25話 笑顔の裏 (一部変更)

 陛下の言葉に、ファシア夫人へと皆の注目が集まる。

 これは、見せしめなのだと分かった。

 最も大きく動いた彼女を捕え、晒上げ、重い罪を与える事で、赤い液体に関する者達への動向を探り、手を出そうとしている者達を抑制しようとしている。


「へ、陛下! あのお茶は」

「あぁ、知っている。生態系の王者の一角である雷竜の血液で作られているのだろう?」


 ファシア夫人の話を遮り、笑顔を湛えながら一切目が笑っていない陛下はそう答える。

 世界最強とも名高き竜種。ダチョウの様に地上を走る事に特化した種や、ワニの様に水辺に住まう種等、形状からその大きさ、潜在能力、食性、周囲への影響力は、他の生物には見られない程に広範囲だ。

 雷竜は、その中で翼を含めた六本の足を持つ上位種。魔力を生成する器官を持ち、天候を操り落雷を落とすとされている。普段は高い山の頂に住み、人里には降りる事は滅多にない。

 その希少な竜の血を使って作られた毒。

 だから人間に比べ鉄の混じった独特な臭いが強かったのか、と納得する反面、おかしいと思った。飼育されている竜種から作られた血清や、国によっては漢方として生き血を飲む文化があると本で読んだことがある。ただ血を使っただけでは、あの液体にはならない。負の想念によって血が変異したとするならば、雷竜はどんな仕打ちを受け続けていたのだろう。


「前妻の娘を実験台し、改良した薬を息子に飲ませようとしていた事も、知っている。それを勘付かれない為に、他の夫人たちを唆し、彼女たちの子にも与えるように仕向けていた事も、全て」


 シャーナさんだけでなく、自ら産んだ子供にまで酷い行いをしようとしていた女を非難したかった。しかし、ここで子供が叫んでは陛下の邪魔になってしまうと思い、私は口を閉ざした。


「捕えていた雷竜がいなくなり薬の開発が滞った。君が令嬢へ飲ませたのは最後の一本であった。雷竜がいなくなって、さぞ心細いだろう。安心しなさい。我々がちゃんと保護している」


 臣下の1人が、何かを持って壇上へと上がり、陛下へと渡した。


「ほら見たまえ。先日生え変わった際に、抜け落ちた雷竜の鱗だ」


 陛下が手に取り掲げて見せたのは、黄色に青いグラデーションの入った鱗だ。目を凝らしてよく見ると、ヒビが無数に入り欠けている。上位種の竜の鱗は固く、並みの剣では傷一つつかない。それが無残な姿になるなんて、余程の事だ。


「前妻の娘からはお茶の効果がなかなか出ず、苛立っていたと聞いている。それはそうだとも。王妃に、社交界で薬草を使った体に良い菓子を勧めるよう頼んでいたのだから」


 シャルティス程でなくとも浄化作用のある薬草がある。王太子の誕生会に並んでいた華やかなお菓子の中には、食べられる花を使ったケーキや飾りつけされたタルトがあった。あの中に、自然と薬草を紛れ込ませていたのだろう。

 魔術師の女性と陛下の話を聞く限り、当の昔に赤い液体のついての問題が届いていた事が示唆される。シャーナさんが犠牲になり、貴族の子供達が苦しんでいるのを横目に調査していたわけではない。しかし、其の影響は広範囲であり、枝分かれしてしまっている。その根元へ辿り着くのに、相当な時間が掛かってしまった。


「こ、公爵様。私は、あなたの一族の為に動いていただけです! 誉れ高きアーダイン家の威光を保つ為に、私は……!」


 蒼白するファシア夫人は縋る様にアーダイン公爵に言い寄るが、彼の目は既に冷め切っている。


「……執事長が私の元へ送っていた定例報告書の偽造の強要。資産の乱用と着服。週に一度、必ず送っていた手紙と贈り物を娘のみ全て破棄。娘に対する暴行、脅迫、不当な理由での使用人の解雇、兵士達への収賄、さらに生家への裏切り……ファシア、おまえは多くの罪を重ねた」


