第49話 体育祭 その4
「えへへ……」
莉奈は嬉しそうに顔を赤らめて、微笑む。オレが褒めると、彼女はいつもこのように可愛らしく笑うのだ。
オレも莉奈に負けじと投げるも、正直言ってオレの活躍がチームに寄与しているとは、とてもじゃないけど言い難い。というのも、このチームのメンバーは基本的にスポーツ万能なのだ。だからオレだけが活躍する余地は無く、必然的にオレの出る幕が無いのだ。
それでもオレは一応、チームの役に立とうと頑張ってはいる。
だが、あまり上手くはいかず、むしろ邪魔になっているのではないかとさえ思えた。
「赤組、頑張れ!」
落ち込んだところに来る、本部での活動の合間に応援席で休んでいる花咲さん声援が身に沁みる。
ーーありがとう、花咲さん。
「べっつにー、キミのことなんてこれっぽっちも思ってないんだからね!」
心の中で玉入れの最中に感謝の気持ちを花咲さんはツンデレのような口調で言うと、そそくさとその場を離れていく。オレはその後ろ姿を見ながら、思わず笑みがこぼれる。
好感度が高過ぎる女子はエスパーのごとくオレの思考を読むようで、たまにオレの心の声に対して返事をしてくれることがある。
花咲さんの謎の能力に助けられつつも、オレはなんとか奮闘している。
「お兄様、頑張ってるね!」
妹が笑顔でオレを励ましてくれる。その優しい言葉が胸に染みて、少し泣きそうになった。
玉入れ勝負は段々と拮抗し始める。白組の勢いに負けじと赤組と白組が追い上げを見せており、追われる白組は焦りからミスも目立ち始めてきていた。
その隙を逃さず、莉奈は次々と籠の中に玉を入れていく。すると点差は徐々に縮まり、ついに同点へと持ち込む。
あとはどちらが勝つのか、という場面になると、オレは自然と花咲さんの姿を探していた。
花咲さんの声援により、赤組の士気は鰻登りであり、オレは無意識に花咲さんを探してしまっていたようだ。
花咲さんはすぐに見つかり、オレに向かって必死に手を振っている。オレはそんな花咲さんを見て、何とも言えない感情が湧いてきた。
オレは花咲さんに何かしてあげられるだろうか。いや、そんな希望的観測ではダメだ。もっと具体的に行動に移さなければ。
「花咲さんのために!」
オレは周囲に転がっている玉をこぼれ落ちそうなくらいに抱え、籠の中に放り投げていく。
もはや他のチームのことなど目もくれず、ひたすらにオレは一心に応援してくれている花咲さんだけを見ていた。
結果は赤組の勝ち。赤組は接戦の末、僅差での勝利を掴んだ。
「死に物狂いでやりゃ、なんとかなるもんだな」
オレたちは完全に花咲さんに救われており、彼女のお陰で勝てたようなものだ。彼女のカリスマはオレだけでなく、チーム全体の底力を引き出し、勝利へ導いたのだろう。
男子たちの勝負が終わり、疲れを背負いながら応援席に戻る最中、次の番が控える莉奈がお尻を振りながらオレの元に寄ってくる。
「はっはっはっ」
彼女の発する荒い息遣いはまるで犬のようであり、興奮しているのがよくわかる。
莉奈は嬉しそうに抱きついてくると、耳元で囁くように言う。
「あたしもあんたに負けないように頑張るからね? 見ててよね?」
莉奈は先ほどまでよりも更に気合いが入っている様子だ。
その意気込みは決してハッタリなどではなく、彼女率いる青組が他のチームを圧倒していた。
「莉奈、すごいじゃないか」
「えへへ……惚れ直した?」
「ああ、惚れ直すよ」「えへへ……」
オレが褒めると、莉奈はいつものように可愛らしく笑う。
莉奈の運動神経の良さや反応の速さは花咲さんに迫るものがあり、二人共、将来有望であることには間違いないだろう。
結果的にはこの勝負は青組の勝利で終わる。
「なかなかやるな」
「当然よ。花咲美咲にリベンジするまで、あたしは誰にも負けないわ」
余程騎馬戦で負けたのが悔しかったのだろう。莉奈は闘志を燃やしており、近寄り難い程の熱気が彼女を包んでいた。
これにて前半戦が終わり、休憩が始まる。
妹が作ったお弁当を持参しているオレは適当な場所で食べようと、応援席から離れて歩き出す。すると、そこに花咲さんが現れた。
「ねえ、一緒に食べよ?」
彼女はオレを見つけるなり、駆け足でこちらへ向かってくる。
どうしたんだろうと思っていると、花咲さんは顔を赤らめながらも上目遣いでオレを見つめて口を開く。
「あれ、花咲さんは友達と食べるんじゃ」
花咲さんの周りには友人がたくさんおり、引く手数多。それを掻い潜ってオレの元にくるなんて至難の業であり、彼女がどうしてここにいるのか疑問に思ったのだ。
オレの言葉を聞いた花咲さんは一瞬、キョトンとした表情を浮かべるもすぐに笑い始める。
そして、ひとしきりくつくつと笑った後、花咲さんは答えてくれた。
「わたしの友達は素直でね。用事があると言ったら簡単に通してくれたよ」
彼女はオレの腕を引きながら、近くの木陰に移動する。
そこは丁度いい広さの日陰であり、座るには最適だった。
花咲さんは自分の敷いたシートに座り込むと、隣をポンポンと叩く。どうやらオレにも座れと言っているようだ。
オレは花咲さんの隣に腰掛けると、お弁当を広げる。花咲さんも同じようにお弁当を広げ始めた。
「花咲さんのお弁当、本当に美味しそうだな」
彼女の今日のお弁当はおにぎりと唐揚げといった定番メニューが並んでいた。
そのクオリティの高さは一目瞭然であり、とても女子高生が手作りしたものとは思えないレベルだ。
「はい、今日も橘くんのために作ってきたよ」
花咲さんはそんなオレの反応に満足げに微笑むと、自分の作った料理を食べてくれるか聞いてきた。
もちろん断る理由など無く、オレはありがたく頂戴することにした。オレはまず、唐揚げを一つ口に含む。
サクッという食感と共に肉汁が溢れ出し、思わず頬が落ちそうになるくらいにジューシーで絶品だ。
オレが夢中で咀しゃくしていると、花咲さんは自作のお茶を注いでくれる。
「ありがとう」
お礼を言うと同時に、オレは一気に飲み干す。喉を通り過ぎる清涼感は爽快そのものであり、心も身体もスッキリするような感覚を覚える。
「ふぅ、生き返る」
季節は真夏真っ只中。気温は三十度を超えており、水分補給は必須である。
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