第35話悲壮の結末
切り結びは互角の様相を呈した。
雨粒すらも寄せ付けない剣気と、絶え間なくぶつかり合い、いびつな金属音を奏であう刃。
―――その調べはどこか昔を懐かしむように。
―――その調べは今にも泣き出してしまいそうに。
降りしきる雨でリズムをとるように、一つまた一つと音を掻き鳴らす。
【ゲンゴロウ、久しいな】
ヨタカは口元をゆるめながら、必死にくらいかかる男にひとつ声を漏らす。
ぐっ、とその言葉にゲンゴロウは表情を歪めると。
「えぇ、できれば。二度と相見えることがないようにと願っておりましたが」
そう、かつての主人に冷たく吐き出す。
【……釣れないやつめ。 それで、今更だがなぜ我に剣を向ける? ゲンゴロウ……歳月はツキシロ家への忠義すらも薄れさせたと、そういうことか?】
「お戯れを……私はあなた様の命令に従っているのみ……魔獣塊に飲まれ、なりそこないへと姿を変えた際にはこの首を落とせ……そう命じたのはあなた、ヨタカ様でございましょう」
【あぁなるほど、この姿なりそこないと断ずるか。 うむうむ、確かに少しばかり我は人を斬るのが好きになった。だがそれだけだ、こうしてツキシロヨタカとして存在し、ツキシロヨタカの記憶を内包しここにいる。 何をもって飲まれたか? という明確な線引きは難しいとしても、これほど我としての自我が残っているのだ。 首を切るのは尚早というものではないかゲンゴロウ? 我思う故に我ありともいうだろう? そう考えればほら、私は立派なツキシロヨタカだ】
切り結びながら語るヨタカ。
ゲンゴロウへと揺さぶりをかける目的のその一言は、一瞬。
ほんの一瞬だけ剣を鈍らせ、ヨタカはそれを受け止めずに体をそらして回避し、思惑通りと口元を歪ませながら、白刃をゲンゴロウへと突き立てる。
だが。
「恐れながら申し上げます……ヨタカ様は、そこまで頭良くありませんよ」
ゲンゴロウはそう言うと、空振りをしたように見えた刃を返し、そのまま間合いへと迂闊に踏み込んだヨタカの首を切る。
「‼︎?」
『隠し剣……裏斬り‼︎‼︎』
歪な線を描く剣は、それでも真っ直ぐにヨタカの喉笛に食らいつく。
乱れのない刃はそこに迷いも、そして忠義の衰えすらも感じられない。
ゲンゴロウはただ真っ直ぐに、ヨタカの最期の命令を守っていた。
【……ぐっ‼︎?】
ボタボタと血を流しながら後ずさるヨタカ。
動脈を完全に断った一撃は、人間であれば間違いのない致命傷。
だが、ゲンゴロウは怯むことなく、ヨタカに対しさらに刃を突き立てる。
二つ三つ
斬……という音が雨音に混ざって響く、ヨタカのかけら。
水たまりに落ちて弾けるそれは、不揃いな果実のよう。
「勝負あり……です。 ヨタカ様の姿を模した怪物よ」
両手と足首を両断され、ひざをついてたつヨタカ。
その首筋にピタリとゲンゴロウは刃を当てて、そう宣言をする。
【なんだぁ、バレちゃってたか……参っちゃうなぁ。 取り込む時にあんまりこいつのこと調べなかったからさ。 一国の王だなんていうから、それっぽく振る舞ってみたんだけれど】
「ふん、もし仮にヨタカ様がそれほどの頭を持っておられれば……家督を嫁に譲るなんてバカなこともいい出したりはしなんだし、この爺の頭もここまで白くならずに済んだわ」
【なるほど、家臣に切られても元々仕方のないようなろくでなしだったってわけね。いやはや、それなら女の方に取り付くべきだったか】
「口を閉じろ、痴れ者めが」
やれやれとため息を漏らしながら笑うヨタカの皮を被った何か。
その姿にゲンゴロウはいらだたしげに舌打ちを打つと、刀をその肩口に突き刺す。
【うぐぅっ‼︎?】
「……確かにあの男はバカだった。バカで、嫁に頭が上がらなくて、ぽやっぽやした王で、儂はさんざ苦労をかけられたさ。だがな。この世界の誰よりも優しき、名君であったことに違いはない……貴様がヨタカ様を語るな、化け物が」
【くっくくく、理解できないね……。まぁいいさ、首を落とせば君の勝ちだ。だけどいいのかい? ここで俺を殺せば、ヨタカの体は死を迎えるんだよ? まぁ、俺にはどうでもいいことだけど】
「……宿命、宿業と受け入れよう。貴様の体がヨタカ様のものだと言うのであれば、殊更セッカ様と戦わせるわけにはいかぬ。 親子で殺しあうなど、あってはならぬのだ」
【そ、ヨタカってやつは本当に幸せ者だね。まぁいいさ、もとより俺は災厄の塊、ただそうあるべきと言うあり方に従ってこの浮世に影法師を落としているだけに過ぎない。 ここですっぱり殺されようとも、異論はないさ】
「そうか……ならば手早く済ませよう」
感傷に浸る暇も与えない。
そんな覚悟を決めたような瞳で、ゲンゴロウは刃を振り上げて刃を下ろす。
惑わさせるより早く、迷うよりも早く終わりにしようと、そう決めた一閃。
だが。
【まぁ、元に戻す方法もあるんだけど……仕方ないね】
「――っ‼︎」
その悪魔の言葉に、見え透いた嘘だと言うのに一瞬……ゲンゴロウの剣が止まる。
それは、紛れのない隙であり。
【その迷い……災厄だぜ】
ヨタカの体から伸びた狐の尾が、槍のように伸びてゲンゴロウの体を貫いた。
◆
「ぐっはっ」
血を吐き剣をとり落すゲンゴロウ。
それだけで、彼の命が終わってしまったことをフェリアスは悟る。
対し、ヨタカの方は切りおとされたはずの腕は泥のように溶け、代わりに新しい腕が生え変わる。
楽しそうに笑うヨタカ。
結局、彼にとってはこの殺し合いでさえも遊びであったことを語っている。
「……あんた」
フェリアスはその状況を見ながら、そう呟く。
怒りでも、悲しみでもない……生まれて初めて見る人の死に、フェリアスが覚えたのは恐怖だった。
ぐちゃりと、引き抜かれた槍。
同時にもともとゲンゴロウだったものがその場に倒れた。
【…お涙頂戴のなかなかいい演出だったろ?】
満足げに死体を蹴るヨタカ。
その姿にフェリアスは拳を握ると剣を構える。
その表情からは恐怖が窺えるが、それでも、戦う意志だけは消えてはいない。
だが、ヨタカはにやりと笑うとーーー剣を収めた。
【そんなに怯えなくて大丈夫さ……目的は果たした。 君には俺の存在をセッカに……狐火の持ち主に伝えるって仕事があるから、殺さないでいてあげる。 でも、いい演出にはなってくれよ?】
「ひッ……‼︎?」
触手のように伸びる狐の尾、それに両手両足を絡め取られるフェリアス。
ニタニタと笑うヨタカは剣ではなく今度は懐からナイフを取り出しフェリアスに向かってゆっくりと近づいてくる。
【あぁ、出来るだけ騒いでくれて構わないよ。そっちの方が、楽しいから】
愉悦極まりないと言わんばかりの表情。
……フェリアスの絶叫は、雨音によってかき消された。
◆
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