 公爵家に嫁ぐとなれば、それ相応の家柄のはずだ。どちらの利益ともなりえる交渉の末に、結ばれた婚姻を彼女は踏みつけ、多くの人々に被害をもたらした。


「貴様がシャーナに対し〈死んだらそれまでの女〉と暴言を吐いた。そのようにミューゼリア男爵令嬢の護衛から聞いている」

「そ、それは」

「信じた私が愚かだった」


 その言葉に、ファシア夫人は崩れ落ちる様に床へ座り込んだ。彼女の真意は分からないが、仮に夫や一族の為に動いていたとしても、やり方が全て間違っていた。


「ミューゼリア嬢。君からも、何か彼女へ伝えたい事はあるかな?」


 陛下は私が言うのを耐えていたと気づいていたようだ。

 私は一呼吸した後、ファシア夫人を見据えた。


「……シャーナさんの為に、二度と表に出てこないでください」


 そう言った瞬間、ファシア夫人は鬼の形相でこちらを睨もうとしたが、私を守る様に前へとお父様とアーダイン公爵が立った。それを見た瞬間、ファシア夫人は絶望の色が一気に増す。


「彼女を牢へ」

「はい」


 陛下の命令に騎士達はファシア夫人を引きずるように運び、玉座の間を出て行った。

 これからより深く事情聴取が成され、判決が下される。公爵令嬢の殺人未遂だけでなく、多くの罪状がある彼女は、死刑は免れないだろう。


「この舞台は、罰する為に設けられたものだ」


 ファシア夫人を見送った後、陛下の言葉と共に、周囲を囲んでいた騎士達が一斉に動き出し、貴族や臣下達を拘束する。

 8割近い貴族、2割の臣下。総勢22名が捕らえられ、床に顔を押し当てられる。


「陛下!? なぜこのような事を!?」


 一人の貴族が声を上げる。


「親竜の無許可討伐、卵の密猟、人工ふ化、飼育中の虐待、薬の開発、売買、広報活動……どれもこれも、使用人を使ったところで貴族1人が成せるわけが無いだろう」


 雷竜、または上位の竜種は、無駄がないと言われる程に全ての部位に価値を持っている。武器、鎧、ネックレスなどの装飾品、調度品、薬、どれに加工しても金になる。死んでも使える雷竜に加え、社交界で幅広く売買される魔力の成長剤である赤い液体。ファシア夫人の話に最初から乗った者から、後から協力をした者、投資をした者、多くの貴族が目先の利益の為に動いてしまった。それだけでなく、お茶として販売する店のオーナーや商人、物流関係者等の平民層も関与している。


「妻が勝手にやった事だと言うのなら、アーダイン公のように知らなかった自身を悔やみ、私に許しを請わないのは何故だろうか。一歩間違えば、王家暗殺の片棒を担ぐことに何故気づけないのか」


 ため息を着いた陛下は、地に伏す者達を見下げる。


「彼は、家門の過ちを挽回するために策を提案した。ヴァンディオス・ワシュア・アーダインの持つ財産の2分の1と魔鉱石の鉱山2か所の譲渡し、治癒魔術の一部特許権を私に委任したのだよ。そのうえで恩人へ礼を尽くしたいと進言し、此度の事件に全面協力した。また、ファシア夫人の生家であるメンザード伯爵家からは、臣下として美徳ある行動が示された。両家の殊勝な心掛けに、私は心打たれた。しかし君達は沈黙したままだ」


 彼らが何を言われてここへ呼ばれたのかは、私は知らない。だが、妻が関与し、子供が被害に遭っていると初めて知ったのなら、何か反応を示しているはずだ。彼らは何もしなかった。ずっとファシア夫人に全ての罪を被せ、罰せられるのを見届けるだけだった。

 アーダイン公爵とメンザード伯爵家だけが、献身と服従を示した。


「揃いも揃って私生児がいる者ばかり。白鷲の鎖の存在をすっかりと忘れているようだ」 


 貴族達の顔は一気に青ざめ、あるものは口を開きながらも声を出せない程に驚いている。

 こいつらもファシア夫人同様に、罪の無い子供を利用し、後継者により強化された赤い液体を飲ませるつもりだったようだ。

 イリシュタリアでは貴族や準貴族を冠する称号を持たない代わりに〈白鷲の鎖〉と呼ばれる祝福を国王から授かる。それは、世界を巡る大きな魔力の流れ〈神脈〉を各貴族達の領土に流れるよう固定する太古の魔術だ。それによって領地は豊かな実りを付けるが、無くなれば一気に枯れ果てる。貴族達は富ではなく、住む土地を人質に捕られている。家門が続く中で、貴族の中にはそれが念頭にあるものが減少していたようだ。


「太陽の元、真実を包み隠さず述べ、罪を明かせば、天秤に乗せられる重さは変わる。皆の誠意ある行動を期待している」


 にっこりと陛下は笑顔でそう言い、騎士達によって貴族や臣下達が連れて行かれた。

 ファシア夫人や周囲に唆されて赤い液体を購入していた者と、薬製造や雷竜虐待に協力していた者とでは罪の重さに差は出てくる。全ての者を一律に罰しないが、それ相応の報いを受けてもらう。無実ある貴族や臣下達へ、同じように裏で企てていれば容赦なく罰を与える。そう言っている様に私は思えた。


