第43話 怜
「花崎さん、そろそろ妹が限界だから一旦落ち着こう」
「……橘くんがそう言うなら」
花崎さんはあっさりとオレを解放してくれた。
オレはソファから降りて妹と向き合うと、彼女はなぜか興奮しており、目が血走っていた。
「お兄様にぞんざいに扱われて、苦しいはずなのに、あたし、今とってもおかしいです」
妹は風呂上がりであることを差し引いても、尋常ではないくらいに顔を紅潮させている。
「大丈夫か? 熱でもあるのか?」
オレは心配になり、妹のおでこに手を当てる。だが、特に熱いということはなく、むしろ冷たいぐらいだ。
「お兄様の手、ひんやりしてて気持ちいいです。放置プレイのご褒美ですかぁ?」
え? 放置プレイ? 妹から出て来たとんでもワードに、オレは混乱する。
「おい怜、何を言っているんだ?」
「路地裏の時とか、今回の時とか、浮気を2度もしておいてとぼけるなんて意地悪ですね」
妹はそう言って、オレに抱きついてくる。言い訳だが、オレに好意を抱く女子たちの力は強く、オレの力では到底抜け出せない。抜け出せないなら、あとは女子たちに全てを委ねる他無いだろう。
「路地裏の時は不快感に塗り潰されましたが、今回はなぜか、快感が押し寄せて来てたまらないのです」
妹はうっとりとした表情を浮かべながら、オレの首筋にキスをしてくる。
「妹ちゃん、本当にどうしたのかな?」
「オレにも分からん」
オレと花崎さんがイチャイチャする光景を見てしまったら、普通好感度は一気に下がるだろうと確信していたが、むしろ上りに上がって200台をマークしている。
オレは絵面的に妹を裏切ったクズだぞ。それなのに好感度が上がるって無敵にも程がある。
「ふーっ、ふーっ」
パジャマをはだけさせた妹は下腹部を押さえながら、呼吸を乱していた。そのまま花崎さんと挟み込むようにオレに密着しているため、妹の胸の柔らかさも直接伝わってくる。
「あたしってマゾヒストだったんですね。最初は自分を卑下したんですが、段々と受け入れている自分がいまして」
妹は先ほどからずっと、この調子である。花崎さんがいる手前、下手なことを言えないため、ただ黙って耐え忍ぶしかない。
「橘くんの妹ちゃん、少し変わった子なんだね」
「そうなんですよ。変人なんですけど可愛い奴でもあって」
でもマゾだなんて知らんわ。オレはサディストじゃないから嬉しくはないし、そういう性癖について詳しいわけでもないし、何より妹がその手の輩になったのには驚きを隠せない。
抱きついていた妹が不意に顔を上げる。
その瞳には涙が溜まっており、まるで捨てられた仔犬のようである。実際は興奮し過ぎて出て来た嬉し涙で、他意は無い。
「お兄様ぁ、あたしももう我慢できません! お願いします!」
「分かったよ」
オレは妹の要求に応え、彼女の頭を撫でる。すると彼女は目を細め、心地良さそうに口を緩めた。
「あぅ……お兄様の愛が全身に染み渡ります」
花崎さんはその様子を見て、羨ましそうに見つめている。
「橘くん、わたしも……」
「う、うん」
もじもじしている花崎さんも可愛らしい。
オレは妹を優しく突き放すと、今度は花崎さんを抱き寄せる。すると花崎さんはオレの首筋を舐める。
「温かい……。それに良い匂いがする」
「花崎さんも十分暖かいですよ」
花崎さんと妹の体温が合わさり、まるで溶けてしまうのではないかと錯覚するほどに身体中が温まる。
花崎さんはオレの胸に顔を埋めているため、吐息がダイレクトに当たってくすぐったい。
「あの、花崎さん?」
「今はこうしていたい気分なんだよ」
オレは二人の美少女を取り囲む形で、ハーレムを謳歌していた。花崎さんに怜、彼女たちがオレに好意を抱いていたこと自体が驚きだ。
ただ、好感度の異様さを見る限りでは素直に喜んで良いかは微妙である。
「お兄様が喜んでいるのを見ると、ハーレムも悪くないかも」
「わたしは独り占めしたいな」
妹からのハーレムという言葉を聞いて、花崎さんの瞳が闇のように黒ずんでいく。
「あたしもお兄様を独り占めしたいです」
花崎さんに同調するように、妹の瞳も黒く濁っていく。
やばいぞこれは。
