31話 学園への入学と天才児

 それから1か月後。合格発表と共に、分厚い入学案内がレンリオス家の屋敷に届いた。

 私も兄様も合格。兄様は実技試験もあったので、結構苦戦したらしい。

 学園生活の準備が始まり、私はシャンティスの事を魔術師さん達と相談し、連絡を取り合い、夏休み等でこれまでの結果を報告し合う事になった。学園生活では、前の時に比べて付きっきりでシャンティスを見られない以上、私は魔術師さん達に任せるしかない。今後は彼らが主軸になって人工栽培での大量生産を行ってもらうつもりだ。

 そして忙しなく準備が終わり、やがて春になった。


「準備は出来たかい?」

「はい!」

「もちろんです!」


 制服を着た私と兄様はお父様の問いに、素早く答える。

 真新しい紺色のブレザーに左胸にはインデルア学園の紋章である大樹のワッペンが付けられ、私は初等部を表す赤いネクタイ、兄様は中等部を表す緑のネクタイを締めている。私は灰色のスカート、兄様は同色のズボン。高級志向や特別感を出し過ぎない制服は、丈夫で動きやすい。


「足元にご注意ください」

 インデルア学園のへ向けて、家族一同と護衛のリュカオンがレンリオスの領地から竜車に乗り込む。


 インデルア学園のへ向けて、家族一同と護衛のリュカオンがレンリオスの領地から竜車に乗り込む。

 馬車の竜バージョン。陸上の移動では最速となる2頭の走竜が牽くため、頑丈な造りとなっている。話によれば、陛下が用意してくれたらしい。

 私と兄様は見送りをしてくれる使用人の皆向けへ手を振った。皆が手を振ってくれている最中に竜車はゆっくりと動き出し、しばらくすると走竜達の体が温まったのか一気に速さに乗り始める。

 窓からの景色は移り変わりが早く、そうして休憩を挟んで3時間で学園へと到着した。

 城と見紛う程に大きな塔や建物が連なり、竜のガーゴイル達が学園と生徒達を見守っている。中央大広間にて入学式、歓迎パーティと着々と進み。あっと言う間に、両親とのお別れの時間がやって来た。

 正門の至る所で貴族や平民の親子連れが別れの挨拶をする。中には、帰ると泣いている子もいた。


「無理はしない様に、健康には気を付けるんだよ」

「はい。御父様」

「2人とも、苦しくて嫌になったら、いつでも帰って来なさい」

「はい。お父様」


 私と兄様を交互にゆっくりと見ながら、お父様は優しく声を掛けてくれる。


「お母様」


 両手を広げると、お母様は私を抱きしめてくれる。


「私達は、いつでもあなた達の味方よ」

「ありがとうございます。お母様」

「イグルド。無茶はしないようにね」

「き、気を付けます」


 お母様に頭を撫でられて兄様は少し照れ臭そうにしていたが、はっきりと答えた。


「リュカ。お父様たちの事をよろしくね」

「はい。お嬢様」


 リュカオンともここで一旦お別れだ。私の言葉にしっかりと頷いたリュカオンは、お父様たちと共に竜車に乗り、学園を離れて行った。


「寮へご案内しますので、皆さん学年ごとに列を作ってくださーい!」


 女性教師のよく響く声が聞こえ、私と兄様は名残惜しそうにしながらも、学園内へ戻った。






 入学から三か月。寮生活に慣れ始め、虐められることもなく、一応平和に過ごしている。

 4時間目の授業の終了を告げる鐘が鳴り、学園中の子供や大人達は昼休憩を迎える。私は初等部の棟にある食堂室へ向かい、厨房の係の人に日替わりメニューのオムライスを注文した。オムライスはグランディス皇国発祥の食べ物と設定があり、日常から2国の交流が行われている。


「ミューゼリアさん、一緒に食事しない?」

「ミュミュ! 僕のライバル! 一緒に昼食を食べよう!」


 料理の乗ったトレーを手に何処に座るか迷っていると、先にテーブルの席に着いていたクラスの友達が声を掛けてくれた。返事をしようとした直後、手に持ったトレーを落とさない程度に、気を遣いながら男の子が私の腕を引っ張って来る。

