第2話 花崎さん
この手のやつで真っ先に浮かぶのは好感度パラメーター説。オレの発想が貧相なのはご愛嬌である。
実行委員は立候補者が多かったのもあってすぐに決まり、後は担任の口から他の連絡事項が淡々と語られていく。
その間、オレはずっと周りが数字だらけで落ち着かなかった。
病気の可能性を唱えるも、こんな病気は聞いたことも見たことも無い。
調べてみても創作物ばかりしかヒットせず、結局オレの頭がおかしくなったということに落ち着くだけだった。
「はあ……病院に行くか……」
今度の休みに病院に行こうと決めたオレは、集中しきれないまま授業に臨むことになる。
ボッチのオレはもちろん、クラスには馴染めていない。花崎さんには良くしてもらっているが、正直なところ同情されているに過ぎないとオレは思っている。
「はあ……なんでこんなことになったんだろうなぁ……」
オレはため息と共に呟きを漏らす。
その言葉に反応したのは隣に座っている花崎さんだ。
「橘くん、どうかしましたか?」
「いや……」
オレは花崎さんに自分の置かれた状況を説明するべきか迷ったが、やめておいた。
仮に話したところで理解してもらえないだろうし、信じてもらえないと思ったからだ。
「すみません、なんでもないんです」
「そうですか……。何かあれば遠慮せずに言ってくださいね」
オレのことを気遣って優しく声をかけてくれた彼女だったが、一瞬彼女から笑顔が消えた気がした。
その時の顔はまるで能面のようで、少し怖かった。
しかし次の瞬間には元の明るい表情に戻っており、オレの見間違いなのかとも思ったが、そういう面でオレはどうしても彼女のことが気になってしまった。
「ねえねえ、美咲ちゃん!」
「ここわからなくて聞きたいんだけど」
「今度の休みどっか行かない?」
花崎さんの机の周りには人が集まる。
彼女は友達が多いので、こうして休み時間はいつも誰かに囲まれており、オレとは住む世界が違うように思える。
そんな彼女が時折、こちらを見て微笑んでくれるのでオレはその度に顔を赤くして俯く。
きっとそれは、花崎さんにとってはただの社交辞令なのだろうけど、それでも嬉しかったのだ。
好感度18というのはそこそこは好かれていると見ていいのか。
でもあの妹が20だったからいまいち信用ならないんだよな。もしかしたら花崎さんもオレのことを裏では妹みたく嫌っているかもしれない。
そう考えると教師やクラスメイトからの好感度が一桁しかないのが逆に怖い。
もしオレがそいつらから嫌われているとしたらどうなるのか、想像するだけで胃が痛くなる。
「上限が100とかじゃないのを祈るばかりか」
とりあえず、数値の低さから上限が低いタイプと考えると良い感じではある。だが、あの妹より大概の奴らの好感度が低いのは流石に有り得ない。となると、これは好感度を測定するものではない可能性が浮上する。
他人の心情の機微を理解するのに乏しいオレにはタイムリーな能力ではあるが、これが何を意味するものかまではわからない。
オレはその後、担任から書類運びを頼まれ、書類を渡された教務室からそこそこ遠い資料室まで一人で往復することになった。
「ああ、クソ! めんどくさいなぁ」
偶然担任に目を付けられたのが運の尽きだった。一人愚痴りながら、オレは階段を下っていく。
そして二階の踊り場に差し掛かった時だ。
――ガタッ
「ん?」
下から音が聞こえてきた。
オレの腹部から書類がすり抜け、床に落ちる音だ。
踊り場一面に広がる書類。これを一人で拾い直すことをこれから考えるだけで辟易とさせられる。オレは仕方なく、散らばった紙を集めようと屈む。
すると、そこには一人の女子生徒が立っていた。
その生徒は例の花崎美咲。彼女が友人も連れずに一人で廊下に立っている姿を見たのはこれが初めてだった。
彼女はオレを見るなり、小さく目を見開く。
「大丈夫?」
「花崎さんは手伝わなくても……」
「いやいや、ちゃんと手伝わせてよ」
花崎さんはそう言うと、さっそくオレと同じようにしゃがみ込んで、紙の束を拾ってくれる。
「あの……ありがとうございます」
「いえいえ、これくらい当然ですよ」
花崎さんはそう言いながらも持ち前の優秀さを活かしてテキパキと仕事をこなし、落ちていた書類はあっという間に全て元の場所に戻された。
「橘くんはどうしてこんなところにいたの?」
「ちょっと担任から頼まれ事をされて」
「そうなんだ。一人で大変そうだし、手伝おっか?」
花崎さんは笑う。その笑みはやはり天使のようであった。そしてオレに助力を申し出る。
申し訳ないと思ったオレは丁重に断ろうとするも、彼女はそれを遮るように口を開いた。
「えっと、もしかしてだけど、他の子に助けてもらったりとかは、しないよね?」
そこから出て来たのは、これまでの彼女からは想像もつかない高圧的な言葉。
「わたし、人を助けるのが好きなんだ。だから、良いよね?」
オレの本能が迫り来る彼女に警鐘を鳴らし、思わず後ずさりする。
しかし彼女はそれを許さないとばかりにオレの腕を掴んでくる。
「待って」
彼女の顔を見ると、その瞳は獲物を狙う肉食獣のように爛々と輝いていた。
オレは彼女の豹変ぶりに戸惑いつつも、どうにかしてこの状況を打破する方法を考える。
だが、オレの貧相な脳みそでは彼女の機嫌を損ねないような上手い言い回しは思い付かず、ただ時間だけが過ぎていく。
「ねえ橘くん。わたしを拒む理由、ある?」
花崎さんの目はどんどん鋭くなっていく。たしかに彼女の言う通り、断るのは失礼に当たるかもしれない。
「ごめんなさい、少し用事を思い出したので」
オレは咄嵯に嘘をつき、その場から立ち去ろうとする。
「ねえ、なんでわたしから視線を逸らすの?」
彼女の反応はとても冷たく、氷の塊を押し付けられているかのようだ。
オレが花崎さんの方を向くと、彼女は先ほどまでの表情から一変して笑顔になる。
しかしそれはどこか歪で、オレは恐怖すら覚えてしまう。花崎さんの手がこちらに伸びてくる。オレは反射的に跳ね除けようとするも、強引に腕を掴まれてしまう。花崎さんの顔がゆっくりと近づいてくる。その距離はあと一歩踏み込めば、キスをしてしまうほどの距離だった。
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