このままではオレを巡って争いが起きかねない。それだけは何としてでも避けたいところだ。
オレは何とか二人を止めようと試みるが、二人がかりで抱きつかれているため、なかなか上手くいかない。
「でもこんな場所で喧嘩をしてしまったらお兄様に迷惑がかかります」
「当初の通りに体育祭で決着を付けるのが手っ取り早いかな」
今日のうちに一悶着どころではないトラブルがたくさん起こったが、どうやら結局体育祭に着陸するようだ。
「お兄様は平和な解決をお望みのはず。やはりそれで構いませんよ」
「流石橘くんの純血を受け継いだ妹ちゃんだ。他のカスと違って理解力があって助かるよ」
花崎さんから一瞬物凄く汚い言葉が出て来たが、気にしたら負けである。
「でも、妹ちゃんに一つ確認しておきたいことがあるんだよね」
「なんでしょうか? スリーサイズですか? お兄様の前で辱めるんですね、鬼畜です!」
「ううん、違うよ」
「じゃあ何でしょう?」
「あなたは橘くんのことが好き?」
「もちろん大好きです!」
「即答かな!?」
「そんなの当たり前じゃないですか。あたしは心からお兄様を愛しています」
「「……」」
あまりにも真っ直ぐな答えが返ってきたせいで、花崎さんとオレは何も言えなくなってしまった。
「あたしはお兄様のことを愛していますが、だからといってお兄様から何か見返りを求めているわけではありません」
「それはどうしてなの?」
「単純にあたしとお兄様の間には壁があります。取るに足らない下民と神くらいの圧倒的な壁。あ、もちろんあたしは下民の方ですよ。つまり、そういうことです」
「どういうことだよ……」
「ふーん……そうだったんだね」
妹の言葉の意味はいまいちよく分からなかったが、花崎さんには伝わったらしい。
「お兄様、そろそろ寝ましょう。明日に備えて体力を温存しなければいけません」
「そうだな」
オレは花崎さんと怜を抱きしめたまま、自分ののベッドで横になる。なぜか三人で寝ることになってしまったが、そこに突っ込んではいけない。
「お兄様の鼓動が聞こえます」
「わたしも聞こえるよ。橘くんの心臓の音」
オレたちはそのまま眠りにつく。
オレは幸せそうな表情を浮かべている二人を見て、改めて思う。
この二人はオレなんかのどこが良いのだろう、と。妹なんて性格悪そうにしか見えない時期もあったから距離を置いていたし、花崎さんに至ってはつい最近まで話す機会すら無かったのだ。
それでも今こうして一緒にいる。きっと彼女たちはオレに特別な魅力を感じて、その想いを伝えてくれたに違いない。
あの暗い瞳を思い出す。オレしか見ていない、狂気に満ちた瞳が脳裏に浮かぶ。
彼女達は一体何を考えているのか。どんな思いでオレに近付いてきたのか。
未だに分からないことだらけだが、今は考えないことにする。
これから先のことは、全て体育祭が終わった後に決めよう。
そこから日が経ち、久々に両親が帰って来る休日が訪れる。明日には体育祭が控えているので、家族と一緒にゆっくりすることを選んだ。
それまでは両親がいないのを良いことに、妹はオレにかなり際どいスキンシップを所望してきた。もちろんオレは妹に力で勝てないため、彼女の要求を断り切れずにいた。
そうしてオレは甘美な欲が渦巻く沼に嵌り、妹の体を楽しんでいる部分が少なからずあった。
しかし、オレは妹との一線を越えることはなかった。もし妹と関係を持ってしまえば、それはもう言い訳できない状況に陥るからだ。
だからオレは、妹との関係を曖昧にしたまま過ごすしかなかった。
「ただいま、大和、怜」
「よう、今帰ったぞ」
「おかえり父さん、母さん」
「お帰り、パパ、ママ! 二人きりで兄貴といるのすごく辛かったんだけど!」
「おいおい、実の兄をあまり邪険にするんじゃないぞ」
「えー、だってカッコ悪いし、だらしないし、イケメンでもないんだよ?」
妹は両親が帰って来るなり、兄と確執がある妹を演じる、いわゆるお兄ちゃん嫌いモード(妹命名)を発動させる。両親の前では演技をしてオレに欲情する変態マゾであることを隠しているのである。
「その調子だと相変わらず兄妹仲は冷えているようだな」
いえ、妹とはつい最近恋仲目前まで進展しました。