 振りほどいた拍子に大事なオムライスが落ちそうで、抵抗が出来ない。


「誘ってくれたのに、ごめんね」

「気にしないで。バージェンシー君は、あなたを見つけると突っ走って止まらないから」


 同情の眼差しで友達はそう言って、手を振ってくれた。


「あのさ……せめて、食事位は別々に食べようよ」

「なんで?」


 天才児ロクスウェル・バージェンシーが、心底不思議そうに聞いてくる。女の子と見間違えてしまう程に可愛らしい容姿に、ミントグリーンの髪と空色の丸い瞳をした小柄な少年。その特徴的な色や容姿は、母方の家系に妖精がいた為。隔世遺伝、簡単に言えば先祖返りだ。

 平民出身の彼はゲームの攻略対象であり、6年後には天才発明家となる。バトル中では、開発したアイテムで戦うトリッキーなキャラだ。

 年はリティナと私より2つ下。私と同じ初等部5年生であり、既に頭角を現し始めている様に見えるが、ゲームでは14歳の時点で高等部3年だ。私はてっきりロクスウェルは中等部にいると思っていたので、この出会いはとても驚いた。


「それに、私はライバルじゃないって何度も言っているよ」


 ロクスウェルの向かいの席に座った私は、トレーをテーブルの上に置いた。彼のトレーには、ミックスサンドとプリンが乗っている。


「前にも言ったはずだよ。面接試験の待ち時間に、君を見た瞬間〈この人こそ生涯ライバルである!!〉と僕の第六感が強く語り掛けて来たんだ! だから、ミュミュは僕のライバル!」


 入学した時から、何故か彼からライバル認定をされ、あだ名で呼ばれている。あだ名は親しい友達以外には失礼だ、と最初こそ注意する子がいたが、いつの間にかクラス全員にあだ名をつけたので〈ロクスウェルはこういう子〉と皆が半場諦め、許している。


「そうは言うけど、私はロクスウェルみたいに頭が良くないし、もっと上の人をライバルにしたら?」


 学校生活は平和ではあるが、問題はついて回っている。今まさに目の前にいるロクスウェルだ。可愛らしい弟分に見えるが、私としては落ち着かない。更衣室、トイレ、女性寮を除いて、事ある毎にちょっかいを掛けてくるし、追いかけてくる。刺々しい性格だったゲーム内のイメージと全く違う。

 14歳の彼は、女のような容姿を周囲から馬鹿にされ、虐められた結果人嫌いとなり、学園の片隅に隠れて一人で何か開発をしていた。リティナがそんな彼の心を癒し、才能を羽ばたかせる手助けをするのがロクスウェルのルートだ。

 シャーナさんや王太子の交流を経て、少年時代のトラウマや心の傷によって、6年後の登場人物へ変貌するのだと判明した。今のところ、2人は良い方向へ行っている。ロクスウェルは何処へ向かうのだろう。

 

「学園での頭の良さで決める話ではないよ。僕は君が良いから決めたの」


 初等部の教師達から優秀な生徒として期待されていたようだが、私の成績は努力しても初等部5年の中で中位にいる。運動も平均的で、魔術は基礎しか出来ない。一部の教師は落胆した様子だが、ロクスウェルだけは期待の眼差しでこちらを見ている。 

