24話 国王陛下の御前 (一部修正)

 イリシュタリアの王城。私とお父様は王太子と共に、玉座の間へと辿り着いた。

 長方形の広い空間は、白を基調に鷲や植物の金の繊細な装飾を施した壁と柱が並び、天井には豪華に煌めくシャンデリアが等間隔吊るされている。最奥は人の注目を集めるかのように赤い天蓋で飾られた壇上がある。そこに玉座があり、国王陛下が私達を待っている。

 緊張するが、お父様が一緒なのが心強い。静寂の中、足音よりも心臓の大きな音だけが私の耳に届いている。


「イリシュタリアの太陽。国王陛下に挨拶を申し上げます」


 国王陛下の御前へ到着すると、お父様は動じる様子無く挨拶を行い、続いて私も緊張しながらカーテシーを行う。私の隣に立つレーヴァンス王太子もまた深々と頭を下げる。


「レーヴァンス、ご苦労であった。2人とも、よく来てくれたな」


 玉座に座る陛下は微笑を浮かべながら、私とお父様、レーヴァンス王太子を見下ろしている。

 国王オルディエン・ワーシェルマ・イリシュタリア。

 確か今年で46歳になる。短く整えられた金髪に知性の光が宿る紫色の瞳。引き締まった体に、雄々しくも芸術品の様に精悍な顔は年齢よりも若々しい。紺の地に金の装飾が施された礼服を来た姿は、近寄りがたくも目を背ける事が出来ない魅力を持っている。

 レーヴァンス王太子だけでなく、オルディエン陛下も瞳の色がゲームとは違う。


「呼ばれた理由は、君達がよく分かっている事だろう」


 お父様が一緒にいてくれるが周囲には、沢山の大人達がいる。お父様と同じ年頃から、初老、老齢と年層に幅がある。男性が多い中、女性もいる。

 ゲームプレイヤーの私にとっては見覚えのある長身の男性の隣に、あの女がいる。

 赤い扇子で口元を隠しているが、あの女がこちらを見て笑っているのが分かる。ムカつく。

 それでいて、痛い程に集まる視線がとても怖い。


「アーダイン公。こちらが、レンリオス卿の娘であるミューゼリア殿だ」


 陛下がそう言って、壇上の下に控えている銀髪の長身の男性に目線を向ける。

 年齢は今年45歳。背がすらりと高く、体格は痩せ気味。王国の魔術師達が着る長い白いマントと紺色の軍服。軍服の胸元には多くの勲章が連なっている。オールバックにきっちりと整えられた髪は銀色に、気難しそうな紫色の目の下には隈がある。顔立ちは整っていると思うが青白い肌に頬はこけ、眉間に彫り込まれた皺が、鋭い眼光と相まってどこか威圧感を出していて近寄りがたい。

 ヴェンディオス・ワシュア・アーダイン。

 シャーナさんの父親であり、国家最強の魔術師。ゲーム中ではリティナの師匠と衝突するシーンが多かったが、言い分も理解できる点があり、悪い印象が全くない。

 アーダイン公爵は険しい表情のまま私達の前へと立った。

 緊張と不安で心臓が飛び上がりそうな程に大きな音を立てている。

 もしかしたら、話を聞いてくれるかもしれない。そう思い、声を出そうとした。

 その瞬間。

 アーダイン公爵は胸に左手を当て深々と頭を下げた。


「ありがとう。あなた方は、娘の命の恩人だ」


 突然の出来事に、驚きのあまり私は頭が真っ白になり、ただ頭を下げるアーダイン公爵を見る事しか出来ない。

 時が止まったかのように動かなかった周りの人々は、アーダイン公爵が顔を上げると周囲は騒めき始める。


「こ、公爵様。何故です!? 貴方があんな小娘に頭を下げるなんて!?」


 女は慌ててアーダイン公爵に問い詰めようとしたが、騎士達が間に入り止められてしまう。


「なっ、なにをするの!」

「静粛にしてください。陛下の御前です」


 一人の騎士が淡々とそう言い、女は周囲の視線に黙った。

 思わずお父様を見ると、私と同じように戸惑った表情を浮かべている。お父様も、詳しく知らされていなかったようだ。


「レンリオス男爵令嬢。貴女がシャルティスの葉を我が娘シャーナに食べさせていなければ、一命を取り留められなかった。レンリオス夫人が騒動の解決よりも先に、病院へ連絡するよう指示をされなければ……あの子は、後遺症に苦しんでいでしょう」


 あの時、警備兵達は女を守る事ばかりに専念していて、倒れ込むシャーナさんを完全に無視していた。異常な光景だった。到着したお母様が、即座に病院へ連絡するよう劇場のスタッフに指示を出した。大人に組み伏せられている私を目の辺りにして相当ご立腹だったと思うが、一番危険な状態であったシャーナさんを優先してくれた事を感謝している。


