第34話 花咲さんと怜


 妹との禁忌の話を聞いてしまった花崎さんの表情が、可愛らしい顔を台無しにする鬼のような形相に変わっていた。

オレは慌てて弁解を試みる。


「えっと、これはその……」

「あたしと兄貴が愛し合っただけですよ」


 しかし、怜は平然と答えた。


「ちょっと待て! 何を勝手に話してんだよ!」

「だって、本当のことじゃないですか。それに近い将来二人きりの世界で暮らすんですし隠すことでもないと思いますけど」

「そういう問題じゃないだろ!?」

「……」


 すると、花崎さんは怜に向かって一歩近付く。


「ねえ、それが冗談でも人を不快にさせるだけだからやめた方が良いよ」


 花崎さんから怜への忠告は、どこか怒りを抑えているように感じられた。

 怜はそんな彼女を鼻で笑う。

 それから二人は無言になったまま睨み合っていた。仲の悪さは前回の衝突の比ではなく、このままだと殴り合いにまで発展しかねない空気になっている。


「二人とも落ち着いてくれ……」


 オレは仲裁に入ることにした。だが、このタイミングで怜はとんでもないことを言い出す。


「えっ、嫌ですよ。お兄様の敵は排除しないと、今後に悪影響じゃないですか」

「おい……」

「それにあたしとお兄様の関係を知った上で邪魔しようとする人なんて放っておくわけにはいきませんから」


 怜の言葉に花崎さんの顔色が変わった。彼女の瞳に鋭い光が宿る。どう見ても冷静ではない。


「キミさぁ、ちょっと生意気じゃない? わたしはキミの先輩なのに、その態度はあんまりじゃないかなぁ」


 花崎さんの意見はごもっともであるが、怜は態度を改めようとはせず、逆に挑発的な笑みを浮かべた。


「先輩だからといって偉そうにして良い理由にはならないと思うのですけれど」

「へぇ、言うじゃん。そこまで言うなら勝負しようか。どっちが上なのかハッキリさせようよ」

「いいですね。望むところです。もし負けたら二度とお兄様に関わらないと約束してくれますよね?」

「うん、もちろん」


 二人の間でどんどん話が進んでいく。オレの意思は完全に無視されていた。


「じゃあ、体育祭の得点で決着をつけよっか」


 来週に開催を控えた体育祭。花崎さんはそこで鬱陶しいと感じているであろう妹との因縁を断ち切ろうとしているようだ。


「ふふふ、体育祭が楽しみですね、お兄様」

「キミをそこの変態妹から助けてあげる」


 怜と花崎さんはそれぞれ不敵に笑っていた。

 放課後になり、オレは怜と一緒に下校する。妹はオレの腕に抱きつきながら歩いていた。こうして見ると、本当に恋人同士にしか見えない。

 周りからの視線も気になるが、今はそれどころではなかった。妹に異性として見られている現実がオレを苦しめる。


「お兄様、そろそろキスしましょうよ」


 怜はそう言ってオレに顔を寄せてきた。


「い、今はダメだ……」


 オレは慌てて彼女から離れる。しかし、怜は諦めない。


「どうしてですか?」

「だって他の人が見てるから」


 オレたちが歩いているのは人通りの多い街中だ。そんなところでキスなんてしようものなら、あらぬ誤解が生まれることは避けられず、花崎さんとの関係は間違いなく悪化するだろう。


「別に気にする必要は無いですよ。どうせすぐにみんな忘れてくれますよ」

「そういう問題じゃないんだ!」


 オレがそう叫ぶと、妹は悲しそうな表情になる。


「やっぱりあたしのこと嫌いなんですか。ひっぐ、ひっぐ」


 妹が泣き出し、そのおかげで周囲からの奇異の目がオレを襲う。そりゃ、こんなに可愛い外見の妹が涙を流したんだ。対してオレはゴロツキみたいな顔をしている。どちらに味方したいかは明白だった。


「わ、わかった。キスしてやるから泣くのをやめろ」

「ふぇぇ、なーんちゃって」


 予想していたことだが、彼女のそれは嘘泣きだった。オレはあっという間に路地裏に連れて行かれ、そのまま押し倒される。


「おい、何のつもりだよ」

「言ったでしょう。今日もたくさん愛してもらうんです」

「やめろ……こんなところでくっつくな」

「お兄様、大好きです」


 怜は幸せそうに頬擦りしてくる。もうダメかと思いきや、鞄で殴りかかろうとする美少女が一人、視界に映し出された。

 妹は既に感知していたのか、寸前のところで横に移動して逃れる。


「決闘で決めると言ったのに、とんだ妹ちゃんだね」


 その正体は花崎さんであった。当初は花崎さんと帰る約束をしていたのだが、今日は妹に強引に連れて行かれ、彼女とは合流し損ねていた。

 彼女はおそらく違和感を覚え、オレたちを追いかけてきたのだろう。

 怜はあからさまに花崎さんのことが気に食わないといった、嫌悪感丸出しの表情を浮かべる。

 

「ねえ橘くん。昼休みから感じていたんだけど、妹ちゃんのおっぱい揉んだりキスしたりとかしているよね。流石に一線は超えなかったみたいだけど。正直に言って狡いと思うの」


 花崎さんは怒りに満ちた声で言う。そして、怜に向かって手を差し出した。


「妹ちゃんばかり狡いと思うんだ」

「えっと……」


 彼女の好感度も、妹に引けを取らない150に行こうとしている。


「これを期に言っておくけど、わたしって嫉妬深いんだよ」


 妹の目も憚らず、花崎さんは堂々とオレの唇を奪う。これまでの優しさを感じさせない、えらく力強い口付けに、オレは抵抗することもできずにいた。


「ぷはぁ」


 たっぷりとオレの口の中を堪能した後、花崎さんは満足した様子で口を離す。

 それから妹に向けて不敵な笑みを浮かべてみせた。


「ふふふ」

「この!」

「きゃっ!」


 勝ち誇る花崎さんを独占欲に支配された妹は当然許すはずがなく、オレの上に今も跨っている彼女を両手で突き飛ばす。

 花崎さんはアスファルトの上を滑り、勢いのままに壁に激突する。その後の彼女はしばらく丸まっていた。防衛本能だと思われる花崎さんの行動は、それだけ妹が本気である証拠である。


「お兄様、早く行きましょう。あんなのといると毒されますよ」

「ちょっとまっ……」


 オレは彼女に意見する間も無く、引きずられるようにして連れて行かれる。相変わらず彼女の力は強く、とてもじゃないが逆らえそうにない。

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