このやり取りを毎日のように続けている。彼が一向に折れる気配は無い。

 これ以上押し問答が続くのは嫌だから、少し切り込んでみるか。


「そうは言うけど、私は君をライバルだって思っていないよ」


 私はそう言いつつ、スプーンでオムライスの柔らかい卵とチキンライスを掬い取る。


「なんで?」

「だって、分野が違うもん。私は植物、あなたは魔道具や工具の開発でしょ?」


 そう言って私はオムライスを口に運んだ。


「そ、そうだけど……だったら、ミュミュが僕をライバルと認めてくれるには、どうしたらいいの?」


 いつも流していた私が向き合ってきたことに、ロクスウェルは驚いた様子を見せる。


「何か、私の言った物を開発して、完成させてよ。そうしたら、ライバルって認める」


 ロクスウェルの目がきらりと輝いたように見えた。


「わかった! どんなものを開発してほしい?」

「案は複数あって……例えば、中がずっと氷の様に冷たい箱、胸ポケットに入る位小さくて熱くないランプ、馬や人が押さなくても動く荷車、海底に行ける船」

「えっ」

「あと、演劇場の天井を埋め尽くす位に星空を映し出すランプ、遠くの景色を保管して影絵のように映し出す箱、オーケストラがいなくても大演奏が流れる箱、飛行船よりずっと小さくて速い空飛ぶ乗り物、かな。この中から、どれか1つを作って」


 ロクスウェルは口を開けたまま硬直している。実を言えば、それらは6年後の世界でロクスウェルによって開発され始める品々だ。選択肢によってゲーム中のロクスウェルが完成させる品が変わるので、これを作ってとは言い難い。彼が発明する品を決めて貰えれば良いと思ったが、冷静に考えると8歳には無理難題だ。


「難しいなら、もっと違うお題を」

「ミュミュ……やっぱり君は凄いよ! どうやったら、そんなアイデアが出てくるの? 僕、魔物関連じゃないものを作りたいって、ずっと思っていたんだ!」


 私が言い終わる前に、食い気味でロクスウェルは目を輝かせながら言った。

 この世界の機械技術は、独自の進み方をしている。飛行船はあるが、飛行機はない。汽車も一応あるが、木材や鉱石類を山から平地へ運搬するものしかない。船は今も木製が主流となっている。

 その理由は魔物だ。陸、海、空、いずれの場所にも魔物達は生息している。

 縄張り意識が強い種は、自分より大きい物でも攻撃を仕掛けてくる。固い鱗や皮膚を持つ種であれば、体当たり一発で容易に金属製の乗り物を破壊できる。牛様に群れを成す種が季節ごとに大移動し、道路や橋を寸断してしまい通れない場合もある。二匹の魔物が一日中縄張り争いをした結果、余りの激しさに地形が変化してしまった、なんて記録も残っている。

 特に空は竜種の領域であり、飛行船程の大きさになってようやく警戒し、近づかなくなる。

魔物の被害は、動物によるものとは規模が全く違う。その為、何か新技術を開発するとなると魔物対策に偏りがちだ。


「どれも楽しそうだね。条件は1つ完成だけれど、アイデア全部貰って良いかな? ミュミュのアイデアだってちゃんと公表するし、名前を付ける権利と……あと、生産する権利をあげるから!」

「えっ、生産する権利までは流石にいらないよ。私は言葉にしただけで、物を完成させるのはロクスウェルでしょう? 君の努力を奪うのは、嫌だ」


 私もシャンティスの人工栽培の箱制作で、開発の大変さを味わっている。アイデアを出したからと言って、ロクスウェルの努力を簡単にもらい受けるのは良くないと思った。


「わかった。だったら、完成品をミュミュにあげるのは?」

「それなら、良いよ。楽しみにしてるね」

「うん!」


 再びオムライスを口に運んだあと、私は思い出した。


「そうだ。ロクスウェル」


 よく噛み、飲み込んだ後に、私はロクスウェルにハッキリとそう言った。


「うん。どうしたの?」

「私は君の発明品を売ったりしないし、技術は奪うなんてしないからね。もし必要になったら、契約書を書いてちゃんとお金を払うから」


 14歳のロクスウェルが心を閉ざした理由の中に、信じていた叔父が彼の発明品を売って酒に変え、才能を妬んだ同じ開発者が彼のアイデアや技術を盗みコンクールで優秀賞に輝いたエピソードがある。

 彼がリティナに打ち明け、短く語られる内容の為、何歳で起きた出来事か分からない。それでも酷い話だ。私は絶対にそんな事をしない、と心に誓う。


「うん……わかった。ありがとう」


 ロクスウェルは驚きつつも、嬉しそうに笑みを溢した。

 

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