「当然じゃない。誰がこんな兄貴と仲良くなるもんですか」
はいダウト。両親がいなくなった途端、オレに甘えまくる怜が戻ってきます。
妹は両親に怒りながらオレを睨みつけるフリをする。事情を知るオレだけは、その瞳に秘められた、濃い桃色を帯びた野獣の眼光を見逃さない。
振り返ってきた彼女の口元からはベロもちゃっかり出ていて、オレを狙っていることは一目瞭然だ。
「さっきから何なのよ、兄貴。気持ちの悪い視線向けてきやがって」
それから妹はオレのことを悪者に仕立て上げ、喧嘩を売ってきた。無論演技であり、その瞳から光は失われている。どちらかというと、合理的にオレの声を聞いて欲情するのが目的のようだ。
「別になんでもねぇよ」
「ふんっ、どうせあたしのこと狙っているんでしょ? 兄貴がそんな目であたしを見ていることくらい知っているんだからね」
「お前の妄想は本当に凄いな……」
「はぁ!? 妄想じゃないし! あたしの頭の中では兄貴はあたしと毎日あんなことやこんなことをしてるんだからね」
「……なんだそれ、そんなことしねえからな」
「ふん、どうだか」
妹は呆れた様子でオレを突き放すように言う。この演技力に両親はまんまと騙されており、妹は陰でニヤリとしていた。
「でも怜も大きくなったな。昔は泣き虫で甘えん坊だったのに」
「うん、怜はとても可愛い女の子になったわね」
「うーん……あの頃は可愛かったけど、今は全然だよ」
「は? 兄貴に言われる筋合い無いし」
「こら、喧嘩するな」
「ほんと、二人とも呆れるくらい喧嘩してるわね」
家族での会話は、リビングに舞台を移してもなお続いた。オレと妹は険悪な雰囲気を装いながら、心の中でじゃれ合っていた。
今日の昼食はパンを始めとした洋食であり、オレたちの目の前には美味しそうな料理が並べられている。
妹は両親がいる都合上、オレの隣ではなく向かい側に座っており、テーブルの下でオレの手を握っている。そのねっとりと絡み合う手つきは、まるで恋人同士がするようなものだった。
「そういえば、明日は体育祭よね。頑張ってね、怜」
「ありがとう、ママ」
「応援しているぞ、怜。それと、大和もな」
「ああ、分かってるさ。父さん」
食事中、オレが齧ったパンを妹が狙っていた。やたらと両親の方を気にしていたので、おそらくは両親が自分への注目を外すのを待っていたのだろう。
妹はオレが食べていたものを狙うことが多く、それはいつものことだった。だが今回はそれだけでは終わらず、なんと妹の唇がオレの口に近づいてくる。
「どうしたんだ怜」
「オムレツ用のケチャップが遠いのよ!」
妹はオムレツに継ぎ足すケチャップを取るフリをして、オレへのキスを画策していた。案の定父さんに不審がられ、ケチャップを取りたいと出鱈目を言って誤魔化していたが、その頬は紅潮しており、オレを狙って興奮していることは一目瞭然であった。
オレにキスをする計画は失敗に終わったが、オレの皿の上にあった齧ったパンが消えていた。
妹の方に目をやると、手に持ったパンの齧った部分を愛おしそうに舐める妹の姿があった。そして彼女はオレの方を見て勝ち誇った笑みを浮かべた。
彼女の瞳から光は消えていて、オレに欲情していることは明らかだった。
妹の好物はオレの体液らしく、それを摂取することで性的欲求を満たすことができるらしい。その証拠に、オレの汗が入ったスポーツドリンクを飲んでいたこともあった。
また、先ほども言った通り、妹は両親の前では変態マゾであることを隠し、オレとは不仲な兄妹を演じている。
だから妹は両親がいないところでは積極的にオレを求めてくるのだ。
「パパ、ママ、あたし2階で予習したいの」
今日は母さんが家事をやると言っていたのもあって、フリーになっている妹はすぐさま二階へと駆け上がっていく。
「あら、勉強熱心な子ね」
「きっと将来いい子に育つさ」
妹は部屋に篭り、それから携帯を使ってオレを呼び出してきた。
『来てください』
オレも勉強をすると、適当に誤魔化してから自室へと向かう。
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