第6話 妹
そいつはオレの姿を確認するなり、一目散に逃げていく。
「待て!」
オレは咄嵯に追い掛けようとするが、見失ってしまった。
一体何者だったんだ? オレは考えるも手がかりも無く、仕方なく帰路に着くことにする。
そして、しばらく歩いていると再び背後から、コツコツという足音と共に、謎の視線を感じた。
もしかすると、さっきの人物がまだつけてきているのか? そう思ったオレは、すぐに振り返ってみる。すると、そこにいたのはここにいないはずの怜だった。
「このクソ兄貴! なんで門限破んのよ!」
怜は案の定、ご立腹の様子。彼女はオレを見かけると、勢い良く駆け寄り、胸ぐらを掴んでくる。
妹の頭上の数字は25くらいまで上がっている。やっぱこれ嫌われ度なのか?
さっきから分かりやすく不快にさせそうな行動をとっているせいか、数値の上昇が止まる気配はない。
「お前こそどうしてこんな時間に外にいるんだよ」
「はぁ? あたしがどこにいようと勝手でしょ」
「いや、そりゃそうだが」
「それより、あたしが質問してんだけど。どうして門限破ったのかしら」
オレは必死に言い訳を考える。
実は……、なんて言ったところで信じてもらえないだろうしなぁ。そもそも妹とまともに会話したことなんて無いし、どうすればいいんだよ。
「お、お前を待っていたんだよ」
苦し紛れに出た一言がこれである。
いや、もっとマシな嘘はなかったのか。自分で言っておきながら、内心後悔する。
「うそ、他の女の臭いがするんだけど」
彼女の嗅覚は妙に抜きん出ているので、このような初歩的な嘘ではすぐに見抜かれてしまう。
オレは慌てて自分の服の匂いを嗅ぐ。すると、微かに柑橘系の香りが鼻腔をくすぐる。
これは藤宮莉奈の香水だ。おそらくは制服に染み付いていたのだろう。
オレはなんて鈍感なのだろうか。今まで気付きもしなかったとは。実際は意識しなかったら分からない程度の匂いであり、彼女の凄まじさが見て取れる。
「こっち来なさい」
怜は有無を言わさず、強引に腕を引っ張ってくる。
「ちょっ……痛ぇな」
そのまま家に連行されると、玄関の前でようやく解放された。
彼女の怒りは治まるどころか増すばかりであり、嫌われ値と思われる数字は27に達していた。
「でさ……」
「ん?」
オレは妹に対し、身構えた。
「お腹空いてるでしょ。兄貴」
「え?」
「遅かったのって久しぶりだし、体内時計的には空腹でしょ? ほんとはこんなだらしない奴のために作りたくないけど、今回は特別」
オレはてっきり、妹に殴る蹴るの暴行をされると思っていた。ところが怜はそんな素振りを一切見せず、むしろご飯を作ってくれるらしい。
しかも、なんだかんだ言いつつも心配してくれているみたいだ。数値は27から変わらないけど。
「あ、ありがとう」
「じゃあさっさと上がってきなさい。今温めてる最中だから。それと、今日はあたしも一緒に食べるわよ。良いよね?」
「ああ、もちろん構わないが、急にどうしたんだよ」
「別に何でもない。ただ、気が変わっただけ」
そう言うと怜はリビングに先んじて行ってしまう。
オレは状況が飲み込めないまま、とりあえず手洗いうがいと身なりを清潔にしてからリビングに向かうことにした。
「遅い」
食卓には既に食事が用意されており、オレの席の前には茶碗に盛られた白米が置かれていた。
「あったかい……」
門限と実際の帰宅時間は少し違うとはいえ、いつもよりかなり遅くなっているはずなのに、ご飯はホカホカのままだ。
「なんでこんなに時間が経ってるのに温かいんだよ」
「そりゃ、あんたが帰る時間を見計らったからよ」
「エスパーかな」
「あたし自身があんたを迎えに行ったんだし、エスパーじゃないわよ」
怜は淡々と答えつつ、味噌汁が入った椀と箸を配膳してくれる。
彼女はエプロン姿のままで、台所からは唐揚げの衣が揚げられる音が聞こえてくる。
オレはその光景を見て、何とも言えない気持ちになった。
両親の帰りが遅い今、怜が一通りの家事をしている。そうなると彼女に掛かる負担の比重が大きいため、オレは時々手伝おうと言うも、彼女は決まってこう返すのだ。
――バカ兄貴には絶対やらせない! と。そのせいもあってか、料理の腕はプロ級である。
普段は反抗期丸出しの妹だが、こうして兄のことを考えてくれているのかもしれないところを見ると、やはり可愛いところがあると思う。真意は不明なので糠喜びになりそうな気もしなくもない。
「ほら、早く食べちゃって」
オレは促されるがまま、椅子に座って食事を摂り始める。
「いただきます……」
まずは豚ロースにかぶりつこうとするが、ふと思い立って怜に尋ねる。
「あのさ」
「なによ。まだ何か文句あるわけ?」
「いや、今日の晩飯って唐揚げだよな」
「うん、そうだね」
「どうして……オレの好きなもの作ってくれてんの?」
「……はぁ、あたしが食べたいもの作ったに決まってんじゃん」
呆れた様子で答えた後、彼女は自分の分のご飯を口へ運び始めた。
オレも彼女に倣って食事を再開する。
彼女の料理は美味しいの一言。オレ好みの味付けであり、さらにカロリーや栄養素のバランスにも配慮されている。
彼女はやたらと否定するが、出してくる料理は野菜多めの配分で上質な栄養バランスへのアプローチが明快なのもあり、まさにプロの料理人といった感じだ。
「なぁ」
「今度はなに?」
「お前も食えよ。せっかくだし一緒に食べた方が楽しいぞ」
オレは妹を気遣って言ったのだが、彼女は露骨に嫌な顔をする。
「あたしは見てるだけで良い」
妹はオレと一緒には食事を摂らず、オレが食べているのをぼんやりと眺めているのみに徹する。これはいつものことなので気にしていない。むしろこの状態こそが普段通りなのだ。
「ごちそうさまでした」
「ふん」
食事を終えた後、オレは食器を流し台に持っていく。
「あー……オレ洗っとくわ」
「辞めて、兄貴下手くそだしあたしがやる」
妹はオレの手から皿を奪い取り、テキパキと洗い物を始めてしまう。
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