30話 大切な協力者

 美味しい昼食をご馳走になっている最中、アーダイン公爵から〈王立インデルア学園へ入学をしてみないか〉誘いを受けた。

 初等部は満7歳から12歳、中等部は満13歳から15歳、高等部は満16歳から18歳までの年齢が集まっている。短期大学、大学等はそれ以降の年代だ。学園では優秀な平民が編入できるだけでなく、年齢基準よりも上の学年へ行ける飛び入学も可能だ。レーヴァンス様が学園へ初めて入学するのは中等部から。彼は早生まれなので、12歳で入学する。そうなると、シャーナさんは11歳で私は10歳でどちらも初等部だが、ゲーム上の学年は王太子と同じなので一年飛び入学をしている。

 魔術師の登竜門であり、多くの知識が集まる学園。貴族の場合、高等部へ入学式がデビュタイト、卒業式が成人の年齢の為、学園のパーティは社交界と変わらない程にとても華やからしい。今の私にとって情報収集をする最適な場所だ。ゲームの本編終了後の私の今後を考えれば、職を手に付けるにしろ、貴族として婿を探すにしろ、行った方が将来の為だ。


「私、行きたいです!」


 はっきりと言った私に、シャーナさんは喜び、アーダイン公爵は口元に笑みを浮かべる。


「誘いを受けてくれて、ありがとう。後日、講師をそちらへ向かわせよう」


 アーダイン公爵の言葉に思わずビクッと身体を震わせたが、当たり前の事を言っている。

 貴族と才能を持つ子供が集まるインデルア学園に入学するには、幼稚園であっても全て入学試験が存在する。それは、高い教育を受けた子供であっても不合格の烙印が押される程に難易度が高いとゲームの設定がついている。ゲームの主人公リティナの場合は、学園ルートのチュートリアルなので簡単だった。しかし、モブの立ち位置である私はそうはいかない。


「が、頑張ります!!」


 私は若干震えた声で言った。

 





 アーダイン公爵の別荘から帰宅後、夜は更け、寝る用意を済ませた私は自分の部屋のベッドの上に座り、レフィードに今日の出来事を一通り話した。そして、シャーナさんからこっそりと頂いた小さな箱を開けた。


「わぁ……!」


 箱の中に入っていたのは、中央に黄色の宝石が埋め込まれた花をモチーフにした髪飾りだ。しっかりと主張しながらも派手過ぎないデザインと宝石の輝きに目を奪われる。


『うん。見事なイエローダイヤモンドだ。黄色の濃さからして、希少性が高い』

「えっ!?」


 宝石にやや疎い私に代わって、右肩に乗るレフィードが感心した様子で言う。


 レフィードはこの半年で体の構成が安定し、今では完全に人に似た顔を持つ雛鳥となった。ちょっとつり上がった大きな金色の目に、ふわふわとした頭部や体、太めの足はレフィードの大きな成長を予感させてくれる。


「い、家に帰ってから開けてねってシャーナさんから言われていたのは、この為か……」


 シャーナさんとしては純粋な好意で、サプライズの意味で言ったのだと思う。嬉しいが、恐れ多い。シャーナさんの命に比べれば安いが、見た事も無い金額のモノが手の中にあるのがなんだか恐い。手に取る事すらおこがましいと思いそうになる。

 お父様も陛下から褒美について話した時や、屋敷に押し付ける様に送られていた時は、こんな気持ちだったのか……と理解が深まり、親子であるのを実感した。


『大切に保管をして、シャーナ令嬢と会う時に着けてはどうだ? きっと喜んでくれる』

「うん。そうだね……そうしよう。あと、お礼のお手紙も書かないと」


 箱を閉じ、私専用のジュエリーボックスの中へとしまうことにした。その中には両親が作ってくれた木製のブローチや、親戚から誕生日プレゼントに頂いたアクセサリー等が入っている。どれも私にとって大切なもの。

 そこに、シャーナさんから頂いた髪飾りが仲間入りする。


『何故、ベッドの下なんだ?』

「……盗まれたら困ると思って」


 ジュエリーボックスごと、私はベッドの下へと隠した。この屋敷に泥棒や盗賊が入ったことは無いが、身体が動いてしまった。大切なものが全部箱に詰まっている。


『わかった。君がしたいなら、そうすると良い』


 レフィードは特に気にする様子は無くそう言い、私は隠し終えると再びベッドの上に座った。


『ミューゼリア。君がいない間、魔術師達はシャンティスを育てる為の箱を試行錯誤していた』


 アーダイン公爵の別荘は各地にあり、今回の場所はレンリオス家の領地から馬車で4時間ほど走れば行ける距離だった。


『今回は箱の制作ではなく、魔鉱石をどのように補充するか検討され、実施されていた』


 シャンティスはある程度大きくなった状態であれば、平地の環境でも短期間耐えられる。発芽から生育に重要なのが、高純度の魔力が満ちた無属性の空間だ。箱が出来ても補充で失敗してしまえば、折角芽を出したシャンティスが枯れてしまい水の泡になってしまう。

