第7話 疑問

 オレは手持ち無沙汰になってしまい、どうしようかと考えていたところ、妹が風呂に入ってこいと促してきた。


「汗臭いからシャワーでも浴びてきなさいよ」

「あ、ああ……」


 確かに今日は体育もあったのでそれなりに汗を掻いている。しかし、そこまで臭うほどではないはずだ。


「あたしは後で入るから、できるだけ綺麗に使ってよ」


 怜に散々釘を刺されまくった挙句、オレは渋々と浴室に向かうことになった。


「……」 


 オレは湯船に浸かりながら、妹のことを考える。

 怜はオレに対して怒ってばかりいるが、それでも気遣いは欠かさないし、根は優しい奴だと思う。

 だからこそオレは、彼女に嫌われたくないと思っている。

 でも数値は依然として下がらない。あれは妹が怒るたびに上がっていっているので、多分嫌われ値だと思ってまず間違いない。

 オレがどうすればいいのか分からずに悩んでいると、脱衣所から怜の声が聞こえてきた。


「ねぇ、お兄ちゃん。着替えここに置いとくから、汚いやつは洗濯機に入れておいて」

「分かった」


 オレが返事すると、怜はそのまま脱衣所から出て行ったようだ。


「……」


 怜が去り、またもや物静かになる。静かなこの場所はオレに明鏡止水の

心境を与えてくれたが、やはりどうしても考え込んでしまう。

――オレがあいつの言うことを聞かないと、怜はもっと怒るのだろうか? そんな疑問が脳裏に浮かび上がる。

 家事をこちらにさせてくれない今、怜の機嫌を損ねるのはオレにとって死活問題だ。

 彼女はまるでオレを自分の思い通りにしようと動いている節がある。しかも何かにつけてわがままであり、こちらの意見を通そうにも一筋縄ではいかない。


「兄貴、いつまで入ってんの。良い加減入りたいんだけど!」


 しばらく入って思案したのが祟ってか、妹が脱衣所で大声を上げてくる。


「わ、悪い!すぐ出る」


 急いで浴槽を出て、身体を拭いて衣服を身に付けていく。……なんだかんだ言っても、怜には感謝している。

 オレがこうして生活できているのは間違いなく、彼女がいたからだ。


「……」


 だからこそ、彼女に逆らうことは絶対にできない。


「はあ、やっと上がったわね。服を着たらさっさと行きなさいよ!」

「へいへい」


 オレは適当に相槌を打って、部屋に戻ることにした。

 しかし、今日は疲れた。明日も学校があるし早めに寝よう。

 オレは歯磨きなどの準備を終えた後、することも無いのでさっさと布団に潜り込むことにする。


 時は遡り……今夜のこと。


 あたし、藤宮莉奈は大好きな大和くんとデートをしていた。喫茶店でたっぷりとお話しできたし、最高だった。

 そして今は、彼と別れて一人夜道を歩いていた。

 彼はかなり遠い距離をわざわざ付き合ってくれていたので、全部を歩かせるのはあまりに申し訳なかった。だからこうして一人で帰るのを選んだわけだ。


「ねえ、そこのあなた」

「えっと、誰?」


 あたしは突然声を掛けられた。

 振り返るとそこには黒いフードを被った人がいて、声の主からして聞き覚えもあった。

 そこから自ずと個人は特定でき、あたしは警戒心を強める。

 彼女はフードを脱ぎ、その顔を露にする。


「やっぱあんただったんだ。花崎美咲」

「わたしから橘くんを奪おうとする雌め。放課後一杯調べたけどやっぱり危ない子だったね」


 あたしはこの女が嫌いだ。この女の本性は醜悪でおぞましい。大和くんを付け回す卑しい雌のどこに好感を持てというのか。


「ちょっと話さない?」

「嫌だけど」


 あたしは即答する。こいつと話すメリットがない。仮に自殺したいという相談なら、早く死んで欲しいから自殺の名所くらいは教えてあげるけど。


「じゃあ質問を変えるよ。君はどうして彼と一緒にいるのかな?ただの同学年なだけなのに」

「……それが悪い?」


 こいつの言い方はいちいちムカつく。あたしは大和くんに愛されているペットで、小学生から一緒にいる仲だ。クラスメイトで人気者だからって、今年知り合った新参者が勘違いしないで欲しい。

 

「お前みたいなクソビッチが彼の隣にいることで、彼が不幸になるかもしれないんだよ?それでもいいの?」

「は? 人気者だからって自惚れるなよ。そういうあんたこそ、何であの人につきまとうの?ストーカーじゃん」

「わたしは彼に恩がある。それだけだよ」

「嘘だ。だってあの人はいつも迷惑そうな顔していたもん」

「それは君が邪魔しているからじゃないかな。ほら、よくあるじゃない。自分より可愛い女の子が近くにいると嫉妬したりとか」


 こいつは何を言っているのだろう。

 あたしはこんな勘違い女よりもずっと前から彼を想っていたのに、何故そんなことを言われないといけないのか。


「もういいや。これ以上喋っても時間の無駄みたいだし」

「そう、残念」

「最後に一つ聞かせて」

「何かしら?」


 あたしは一番の疑問をぶつけることにした。


「ストーカーをしてまで大和くんが欲しいの? あたしにはそんな犯罪まがいのことは理解できないけど」

「当たり前でしょう。わたしがそれ以外に理由なんて無いもの。じゃあ、さよなら」


 彼女は霧のように一瞬にして消えてしまった。まるで最初からいなかったかのように……結局、あいつは何をしに来たんだろう。単なる戦線布告と見るのが正しいか。

 それからしばらく歩き続けた。公園まで来ると、そこにあった自販機でジュースを買ってベンチに座る。


「……」


 あのストーカー女に大和くんが狙われていることを知り、あたしは焦燥感をあらわにする。

 もし、このままだと本当に取り返しのつかないことになる。そう考えただけで、身体中に冷や汗が滲み出た。

 でもどうすれば良いのだろうか。

 正直言ってあたしが彼女に勝る点など殆どない。

 容姿は張り合えるだろう。だがそれ以外は彼女に全て負けていると言っていい。

 花崎美咲はSNSで大バズりしていて、あたしとは比較にならない人気を得ており、すでに何人ものイエスマンを手懐けていると聞く。そんな彼女が大和くんにアプローチを仕掛けたら、まず勝ち目はない。

 あたしは必死に考える。大和くんを助ける方法を……。

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