20話 シャルティスの芽 (ごく一部修正)

  私は木箱の蓋を開け、シャルティスの生えている植木鉢を見る。シャルティスは6粒の種は全部発芽に成功した。大きさに個体差があり、一部は今後萎れ、枯れてしまう恐れがあるが、それでも一回目の挑戦で良い結果がでた。


『シャンティスの葉を一枚食べてもらう。成長を仕切った状態の葉は子供の体に対して効力が強いが、今の大きさであれば大丈夫だ。それと、発汗による水分不足のためコップ一杯の水を飲んでもらう』


 レフィードはイグルドの死角である木箱の影から、私に指示を出してくれる。レフィードの声は、聞いてもらいたい相手にのみ聴こえるらしい。なので、兄様には何も聞こえていないのだが、なぜか姿は物質なので誰にでも見えてしまう。温室に私がいる時にお茶を持って来てくれたメイドが、ネズミを見かけたと後日室内に罠を仕掛けたが、その正体は土で身体を作ったレフィードだった。

 レフィード曰く、身体を作る事で魔力を一点に集結しなければ、声を出すのが難しいらしい。


「うん。わかった」


 私はレフィードに聞こえる程度の小さな声で言い、シャンティスの一株から一枚の本葉を慎重に採る。まだ2㎝程の小さい葉っぱだが、摺りガラスの独特な白さと透明さと持っている。段階が落ちると聞いていたが、これでも充分きれいだ。


「兄様。シャルティスの葉っぱです。これを食べてください」


 私はさっそく兄様にシャルティスの葉っぱを差し出した。


「えっ、そんな高価なもの……」

「良いから、今は食べてください!」


 兄様は驚いたが、私は押し通した。少し躊躇いを見せた兄様だったが、私の手からシャルティスの葉を受け取り、口の中へと入れた。


「はい。お水」


 私は直ぐに水差しからガラスのコップへ水を注ぎ入れ、兄様に渡した。水分不足で乾いていた事もあって、兄様は水を全部飲み干した。


「ありがとう。これで、良くなるのか?」

「多分……薬は飲んで直ぐには効果でないから、待つ必要があるけど……」


 兄様から空のコップを受け取りつつ、私は少し自信無く答える。

 薬は大体15分から30分程しないと効果が出てこない。ゲームでは、葉っぱの状態ではなく錠剤に加工されて病人に飲んでもらっていた。なので、葉っぱ自体にどれ程の効果があるのかは、私自身は分からず、レフィード頼みだ。


「あれ、お嬢様?」


 聞き覚えのある声が後ろから突然聞こえ、私は飛び上がる様に驚きながらも、咄嗟に木箱の蓋を閉める。


「リ、リュカ。驚かすなよ」


 兄様も全く気付いてなかったらしく、目を丸くしている。

 後ろを振り向くと、少し離れた場所に火属性の魔鉱石の灯りが灯るランプを持ったリュカがいた。見回りがてら、兄様の様子を見に来たようだ。


「驚かせてしまい、申し訳ありません。起こしてはいけないと思い、音を立てない様に来たので……」


 リュカは謝罪をしつつ傍へやって来る。


「お嬢様。イグルド様が心配なのはわかりますが、室内であっても一人で出歩くのは危険です。私やここの管理をする使用人達に申し付け下さい」

「……ごめんなさい」


 リュカオンは冷静に、威圧しないように注意しながら私は叱ってくれた。もっともな意見だと思う。厳重に警備されている場所でも、暗殺者や人攫いは出没する。レンリオスの屋敷やその周囲には危険分子は無かったので、現実味が全くないままいつも通りに歩いてきてしまったが、ここは城の別館だ。客として招き入れてもらっているが、何が起きるのか分からない。


「私こそ気が回らず、申し訳ありません。この事は、旦那様と奥様には黙っておきますので、お部屋に戻りましょう」

「うん。ありがとう」


 私は大きく頷き、木箱を抱える。


「イグルド様。後ほど着替えをお持ちします」

「わかった。ミューの事、頼んだぞ」

「はい」


 リュカオンは一礼をすると私と一緒に兄様の部屋を出ていく。


「兄様。おやすみなさい」

「うん。おやすみ」


 部屋を出る直前に私は手を振り、兄様も返してくれた。

 

 私は部屋に戻り、木箱をチェストの隣に置くと、ベッドの中へと潜った。リュカオンは私がベッドへ入ったのを確認すると挨拶をして出て言った。ふかふかで柔らかなベッドの中、枕もとに座っているレフィードへと顔を向ける。


『イグルドは明日には良くなっているだろう』

「うん。良かった……」


 迷いのない言葉に私はホッとしつつも、シャーナさんが気がかりでいる。

 赤い液体は疑似的に作られた赤い淀みであり、今なら助かる。取り巻きの2人の女の子もそうだ。あの子達もゲーム内では何かと嫌がらせをしてきたが、今はその片鱗を一切見なかった。


『君が行った会の中で、イグルドの様に体調が危ないと感じた人はいただろうか?』


 どうやら考え事が顔に出ていたらしく、レフィードが聞いて来た。


「シャーナって名前の御令嬢が、重症になると思う。それと、彼女と仲が良い2人の令嬢も……」


 私は現場で起きた事をレフィードに軽く説明した。


『うん……そうか。王太子ではない誰が皆に赤い液体を振舞ったのか気になるが、シャーナ令嬢の体調も心配だな。2人の少女が庇うと言う事は、何かしらあると考えられる』


 権力による問題もあると思うが、3人は何か秘密を抱えているようにも見える。それが何なのか私には分からず、8歳の子供では調べられる範囲に限度がある。とても悔しく、もどかしいが仕方がない。


『シャルティスの葉を食してもらい、少しでも浄化をした方が良いだろう』

「うん。シャルティスは貴族の間で有名だから、実物の葉を見せて、話せば少しは信じてもらえると思う。食べてもらえなくても、赤い液体を遠ざけてもらえたらいいな」

『そうだな。意識が変わっていけば、シャルティスの葉を食べてもらう機会を得られる。だが、会えるのか?』

「二週間以内に会えると思う。最後のパーティでは2人の婚約の発表がされるし、それまでに演奏会や色んな祝宴に出席するから」


 国立劇場では、連日多くの催しがなされ、私達家族は出席する予定だ。王太子も率先して出席されるので、婚約者であるシャーナさんも自ずと来てくれるはずだ。直接会い、少しでも説得し、シャルティスを食べてもらう。それが出来なくても、遠ざける方向へ意識を変えてもらえれば、8年後の〈彼女〉には少なからずならない。


『そうか。ならば今日はゆっくり休み、次に備えよう』

「うん。レフィード、おやすみ」

『おやすみ。良い夢を』


 私は目を閉じ、ゆっくりと眠りへとついて行った。




 翌日、兄様は完全に元気になり、いつもの活発で明るい姿を取り戻していた。

 シャーナさんとは、一週間会えなかった。オーケストラや大道芸、多くを見物させてもらったが、そこに出席していなかった。アーダイン公爵家の席には、母似の筈のシャーナさんと全く顔つきが違う女性と3歳くらいの男の子しかいない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る