第5話 影
『兄貴ってどうしようもない愚図なのに、彼女なんているんだ。ふーん莉奈先輩ねえ』
妹はあからさまな嫌味を言いながら、通話を切った。ありゃ、早めに帰らないと不機嫌になるな。
「なんだアイツ」
「そういうのは気にしない方がいいよ。それよりお腹空いたなー」
莉奈が気にするなとアドバイスをくれるものの、妹の怖さを知っているオレからしたら、あまりギリギリに帰るのはよろしくないと体中が警鐘を鳴らす。
「じゃあ何か食べるか」
「えっ、いいの?」
「ああ、今日は奢ってやる」
「やったー!」
オレは莉奈が食べたがっているフルーツパフェを頼み、ついでにオレもコーヒーを飲む。
「ねぇ、大和くんはどんな性格の子がいい? 例えばあたしみたいな感じの子とか」
またその手の質問か。彼女はやたらとこうした質問をしてくる。
「そうだなぁ……一緒に居て楽しい子が好きかも。あとはオレの話を聞いてくれたり、相談に乗ってくれたりするのも良いな」
まあ要は、オレのことを理解してくれる女の子が良いということだ。
オレの答えを聞いた莉奈は少しだけ驚いたような表情を見せ、それから嬉しそうに微笑む。
何だこの可愛い生き物は。抱きしめたい衝動に駆られる。
しかし、ここで抱きついてしまえば、きっと変態として彼女の両親に殺されてしまうだろう。それだけは何としても避けなければならない。
それにしても、なぜ彼女がこんなことばかり聞いてくるのか。やはりオレには分からない。
莉奈に訊いてもはぐらかされてしまうし、一体どういう意図があるのだろうか。
オレが疑問を抱いているうちに、注文した品が届いた。莉奈は目を輝かせ、それを眺める。
「うわあ、美味しそー」
「いただきます」
「いっただっきまーす」
彼女は両手を合わせ、満面の笑みでパフェを食べ始める。ここのチョコレートパフェは絶品だと評判なのだ。
「んー、おいひい」
莉奈が幸せそうに頬張る姿を見ると、こちらまで幸せな気分になってくる。ただ、口の端にクリームが付いており、ざっくばらんな性格らしくどこか抜けている。
「ほら、クリーム」
「ありがと、大和くん」
オレは手で彼女のクリームを優しく取り、そのまま自分の口に運ぶ。すると莉奈は何故か恥ずかしそうな顔を見せた。
「ど、どういたしまして……」
そんな反応されるとこっちも照れるんだけど。こういうのに慣れていないせいもあって、非常に気まずい。急に乙女化とか反則も良いところであり、耐性の無いオレは平静を保てなかった。
「ねえ、大和くん」
「ん?」
「もしあたしがキミのこと好きって言ったらどうする?」
「いや、別に何もしないけど」
彼女は一体何を言っているのだろう。脈絡が無いにも程がある。ついつい素っ気無い態度をとってしまった。
すると、彼女の頭上の数値が16から18に上昇する。嫌われるようなことを言ったのに上がるって、もしやこれは嫌われゲージとか?
それなら怜の他より抜きん出た数値にも納得がいくし、莉奈の行動原理も理解できる。
「ごめんね、突然過ぎてびっくりしちゃった?」
「あ、ああ……」
「気にしないでね」
彼女は苦笑いを浮かべながら謝ってきた。オレは彼女をそういう目で見ていないのもあり、ついつい素っ気無い態度をとってしまった。
「こっちこそごめん」
「ううん、あたしが変なことを口走ったんだから、驚くのも無理無いよね」
莉奈は怒るどころか謝罪を繰り返すばかり。ここまで素直に振る舞われると、こっちがもっと申し訳なくなってくる。
「一つ言っておきたいんだけど」
「ん?」
「あたしって一度狙った獲物は逃さないんだよ」
莉奈は舌舐めずりをしながら、妖艶な視線を向けてくる。ちょっと怖いが、まあいつものジョークだと思い、適当に流しておくことにした。その後オレはとぼとぼと莉奈と帰っていた。
今日は色々あったなぁ。まさか莉奈と二人きりになるとは思わなかった。世の中何が起こるか本当に分からないものだ。それにしても、どうしてあの子はオレなんかを好いているのだろうか。理由が全く思い浮かばない。
今まで彼女なんて出来たことがないし、モテたこともない。そんなオレを事あるごとに誘うのは莉奈がはじめてだった。
もしかすると、オレのことを好きなのではなく、何か別の目的があって近寄っているのではないか。そんな疑念が湧く。
しかし、考えても仕方がない。もう遅い時間だし、そろそろ帰るとするか。
「ちゃんと送ってよね」
藤宮莉奈は抜け目なく、オレに帰宅における同行を義務付ける。これもいつも通りのことだった。
夜の街並みは昼間とは打って変わり、薄暗くて少し不気味だ。特に人気のない路地裏などは、不良の溜まり場になっていることが多い。
そこでオレは、彼女を自宅まで送り届けていた。
この辺りは街灯が少なく、夜道を歩くには危険である。そのため、莉奈の自宅付近を通るときは、必ず送るようにしているのだ。
ちなみに彼女の家は学校を挟んで反対側にあり、オレの家よりも遠い。つまりは結構面倒臭い。
ただ、彼女はオレを気遣ってくれているのか、ある程度まで行くと一人で帰ると言うのが大概である。
「じゃあ、ここまでで良いよ」
今回も例に漏れず、オレは彼女の言葉に従って、足を止める。
「また明日ね」
「おう」
そうしてオレたちは別れた。
さて、帰ろうかと思った矢先のことである。後ろの方から誰かに付けられているような気がした。
オレは振り返り、その人物を確認する。しかしそこには人の姿は無く、街頭に薄く照らされた夜道だけが広がっていた。
「気のせいか?」
まあこんなことは日常茶飯事で、あまり気にしないようにしていたのだが、今回は少し違った。なんせこの時間帯は、殆ど人が通らないはずなのだ。それなのに、今もまだ後をつけられている気配を感じる。
しかも、今度は明らかに何者かの息遣いが聞こえてきた。よく見ると数値のようなものもある。
オレは立ち止まり、周囲を見渡してみる。だが、やはり誰もいない。
もしかしたら近くにいるのかもしれない。
オレはそう思って、近くの建物や看板などを隈無く確認した。
それでも怪しい影を確認するのは至難の業で、なかなか見つけることができない。
「不気味だな」
夜道なのもあって、そうした得体の知れない存在は不気味でしかなく、オレは段々と不安になってきた。
その時、背後で物音が聞こえる。振り向くと、先ほどまで無かったはずの黒いフードを被った人物が立っていた。身長は155センチメートルくらいだろうか。
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