第34話フェリアスside 決死の戦い

フェリアスside


大雨のなか、わき目もふらず少女は目的地へと向かう。


人の話を盗み聞きしてしまった罪悪感というものを覚えながらも、それすらも上書きするような思いを胸に抱いて。


「あのバカ……親殺しなんて、させるわけないでしょうに」


破られたのが東の関所ならば、このリドガドヘルム城下町に訪れるまでは一本道。


だからこそフェリアスは急くように、剣を抜いた状態で町外れの道をひたはしる。


すれ違う人々は一様に、突然の雨にフードをかぶり顔を隠す。


だがそれでも問題はない。


体に纏う狐の尾二つ。


もし仮に、ハヤブサの語った通り相手も狐の尾を欲しているならば。


互いに、一目見ただけで惹かれ合う。


「どこよ……どこにいるのよ……」


街の景色は草原に代わり、すれ違う人は次第にまばらになる。


雨脚は強くなり、豪雨に一寸先すらもおぼろげになってしまう、そんな頃。


「‼︎ いた……」


フェリアスの目の前に。


それは現れた。


それは、汚泥……。という言葉が正しいのだろう。


人の形を取り、剣を構えたまま歩くその姿は異形なれど未だ人であり。


頭を垂れるように、どこか主人を慈しむようにその黒く爛れた何かを背中から生えた狐の尾は撫で付けるように包み込んでいる。


その体を纏うのは三本。


ここに、全ての狐の尾のありかは判明した。


「……止まりなさい。 あなたが、月城ヨタカね?」


フェリアスはその厄災に声をかける。


【いかにも】


静かに、だがはっきりとその影は声を漏らす。


怪物のような見た目、呪いにまみれこぼれ落ちる体。


だがそれは間違いなく、人の声であり。


フェリアスの存在を前にすると、すらりと刀を抜き放つ。


陽の光射さぬ曇天の空。


降りしきる雨の中だというのに……光り輝くその刀身。


斬り殺したい。


そう言わんばかりに、男は呼吸をするかのように、自然と刀を構えた。


「あぁ、やっぱりあんたは、人斬りなのね」


淡(たん)……とフェリアスはつぶやき。


同時にあたりに冷気を漂わせる。


【………いかにも、狐尾持ちとお見受けする。返答は不要、構えれば斬りかかる。構えなくば三つ数えたのちに斬りかかろう】


燃え盛るように汚泥はその身から溢れる呪いを撒き散らす。


「ほんと、醜悪」


いらだたしげにフェリアスは吐き捨てる。


【一つ……二つ】


「悪いけど、あんたは月城ヨタカじゃない……ただのなりそこないの不法入国者。 えぇ、だからこそここですっぱり私に殺されて、めでたしめでたしになりなさい‼︎」


【三つ‼︎】


数え終わると同時に、構えをとった体がゆらりと陽炎のように揺れ、フェリアスに向かい白刃が走る。


神速の一閃。


その速度はルーシーの剣戟にも匹敵するほどの技量であり。


しかしその剣を前にしても、フェリアスは微動だにすることなく剣を構えることもない。


そのかわり。


「アイスエイジ‼︎」


一本の氷柱がフェリアスの足元より現れ、ヨタカの体を貫いた。


【ぬるい】

いや、貫いたように見えた……。


「躱したか……だけど遅い‼︎」


続けて、二つ三つ。


ヨタカの足元から、水溜りから、氷の柱が槍のように伸びて体を捉える。


それはまるで巨大な雪の結晶のようであり、ヨタカの体を狙い澄ますように膨れ上がり包み込む。


【これは‼︎?】


「雨の日だけのとっておき……セッカのバカに吠え面掻かせるためにとっておいたんだけど、特別にあんたに使ってあげるわ‼︎」


慌ててヨタカが刀で氷を切り裂くも、間に合わない。


冷気を操る彼女にとって、この降りしきる雨全ては必殺の武器。


いかなる達人であろうとも、降りしきる雨粒全てを躱すことなどできるはずもなく。


足掻くように剣を振るい回避行動を取るも、やがてヨタカはその足を冷気に絡め取られる。


【‼︎?】


「氷漬けになりなさい‼︎‼︎」


狐の尾を出現させ、さらに冷気を強めるフェリアス。


すでに氷により絡め取られたヨタカは両足が凍りついており、剣で切り落とそうにも雨粒が体に触れるたびに全身が氷始める。


勝負あり……。


そう、フェリアスは確信をし冷気を強めようと拳を握る……だが。



【愚かな……狐尾に頼るものが、人柱に敵うわけがなかろう】


「えっ?」


その言葉と同時に、フェリアスの体から魔力が抜け落ちる。


大気に漂っていた冷気は全て消え去り。


雨粒により氷は次第に溶かされていく。


見れば、フェリアスの体に纏っていた狐の尾は消えさり。


代わりにヨタカの背中に生えた狐の尾が二本増えている。


【浅はかだったな……我ら月城一族は狐尾を守り守護する存在。主導権を奪う術などいくらでも用意ができている……狐の尾に頼って戦いを挑んだ時点で、貴様の敗北は決しているのだよ】


「そ、そんな」


残酷に溶け切った氷。


それにより動くようになった足で、せせら笑うようにヨタカはフェリアスの前まで歩いてくる。


【目的は達した……だが、死合はまだ終わってはおらぬ。 せめて愉快に鳴き叫べ……女】


「―――ッ‼︎?」


泥の奥から覗く、赤く血走った瞳。


それは冷たくもどこか愉快げで、セッカの語った男の面影などどこにもない。


人斬り。厄災。 鬼。


どんな言葉を並べたててもおそらくこれを表すことは敵わない。


そんなただおぞましい塊に、フェリアスの体を恐怖が支配する。


だが。


【ほぅ……戦う、か】


フェリアスは震える体を押さえつけ、剣を構えた。


「まだよ……まだ終わっちゃいない‼︎」


【実力差は歴然……それはお前自身がよくわかっているだろうに……高貴なのか、はたまたバカか】


「どっちでもないわよ、ただ、あんたのことを信じてるあの子に‼︎ 父親のここまで腐った姿見せられるわけないでしょ‼︎」


【父……なるほど……君は、セッカの友達か】


「え?」


瞬間……呪いの塊の中に、優しい微笑みが浮かび。


【ならば、死ね】


それが幻であったかのように冷たく刃が振り下ろされる。


打ち込みは激烈、されど太刀筋に乱れはなく、フェリアスが生きていられる確率は限りなく零に近づく。


―――――――――………。


だが、その剣はフェリアスに届かなかった。


「え?」


その刃を、真正面から受けとめる剣士が一人いたからだ。


【お前は……】


「あんたは……」


狂刃を受けとめるのは、一振りの刀と。


白髪と髭を蓄えた老人、ギルドマスター、ゲンゴロウであった。


◆◆◆


狐尾零本 ギルド雪月花・ギルドマスターゲンゴロウ



狐尾五本 ヒノモトの王 ツキシロ・ヨタカ


いざ尋常に……勝負。


◆◆◆

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