「さて。話を続けるとしよう。ミューゼリア嬢。立ち続けるのは辛いだろう。椅子を持って来させるが、どうかな?」

「ま、まだ大丈夫です」

「そうか。ならば、もう少しだけ我慢をしてくれ」

「はい」


 私は小さく頷き、お父様のシャツの裾を握った。何とも言えない不安に似た感情がそうさせた。


「ミューセリア嬢に対する暴行罪について、話をしよう」


 陛下はそう言うと、先程の女性へ目線を送る。


「ファシア夫人の出席する公演の警備を務める兵士達は一名を除き、組織は収賄に関与しています。既に全員捕らえられ、牢屋にいます。ミューゼリア男爵令嬢に対する過剰な措置を行った兵士は、夫人を妨害する者へ暴力を行えば報酬が倍になると言っていました」

「子供であっても、か。そいつには、重い罰が必要だな」


 弱い相手に暴力を振るえば金が貰える楽な仕事だったのだろう。あの兵士は私をシャーナさんから離すだけでは飽き足らず、暴力を振るわれた。驚き、怒りよりも悲しみが増した。暴力を受けた時には驚いて何も感じなかったが、後からじわじわと恐怖が襲い、お母様と一緒にいないと眠らない日が5日続いた。家族やレフィードの励ましや呼びかけで、ようやく立ち直れたが、衝撃はまだ残っている。


「関与していない一名は何者だ?」

「オペラの当日に着任したばかりの若い兵士です。彼は収賄に関して何も知らず、劇場の出入り口で立ち尽くすシャーナ公爵令嬢を裏口から入場させたそうです。その後、西トイレ付近を警備していましたが、第一幕の休憩時間より少し前、エルン伯爵が体調不良の夫人を連れて会場から出て来られた為、医者を呼ぶために持ち場を離れてしまっていたと証言しています」


 あの場で1人だけ、真っ当な警備兵がいた。彼の存在を思い出し、少しだけ心が楽になった気がする。


「あ、あの、その方に罰を与えないでください」


 私は思わず、陛下に言った。


「説明をしてもらえるかな?」

「はい」


 お母様が医師を呼ぶようにレンリオスの護衛兵に指示を出そうとした際中、私を取り押さえる先輩であろう兵士をその警備兵が突き飛ばした。先輩であろう兵士に対し、子供に何をやっているのかと抗議し、離れる様に大きな声を張り上げた。その声に怯んだ護衛兵達の隙を見て貴族の女性達はシャーナさんへ駆け寄り、回復魔術や気道を確保、呼びかけを行い、彼は私の擦り傷の手当てをしてくれた。

 私達家族が別館へ戻る事になるまで、周囲の不満げな兵士達とは違い、ずっと頭を下げていたのが印象的であった。

 私はなんとかそれを陛下に伝える。


「行動が裏目に出た箇所はあるが、シャーナ嬢の応急処置に一役買っただけでなく、ミューゼリア嬢を助けたのだな。それで、現在その男性は?」

「あの事件の後、警備兵士達から暴行を受け、両腕や肋骨を折る重傷を負いました。現在は騎士達によって保護され、国立病院にて治療を受けております。意識はあり、シャーナ公爵令嬢とミューゼリア男爵令嬢の件に関し、罰を受けると言っております」

「私は正直者が好きだ。若者の治療を終えた後、話し合いの場を設けよう」


 陛下はどこか嬉しそうに言った。あの警備兵さんは悪いように扱われないとわかり、私は安心をする。


「他の兵士達はどのような罰をお与えに?」


 私の様にシャーナさんを助けようとして、兵士達から被害に遭った人がいるはずだ。暴行罪と収賄罪だけで、兵士達を咎めるだけでは甘いように思う。


「楽に終わらせて良い話では無かろう。利用できるものは、最後まで使わせてもらおう」


 子供の目の前ではこれが限度。追求しない様に、と陛下は女性に目線を送った。

 貴族に対する加害行為は死刑にはしないが、楽な死に方はさせない。そう言っている様に思えた。

 危険地域に出没する魔物を誘き寄せる餌にするのか。終身刑の奴隷として重労働を強いるのか。魔術の実験体にするのか。ゲームではあまり語られていないが、とても残酷な末路が待っているのだろう。


「この話は終わりにして、レンリオス男爵家への報酬について話題を変えよう」


 陛下は早々に切り替えると、私達に微笑みかける。

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