29話 父と子 (視点変更)

娘達が温室で仲睦まじく話している最中、父親2人は屋敷内の応接間へと移動した。

 屋敷は一級品を取り揃えながらも派手さは無く、柔らかな色合いを基調にした壁紙に木目を利用した美しい床や家具の数々。落ち着いた内装は、どこかレンリオスの屋敷に似た雰囲気に、デュアスの緊張は少し解れた。


「レンリオス卿。ミューゼリア嬢をこちらへ連れてきてくれた事、感謝している。シャーナは彼女から手紙が来るたびに、会いたいとよく話していた」

「こちらこそ、招待してくださりありがとうございます。ミューゼリアは、シャーナ様から手紙が届いていないかと郵便配達が来るたびにメイド達に訊いていました。きっとあの子も会いたくて仕方なかったと思います」


 重厚感のあるソファへ座る2人の元へ、メイドではなく背の高い執事の男性がティーセットを運んできた。

 珍しい銀色の髪は太陽光で青みを帯び、顔の大きさや背格好はアーダイン公爵と全く同じ。服を着替え、暗がりで見るその後姿は、アーダイン公爵と誰もが見間違える事だろう。影武者の役割を担っている執事。アーダイン公爵があえて見せているのだろうとデュアスは思う。信頼されていると思うと嬉しい反面、責任重大だとデュアスは、少し解れたはずの緊張の糸が再び張るのを感じ取った。


「レンリオス卿。半年前に起きた事件について、貴方にも知って欲しい事柄がある」

「はい。なんでしょうか」


 国王の褒美の中に隠されていた手紙や新聞で一部始終を知っている。この半年は貴族社会は混乱し、異例尽くしであった。災害から復興し、ようやく元の日常を取り戻し始めたレンリオス家の領地は、混乱の渦にのまれなかったが、想像するだけでデュアスは胃が痛くなるようだった。


「貴方が集めてくれた情報をもとに、貴族や平民……多くの人間を捕えられ、順番に裁判が成され、罰を与えられている」


 デュアスはサリィと共に、王の命令によって誕生祭の間、貴族達から情報収集を行っていた。世間知らずの田舎の男爵と夫人として立ち回り、油断する者達から零れだす多くの話を聞いた。目的の情報だけでなく、中には偽装や詐欺、売春、人身売買をほのめかす内容まであった。皆が皆誠実に、とはいかないとデュアスも分かっているが、この際全て陛下に伝えた方が良いのではと相談する程に、国にとって危険な存在が多かった。


「しかし、あの毒薬を発案、製造法を教えた人物がまだ見つかってはいない」


 ティーカップを取ろうとしたデュアスは、手を止める。


「彼らから、その人物の情報は得られなかったのですか?」

「性別すらも判明していない。ファシア死刑囚に聴取したところ、薬に関する情報を得た前後の記憶が無いと言っていた。だが、確かに誰かと会話し、交渉をしたとも言っている。彼女と現場にいた傭兵達も同じ供述をしていた」

「それは……あまりにも奇妙ですね」

「現在、私の部下と王直属の魔術師達と共同で調査をしている。貴方も何か情報を手に入れたら、知らせて欲しい」

「はい。わかりました」


 デュアスは大きく頷き、改めてティーカップを手に取り紅茶を飲んだ。緊張のあまり喉が渇いていた。あっと言う間に飲み干してしまい、デュアスが恥ずかしく思っていると、先程の執事がお代わりの紅茶をカップへと注いだ。


「話は変わるが……ミューゼリア嬢は何か特殊な魔力を持ち合わせてはいないか?」


「い、いえ。屋敷に講師の魔術師を呼んでいますが、そんな話は一度も聞いていません。レンリオス家は、魔力を持ち始めてまだまだ浅く、そのような特殊性はありません」


 デュアスは思い返しながら否定をする。魔術大国の貴族でありながらレンリオス家は魔力を持たない家系だったので、これと言って特徴が無い。しいて言えば、魔力を持った身内は水属性が得意になりやすい位で、思い当たるものは一切ない。


「そうか……すまない。私の勘違いだったようだ」


 そう言いながらも、ヴェンディオスは勘違いではないと強く思う。ミューゼリア男爵令嬢を一目見た時、聖水が満たす泉に吹く風の様に、神聖でいながら特殊な気配を纏っていた。最後の残り香の様に微弱だった、それを感じ取った瞬間、憑き物が落ちたかのように視界が開けたよう晴れやかな心持になった。

グランディス皇国にいたとされる〈聖女〉のように、彼女も浄化や癒しの能力があるのでは?

そう思ったが、すぐにミューゼリア嬢の魔力とは全くの別物であると気づいた。落胆は一切せず、事を荒立てずに彼女を守る必要があると判断した。以前から交流のある妖精から、精霊の伝承について聞いていた。魔力に最も近く、神の時代の最後の生き残り。ヴェンディオス自身は実態に目にしたことは無いが、赤い毒液の事件後に〈牙獣の王冠〉へ王国の近衛騎士達と共に聖域の遺物の結界を点検へ向かった際、あの気配と同質のものを感じ取った。全ての精霊がそうであるとは考え難い。しかし、ミューゼリア嬢に精霊が寄生しているのならば、今後彼女は魔術師どもに狙われる。格好の実験材料と見なされる。

 ヴェンディオスは魔術師でありながら、魔術師嫌いである。

 アーダイン公爵家の歴史は、魔術師との戦いでもある。自身の探求心ばかりを優先し、周囲を顧みず、先の未来を見据えない破壊者達。記録されている不当な魔術の実験やそれによる被害の数々は、文章を読むだけで気分を害する程だ。曽祖父が奮闘し、魔力に関わるものを囲い込み教育を施した結果、今の時代は常識的な魔術師が大多数を占めるようになったが、油断はならない。赤い毒液の事件から、より一層魔術師を危険視しているほどだ。