「公爵様! 小娘がシャーナに毒を盛ったのです! 優しい彼女は騙され、あんな可哀そうな姿になったのですよ!」


 つい先ほど静かにしろと言われたばかりのはずが、女は声を張り上げる。


「黙れ。この場がなぜ用意されたのか、まだわからないのか」


 アーダイン公爵は眉間に皺がより深くしながら、女を睨んだ。


「陛下。我々に発言の許可を頂けますか?」


 許しを求めたのは、魔術師の軍服を着た白髪交じりの女性と20代の青年だった。青年の手には、分厚い紙の束を纏めたファイルらしき本が抱えられている。


「良い。話してくれ」

「ありがとうございます」


 女性と青年は陛下へ深々と頭を下げた後、ファイルを開き、周囲を見据える。


「今回の事件及び赤い毒液に関する調査を行いました。毒液に関してはこの4年間幾度も訴え続けていましたが、揉み消され続けておりました」


 女性は最後の方へやや棘がある声音で言った。

 私はそこで幾つか納得をした。揉み消され続けていたのは、恐らくあの女が原因。8年後のゲームの舞台より少し前に、何らかの理由でアーダイン公爵とあの女が離縁した。その結果、彼女たちの調査がようやく国王の耳に入り、正当なものであると評価され、廃止が決定した。だから、ゲームでは一切赤い液体とあの女は登場せず、シャーナさんが飲む描写が無かった。異母弟は年が離れたので、リティナと接点が出来なかったのだろう。


「レンリオス男爵家の皆さまは、誰一人毒物を所持しておりません」


 玉座の間にいる全ての人に伝わるように、女性は大きく良く通る声で断言をする。


「レンリオス男爵家は、陛下からの招待を受け、銀水晶の館に滞在されていました。この館に入る際、危険物が無いか検査を行っております。護衛の兵士達の持つ剣を除いて、危険物は発見されませんでした。外部からの持ち込みや怪しい人物はおりません。魔術に関して感知されたものは、ミューゼリア男爵令嬢が直々に持って来られた木箱のみです」


 銀水晶の館へ入った際に、沢山の使用人が荷物を運んでくれていたが、あの中に検査員が数人いたのだろうと私は思い返した。また、2週間は完全に予定が組まれていた。公の場で王太子や貴族達と会っても、それ以外は別館で過ごし、外部からの干渉は殆どない。王都観光をしないのは身の安全のためとお母様は言っていたが、女性の発言を含めて王家に連なる使用人や騎士達から監視を受けていたのは確実だ。逆手に取る様に、それが確たる証拠に成っている。


「なら、その箱が怪しいじゃない。その中に毒物があったのでしょう?」


 私を悪者に仕立て上げようとしているが、手遅れどころか最初から無理な状況だ。女はそれでも足掻いている。


「いいえ。令嬢の就寝中に確認をしましたが、木箱の中にはシャルティスが植えられている鉢がありました」


 女性は一刀両断の如く、否定する。


「定期的に霊峰にて採取されているものとは違い透明度は下がりますが、検査したところ正真正銘のシャルティスである事が判明しました。イグルド様が医師に対して〈令嬢が持って来たシャルティスの葉のお陰で元気になった〉と仰っていた事や、シャーナ公爵令嬢の容態から、効能も充分にあると判断が出来ます」


 青年はファイルにまとめられた内容を話す。

 今は流すように言われてしまったが、シャーナさんの容態が回復していると分かって安心した。


「レンリオス男爵によると、ミューゼリア嬢に誕生日のプレゼントとしてシャルティスの種を6粒渡していたそうです。植えられていた芽の数と合致します。木箱に入っていた4属性の疑似魔鉱石による無属性空間を作り、霊峰の環境の人工再現、それを封印魔術によって外部からの干渉を遮断し、安定させる方法は画期的です。令嬢は、人工的な発芽を成功させただけでなく、本葉までの生育を成しえました」


 青年の話しを聞き、注目が一気に私へと集まる。


「ミューゼリア嬢。あなたは何故、シャルティスの木箱をここまで持って来たのでしょうか?」


 余りのとんとん拍子の内容に、横やりが入らないよう女性は私に問いかける。


「私の封印魔術は長い時間はもちません。時折術を再度かけ直さないといけませんし、毎日世話をしている私しか無属性空間の調節はできません。封印の外側の世界が変わった場合、シャルティスにどのような影響があるか調べるためにも、屋敷から持って来ました」


 私は出来る限り聞き取りやすいように、少し大きな声で答える。

 類稀なる天才でない限り、8歳の子供の魔術はまだまだ未完成だ。それでいて無属性空間の調整は表向きは私が行った事になっている。周囲の人々は、本当に8歳の子供ができるのかと疑ってはいる様子だが、説明自体には納得をしているのか何も言っては来ない。


「劇場で、シャルティスの葉を所持していたのは何故しょうか?」


「貴族の子供達が集められた誕生日会で、赤い液体が配られました。その時に、兄様が少しだけ飲んでしまって、すぐに吐いたので昼間は平気そうに見えました。しかし、心配になって夜に様子を見に行くと、とても苦しそうにしていて……その時、念の為持って来た木箱の中からシャルティスの葉を摘んで、兄様に食べてもらいました。その時に、同じように他の子も苦しんでいるのではと考え、劇場で会えたらあげようと思い、3枚持ち出していました」


 本命はシャーナさんであったが、できれば取り巻きの2人の女の子や、他の子にもと思っていた。しかし、彼女達が全ての催しに出席している訳ではない。私自身も不用意に単独で行動出来ないのもあり、偶然に近い形でシャルティスを渡せたのはシャーナさんだけだった。


「あの日か。子供達の好物のみを出せ、と料理人達に命令したはずだ」


 今まで静観していた国王陛下は私の話を聞き、ポツリと呟く。

 その言葉は凪の水面に落ちた一滴の波紋の様に、広がりを見せる。それは、王の命令を無視し、何者かが裏で動いた事を意味する。

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