の声が後ろから聞こえてきた。

 捜索隊にしては、言い回しが奇妙だ。狩人も昨日の騒ぎを考えたら、下手に森の中へ入って来ていない筈。盗賊がいるとしても警戒している筈だ。誰だろう。振り向くのが恐い。

 私は深呼吸を一回する。


「だ、誰ですか……?」


 勇気を出して振り返りつつ一歩後ろに引きながら、何とか声を出した。緊張と恐怖で、心臓がバクバクと大きな音を立てている。


「それはボクの方が聞きたいな。子供がこんな場所にいるなんておかしいでしょう?」


 男性にしては太さの無い声で、瘦せ型のその人は言った。

 波がかった金髪の先はピンク色に染まり、目を隠すように前髪が全体的に下がり、鼻の下から口元しか見えない。ちらりと髪の毛の間から見える瞳の色はローズピンクだ。

少し日に焼けた肌。使い込まれた革製の手袋にアウトドアブーツ。襟元に茶色の毛皮が縫い付けられた深緑色の作業着をはだけさせ、首から下げている紐には、笛や何かの角、鱗が吊るされている。肩から下は袖に通されているので分からないが、上半身は魔方陣と思われる模様がびっしりと描かれ、腹には大きな傷跡が見える。刺青ではなく定期的に描いているのか、所々に筆らしき掠れた後があった。

 奇妙な格好ではあるが、武器は持っておらず、大きなリュックを背負っているので賊では無さそうだ。


「そ、その……じつは……」


 助けを求めるしかないと思い、私は一通り昨日遭った出来事を説明した。


「へぇ! 凄いね! 羨ましいよ。そんな体験、一生に一度得られるかどうかだ」


 予想外の反応。本当に、この人は何者なのだろうか。


「キミの言うシュクラジャは、あの青年だろうな。最近、この一帯を縄張りにし始めたかなり賢く若い個体だ。人間との適切な距離を親から学び、飛べるようになった少年期には、木こりや狩人の営みを大風樹から見ているのを何度か確認したよ。それによって、得た知識によってキミは子供だと判断して、保護するべきだと考えたのだろうね。並みの個体なら、子供であっても放置するところだ」 


 急に饒舌になったが、妙に聞き取りやすい。


「それに、木の実を持って来たのも流石だね。人鳥種は肉食性と思われがちだけれど、実は雑食性なんだよ。彼らが食す果物の中には人間にとって有毒な種も存在するが、キミにとって安全な種を選択するなんて相当な博識だ。知能指数テストをしてもらいたいなぁ」


「は、はぁ……そう、ですか」


 かなりの知識人であるのは分かったが、初対面なので反応が難しい。

 どうしようかと思った時、私の腹の虫が鳴ってしまった。


「ボクも朝食はまだだから、一緒に食べようか」


 恥ずかしがる私を笑うことなく、その人はリュックを背中から降ろすと地面に座った。


「ありがとうございます……あの、ここで食べても、大丈夫なのですか?」

「大丈夫だよ。ボクの体に結界の魔方陣を書いてあるから、魔物が襲ってきても平気。キミについてるシュクラジャの匂いも相まって、不用意に近づく様な個体はいないさ」

「そう、ですか」


 私もその人と同じように、地面へと座った。

 この世界の魔方陣は、詠唱中に浮かび上がるのではなく、魔術を発動する方法の一つとして使用されている。予め用意が必要になるが、詠唱する時間が要らないのでメリットの方が大きいように見える。しかし、即座に発動すると言う事は、それだけ一気に体内の魔力が持っていかれる。体調を管理し計画的に行わねば、大きな魔術を一回発動させただけで気絶してしまう。

 常に発動させているとすれば結構な量の魔力を持っていかれている筈だ。1人でダンジョンを歩き回っているのを含めて、相当な手練れであるのが伺える。


「私はミューゼリア・レンリオスと申します。あなたのお名前は?」

「ボクはアンジェラ・シング。学者だよ」


 アンジェラさんはリュックを開け、中からナイフや火属性の魔鉱石を使った手のひらサイズのコンロ等、次々と出していく。


「ここでレンリオス男爵令嬢に会えるとは驚きだ。専門外だけど、霊草シャンティスは有名所だから知っているよ」


 リュックに視線を向けたまま、アンジェラさんは言った。


「そうですか……」


 家族やロクスウェル以外は、皆が〈シャンティスを発芽させた天才児〉と口にしなくとも、見世物の様にこちらを期待し、注目していた。しかし、私の成績は平凡。同じクラスの子達はそんな私を直ぐに受け入れてくれたが、上の学年の子が〈レンリオス令嬢は、期待外れらしいよ〉と話しているのを昼休憩の移動の際にたまたま聞いた事がある。

 もともと息苦しいと思っていたが、首を絞められるような気持になった。


「周囲からの期待って、かなりの重荷になるから自由に動けなくて、疲れるでしょう?」

「えっ……は、はい。ずっと見られているようで大変でした」


 見透かされているかのような問いかけに驚いた。


「みんな勝手だよねぇ。こっちの身にもなって欲しいよ」


 アンジェラさんは、リュックから調理道具と食材を一通り出し終えた。手のひらサイズ程のコンロに火を点け、アウトドア用クッカーセットのフライパンをその上に置いた。どれも使い込まれ、手入れが行き届いている。


「あの、先ほどのお話を聞く限り、アンジェラさんは魔物を観察していらしたようですが、何を研究していらっしゃるのですか?」

「魔物とダンジョンと呼ばれる生態系について調べているよ。ただ、今回ここに来たのは、ちょっと違うんだ。もう3年くらい前に、怪我した若いガルトラジャを治療した事があってね。その子が今はどんな様子か気になって見に来たんだよ」

「ガルトラジャが……」

「成熟した個体の縄張りに不用意に入って攻撃されたんだ。命に関わる程の怪我ではなかったし、今はもう元気に飛び回っていたよ」


 アンジェラさんはどこか懐かしそうに言いつつ、温まったフライパンの上にナイフで切ったベーコンを乗せた。熱せられたベーコンから、食欲をそそる香りがする。


「ここは、とても豊かな生態系ですね」

「うん。4大ダンジョンなんて言われている位だからね」


 ベーコンが焼けるまでの間、アンジェラさんはパンに紫色のジャムを塗っていく。


「あの、ダンジョンの成り立ちについて……教えていただけませんか?」

「いいよ。朝食を食べながらお話しよう」


 ジャムを塗ったパンを私へと差し出し、アンジェラさんはニッコリと口元に笑みを浮かべる。

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