 私が使ったイレグラ草による疑似魔鉱石とは違い、通常の魔鉱石なら無属性化を長期間保てるはずだが、予想外の出来事は必ずと言って良い程起きるので、色んな対策を練っているのだろう。


「結果はどう?」

『難しい。魔鉱石を抜く、入れる作業で均衡が崩れてしまい、安定に時間が掛かる』

「封印魔術で補充用の魔鉱石を覆って、抜く方が箱を出たと同時に術を解くのは?」

『4属性全てとなると、量が多いぞ』


「確かに…………あ! だったら、シャンティスの鉢植えにだけ一旦封印魔術を使って、その間に魔鉱石を入れ替えるのは?」


 私は閃き、レフィードに訊いてみる。イメージとしては、水槽の掃除だ。慣れている水の入ったバケツなどに魚を一旦移し、水槽を掃除し綺麗する。そして水槽に水を入れ、慣らしながら魚を戻す。この世界には、水槽で魚を鑑賞する文化がまだ根付いていないので、案外思いつかない発想ではないだろうか。


『良い考えだな。鉢植えと共に魔力を取り込むならば、その小規模の空間でも無属性化を作る高度な技術が必要になる』

「そこは、魔術師さん達にお願いするしかないね。皆さん凄い腕前だから、きっと数回練習したら、会得できるよ」


 アーダイン公爵家から派遣された魔術師さん達は、10人。シャンティスの栽培に4人、災害と魔物対策に6人だ。全員凄腕であり、栽培の手伝いをしてくれる魔術師さん達は即座に箱の設計図を書き、私では考えつかないようなアイデアを出し合いながら、一緒に試作をしている。

 いっそ温室の様に大規模なものはどうか。霊峰でのシャンティスの生えている地質完全再現はどうか。環境作りが難しいなら、霊峰への転移魔術を開発してはどうか。色んな話が飛び交っていて面白いが、収拾がつかないので舵取りは私になっている。魔術師って仕事はしっかりやるけど、自由奔放で好奇心旺盛な人が多いんだな、と実感した。


「明日、提案してみる」

『そうだな』


 私はこのまま眠ろうかと思ったが、膝の上に座るレフィードに右手に乗るよう促す。


『どうした?』

「レフィード。話したい事があるのだけど……」


 右手に乗ったレフィードを目線まで持ち上げる。

 アーダイン公爵家の別荘から帰る際中に、今後について考えた。シャンティスの発芽はレフィードのお陰だ。メインストーリーから少し外れた場所から国を救う方法を探すなら、これから先は今以上にその知識に頼る事が増える。レフィードはきっと聞けば教えてくれるが、それではモノの様に扱うようで申し訳ない。

 より良い関係。お互いの信頼を深め、協力し合う為に、私はゲームのメインストーリーについて話事を決めた。


『……なるほど。ただ夢と言い切るには、具体的な箇所が多い。私の記憶が君の中にある以上、その影響が出た可能性がある』


 私は日記帳のメインストーリーの書かれたページを見せ、一通り読んだレフィードは言った。


「信じてくれるの?」

『シャンティスの発芽の時点で、何かあるとは思っていた。ここまでの危機はいつ以来か思い出せないが、君1人に背負わせたくない。君は私の協力者であり、大切な友人だ。まだ拙い私だが、協力させてくれ』

「ありがとう……!!」


 私は思わずレフィードに頬擦りをした。ふわふわでとても気持ちが良い。


「えと、それで、今後について考えると、シャーナさんの危機を回避したとなったら、人間関係にも大きな影響が出てくると思う。それは様子見にして、情報収集を優先しようと考えているの」

『そのための入学か』

「将来的にも、入学して損は無いからね。隣国のグランディス皇国の情報は、ここだとあまり入って来ないし、遺物の保管された聖域……炎誕の塔と原海の胎国はあっちだから、16歳になるまでには行ける方法を見つけたいと思ってる」


 シャンティスの発芽成功により、私は手持ち無沙汰になってしまっている。病の蔓延を除くと、妖精による襲撃や被害が多く、今の時代でやれる事が少ないからだ。

 ゲームのインデルア学園には、グランディス皇国の皇太子が高等部に転入をしてくる。それだけでなく、図書館には皇国について多くの情報が記された本が保管されている。リティナの様に二国の行き来が簡単でない私は、まず炎誕の塔と原海の胎国へ行く方法を探しながら皇国を知るべきだと考えた。


『道のりは険しいが、頑張ろう』

「うん!」


 私はレフィードの言葉に大きく頷いた。


『ただし、試験での不正行為に協力はしない』

「そんなことしないよ!!」

『分かっている。言ってみただけだ』


 レフィードはからかう様に言った。

 ちょっとだけ怒れてしまうが、レフィードがはじめて会った時に比べて表現が豊かになったのは嬉しいと思った。

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