 この場で父であるデュアス男爵に彼女について話すことが出来るが、情報がどこから漏れるか分からない。ヴェンディオスは、ミューゼリア嬢を信頼できる部下達に守らせつつ、彼女が自ら話す時まで隠す事を決めた。


「レンリオス卿。ミューゼリア嬢の将来について、どう考えているのだろうか?」


 先程とは違い、父親としての顔つきに変わったヴェンディオスはデュアスに問う。


「そう、ですね……ミューゼリアは、探求心が強い子です。刺繍や音楽よりも、植物や国の歴史に興味を示しました。物分かりが良い子なので、令嬢として生きる事も出来るでしょうが、学者や研究者のような探求する道へ進んだ方が、あの子の為になる様に思えます」

「そうだな。彼女の才能を見れば、貴族として生きるよりもそちらの方が良いと私も思う。どのような選択を彼女がするにしても、その芽と摘むことやってはいけない」


 シャンティスの観察日記をデュアスは読ませてもらっていた。アーダイン公爵もまたその写しを読んでいる。疑似魔鉱石の作り方、シャンティス用に作った土の比率、日光と風の当て方、気温や湿度、成長過程、葉や茎の特徴等、そこには8歳の子供とは思えない程に細やかに記録がされていた。学者でなくとも、その才能は大輪の花を咲かせると予感させてくれる。


「もしよければ、彼女を王立インデルア学園に推薦させてもらいたい。もちろんイグルド殿も、だ。殿下とシャーナは12歳で入学予定なので、その際一緒にどうだろうか?」


 王立インデルア学園。21代目イリシュタリア国王の妹であり初代学長となるインデルアによって作られた教育機関だ。幼稚園から大学まで一貫して学ぶことが出来、優秀であれば平民の子供でも入学、編入が許されている。社会性を学ぶため貴族達も入学する程の高い教育を受けられるだけでなく、様々な魔力に関する分野の専門機関として多くの魔術師や研究者、技術者を輩出してきた。


「親として喜ばしいですが、子供達の意見を聞いてから判断させてもらっても宜しいでしょうか?」


 またと無い機会だ。様々な知識が娘にとって良い刺激となる。そう思うデュアスだが、ミューゼリアの意思を尊重したいとも考えていた。風森の神殿と牙獣の王冠へ行きたいと陛下へ言い出す程に好奇心と探求心があり、時に学園での生活はそれを阻害してしまうのではないかと危惧したからだ。


「わかった。では、ミューゼリア嬢には昼食の際に聞くとしよう」


 昼食? とデュアスが疑問に思っていると、ドアをノックする音が聞こえた。執事が小さくドアを開け、外で待機している使用人の話を聞く。


「旦那様。昼食の準備が整いました」

「わかった」


 執事の言葉に、ヴェンディオスは立ち上がる。


「娘達にもメイドに声を掛けているよう伝えている」

「は、はい」


 まさか食事までご馳走になるとは思わず、デュアスは慌てて立ち上がり、ヴェンディオスの後を追う。

 時刻は確かに昼を回ろうとしているが、緊張のあまりデュアスは空腹を感じてはいない。ふと、廊下の窓を見ると温室が見える。遠目にミューゼリアの紺色の髪が見え、思わず足が止まった。


「あの温室は、花が好きな亡き妻へ贈ったものだ」


 デュアスが足を止めた事に気づき、ヴェンディオスは立ち止まり同じように窓を見る。


「彼女が亡くなって以降は、シャーナの遊び場として使わせてもらっている。温室なので、遊具はブランコ程度しか設置は出来なかった」

「心の拠り所があるのは、とても良い事だと思います」


 それでこの別荘を選んだのか、とデュアスは納得しつつ、ヴェンディオスからの信頼を感じた。


「そうだな……母を亡くしたばかりで寂しがる娘と一緒によくブランコに乗っていた。今思えば、私も彼女を亡くし寂しかったのだと思う」


 アーダイン公爵の横顔は、いつになく柔らかく穏やかだ。

 デュアスは、そこでファシアの行き過ぎた行動の理由が分かった気がした。ファシアは、アーダイン公爵に自分を見て欲しかったのだ。努力を重ね、貴方の為に尽くしていると知って欲しかった。褒めて欲しい。唯一無二の愛して欲しい。誰よりも大事にして欲しい。膨れ上がる感情を制御出来ず、愛するアーダイン公爵が大切にする娘へと牙が向いてしまった。

 小説や劇を見た影響だろう、とデュアスは考えを切り替える。ファシアの想いはファシアにしか分からず、アーダイン公爵が彼女を信頼していた事に変わりはない。部外者が妄想を膨らませてはいけない。


「シャーナが、とても小さい頃の話だ。もう忘れているだろう」

「そんな事はありませんよ。子供は親が思っているよりも、沢山の事を覚えています」


 全てを覚えているのは不可能だ。けれど子供は親にしてもらった事を、記憶に刻んでいる。

 小さな頃、突風によって飛んでしまった帽子が木の枝に引っかかってしまった。泣いている自分の元へ、いつも仕事で忙しいはずの父が駆け寄り、状況を理解すると直ぐに木に登って帽子を取ってくれた。あっという間の出来事だったが、デュアスは何年経とうと鮮明に覚えている。


「そうだろうか?」

「はい。きっとシャーナ様は覚えていますよ」


 デュアスの迷いのない答えに、ヴェンディオスは窓の外を眺めながら微笑んだ。

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