第50話 体育祭 その5
彼女自作のお茶は冷たさを保ちつつ、仄かな甘みがあり、味のバランスが取れていた。
そんなことを考えながら花咲さんの方を向くと、彼女の顔がすぐ側にあった。
「えっ……」
「あ……ごめんなさい」
突然の出来事にオレが戸惑っているとそこに怒った莉奈と妹が駆け付け、強引にオレと花咲さんを引き離す。
「ちょっと、何してるんですか!」
「美咲先輩、抜け駆け禁止です」
二人はそう言うと、今度は花咲さんの手を引いて立ち去ろうとする。
「えっ? ちょ、ちょっと待って」
「ダメですよ。今の先輩は危険人物なので、少し距離を取りましょう」
「は? 勝手に決め付けないでよ」
「ねえお兄様……あたしのお弁当食べてないみたいだけど」
怜の作ったお弁当の中身はサンドイッチである。怜はサンドイッチを一つ掴み、オレに食べるように強要してくる。
凄まじい剣幕に逃げたくなる気持ちは大きいが、ここで逃げれば更に状況が悪化することだろう。
仕方なくオレはサンドイッチを口に運ぶ。すると、怜は満足そうな笑顔を見せた。
「美味い」
怜の作ったサンドイッチの中身はハムとレタスだった。シンプルだが、だからこそ素材の良さがよく分かる。
そんなオレの言葉を聞いた怜は照れくさそうにしながらも、嬉しそうに笑う。
結局、この場にいる四人全員で昼食を取ることになる。
オレを除く女子三人は互いを牽制する形で睨み合っており、話を振るのはオレのみという状態になっていた。
そんな中、オレは何とか話題を作ろうとするも、上手くいかなかった。
「お兄様、美味しいですね」
「大和、これ美味しいよ」
「橘くん、あーん」
一見、オレに好意を持つ美少女たちに囲まれた晴れやかな昼食会だが、その実は立派な修羅場であり、オレに食べさせようとする中で他の女子を押し退けようとしている。
「いった! あんたの肩当たってんだけど。邪魔だから消えてくんない?」
好感度が300に到達するにつれ、喧嘩の勢いは増す。この前の路地裏の時とは比べ物にならない悪意の応酬が繰り広げられており、まさに一触即発の状態だ。
「消えるのはキミだよ。橘くんはわたしのようなお淑やかな女性が好きなの。キミみたいな暴力女は視界に入るだけで不快なんだよ」
「はぁ? 何言ってんだか意味わかんないし」
「わからないなら教えてあげるけど、キミはね。見た目はそこそこ良いかもしれないけれど、性格ブスだし、頭も悪いからモテないでしょ。つまり、橘くんにとってキミは恋愛対象じゃないの。わかったら早く消えてくれるかな」
「はいはい、分かりましたよ。こんな性悪女の相手するなんて時間の無駄だもんね〜」
「ちょっと、それどういう意味かな」
「そのまんまの意味だけど。馬鹿はそっちの方じゃない?」
「ふふふ、お兄様。こんな女たちなんてほっといて行きましょうよ」
「血の繋がった妹の癖に結婚願望とかウケる。でも、残念ながら無理な相談だよね。だってさ、アンタなんかじゃ相手にされないし」
「うざいよ。あんたたちは大和にとってただのお荷物なんだから黙っていてくれないかな」
「は? 誰がお荷物だって? キミたちこそ邪魔者以外の何者でも無いでしょ。身の程を弁えて出直してきた方が良いんじゃない」
「ちょっと、三人とも落ち着け」
ちょっとしたことから始まった口喧嘩をオレが仲裁すると、まずオレに心酔している妹の態度があまりに唐突に改まる。
「お兄様の命令なら、どんなことでも従います」
続いて花咲さんと莉奈も急にしおらしくなり、大人しく引き下がる。
「わたしたちは橘くんのものだから」
「うん、そうだよね」
オレの一言だけで、激しい争いはあっさりと集結した。
それから花咲さん、怜、莉奈は一切喧嘩をしなくなり、協力するようにオレを取り囲んではそれぞれが作ったお弁当をオレの口に運んでくる。
「せっかくだし、次は莉奈のお弁当を食べようかな」
莉奈のお弁当の中身は肉団子やアスパラガスなどの野菜類がたくさん入っていた。
どれも手作りとは思えないくらいに出来が良く、特に味のバランスが良い。
素朴だがどこか懐かしさを感じる味わいであり、オレ好みの味付けである。
「あたしのお弁当も食べてくれて、嬉しい」
オレが食べるのを嬉しそうに見つめている莉奈につられてか、花咲さんと妹までもがオレを見つめてくる。
三人の視線を受けながら食べるのは恥ずかしいものがあるが、オレは頑張って箸を進めた。
オレはそれから、三人のお弁当を回し食いしていく形に移行していき、三人はそれに合わせてオレの口に自分のお弁当の料理を運び続ける。
「あーん」
「あーん」
「あーん」
三人の表情は恍惚としており、まるで恋人同士のイチャイチャを見せつけられているような気分になる。
オレの両脇には怜と莉奈がピッタリとくっついていて、正面からは花咲さんがサンドイッチなどを差し出しているため、逃げ場がない。似たもの同士だからか、いざ協力し合うとなると恐ろしいほどに息が合っている。
「ねえ、お兄様。あたしのお弁当、もっと食べてください」
「橘くん、はい、あーん」
「あたしもあーんしてあげるね」
三人の美少女に囲まれ、あーんをしてもらうハーレム状態。側から見れば羨ましい限りの状況だろうが、実際のところはそうでもない。
だってみんな目がオレを狙うあまりにギラギラしているし、オレにあーんをする度に歪んだ愛情が膨らんでいくのだ。
オレは命の危険を感じながら、何とか昼食を終えることが出来た。
「うっぷ、腹一杯」
流石に三人分のお弁当を一人で食べるのはかなりキツかった。
胃袋の限界まで詰め込まれたせいで、かなり苦しい。
そんなオレを見て、三人は申し訳なさそうな顔をする。
実際、彼女たちは自分の作った料理をお裾分けしたいだけなのだが、そのやり方が少し過激なだけである。
「大丈夫?」
「保健室、行く?」
「あたしがおぶってあげるよ」
「お、おう……ちょっと休めば治るから」
心配してくれる花咲さんに笑顔で返すものの、顔色は悪い。
幸い、オレは午後の競技にはあまり参加しないので、このまま少し横になっていれば問題ないだろう。
「赤組がリードしているな」
「この調子でがんばろっ」
現時点での順位は赤組が一位で、僅差で白組、その次に青組が続いている。
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