第33話消えない記憶

「貴様……」


ポツリと部屋の中に呪いが落ちる。


「‼︎?」


それと同時に捲き上るのは怨嗟の炎であり、狐の尾を纏わせた黒龍がハヤブサの眼前にて大口を開ける。


「お、おいセッカ‼︎?」


「あらあら、用済みになったら殺してまうの? これがギルド雪月花のやり方かぁ。あなおそろしや、あなおそろしや」


「デタラメを抜かすと脅しではなくなるぞ……ハヤブサ。足先から灰になっていくのは嫌であろう?」


「べっつに、人の世はいつも泡沫の夢。いつ死のうが僕には関係ありまへん。人をころすのが好きなんや、人に殺されるのも同じくらい好きやなきゃ釣り合いがとれへんやろ?」


「狂人が……貴様などに時間をさいた我の愚かさを呪うよ」


「あははは、狂人いわれるんは慣れてますがな……せやけど、嘘つき呼ばわりされるのはどうにも堪忍ならん。 堪忍ならんからさぁびすでさらにもう一つお話をしてあげますよ」


「聞く耳持たん……」


全身の毛を逆立てて怒りをあらわにするセッカ。


しかしその表情すらも楽しげにハヤブサはカラカラと笑う。


「まぁまぁそう言わんと、聞くだけただやろ? まぁ聞かんっちゅーても勝手に喋るんやけどな。 君のお父はん、ヨタカ様は今もまだ狐の尾を探しとる。 すでにその手に収められているのは三本。 今頃はきっと、東の関所を通ってこっちに向かってると思うよ?」


「……東の関所って……確か今朝……」


「あら? 情報入っとった? いやはや、ヨタカ様行動派手やからなぁ。せっかく僕が隠密行動しても何もかも台無しにしてしまうんやものなぁ……はぁやれやれや」


俺は今朝おっさんから聞いた話が頭によぎる。


東の関所が、何者かに両断された。


ありえない与太話かと思ったが……それが狐の尾をもった誰かの仕業だというのであれば話はわかる。


だが、問題はそこではない。


「お、おい待てよあんた。 さっきから聞いてりゃ、まるでセッカの親父さんといっしょに行動してるみたいな口ぶりじゃねえか?」


「ははっ‼︎ そりゃぁもちろん行動しとりますよ? だって僕、ヨタカ様の御剣やもの。やなかったら、クビになった職場の上司に様なんてつけへんやろ?」


「なっ‼︎?」


セッカは驚愕に瞳を見開き、龍を押しのけてハヤブサの胸ぐらを掴む。


「本当に……本当にお父様が生きているのか‼︎? お父様が生きて……本当に国を……お母様を殺したとのたまうのか貴様は‼︎」


明らかに混乱をしている状態。


セッカは取り乱しながらも、思いの丈をハヤブサにぶつける。


「セッカ‼︎ 落ち着けって」


今にも首を絞め殺しそうな勢いのセッカに、俺は止めようとセッカにふれるが。


「そなたは黙っておれルーシー‼︎」


セッカは腕をふるって俺のことを撥ねとばす。



「くっくくく、やっぱ女の子はからかうとおもろいなぁ。 あの人と同じで、見た目は優しそうなのに、仮面ひっぺがしてやったらそらもうどす黒いものドロドロやないかセッカはん。隠れ刀、鷹の爪にいた時はそら退屈で退屈で仕方なかったけど、あの日自分の国沈めた時のヨタカ様の狂った顔……今のあんた、そっくりやで?」


「お父様が、お父様がそんなことするわけなかろうが‼︎ 誰よりも、誰よりも国を愛し、厄災から世界を守ると言っていたお父様が……そんなこと」


「狐の尾は人を狂わせる。どれだけ人がよかろうが、どんな世間知らずのお姫様だろうが、魅入られてまえばただの厄災に堕ちる。現に、一国の姫さんであるセッカはんだって、民(ぼく)の首を締めて殺そうとしてるやないか……そこになんの違いがあるん?」


「え、あ……うそ……」


胸ぐらを掴んでいたセッカの手は、気がつかぬうちにハヤブサの首に伸びていた。


セッカがハヤブサを殺そうとしたとは思わない。


セッカの恐怖に青ざめるような顔を見ればそれはわかる。


激情し、偶然手が首に伸びてしまっただけ。


ただの偶然。


だが、もしそれが狐の尾が導いたのだとしたら。


セッカも同じ考えに至ったのか。


力なくその場に座り込むと、恐怖に怯えるように自らの手をじっと見つめ、カタカタと震えだす。


「あらら、ちょいと意地悪しすぎちゃったかな? まぁええわ。 君たちが勝つにせよ、ヨタカ様が勝つにせよ……どちらにせよもうじき九尾は完成する。君たちは九尾を手に入れて何をするつもりなん?」


「……」


セッカは震えたまま答えない。


「九尾を封印する。それがセッカとこのギルドの使命だって聞いた」


だから俺が代わりにそう答えると。


「封印……へぇ、そう」


「何か変なことを言ったか? あんたのいう通り狐の尾っていうのは世界にあっちゃいけないものだ」


「いや、変なことは言うとらんよ? ただ、気になってなぁ」


「何が?」


「あれだけの呪いの塊、確かに今まで封印できてたんやから封印自体はできるんやろうな。せやけど……一つあるだけで人を狂わす呪いの塊よ? そう簡単に行くものかね?」


「何が言いたい」


「分からんよ、ただいつの世も大事をなす時に犠牲はつきもの。 だから、後悔だけはしないようにな?」


「?? よく分からないが、忠告は覚えておくよ。ありがとうハヤブサ」


「どういたしまして……」


ニヤリと口元を緩めるハヤブサに礼を言い、俺はセッカを連れて医務室を出たのであった。




「セッカ……大丈夫か?」


医務室から連れ出し、俺はセッカを自室まで連れて行く。


セッカの手は未だに震えており、一言も発することなく瞳はただただ虚空を見つめている。


「……」


となりに座る。


何ができるわけでもないし、紅茶でも飲むか? なんてとてもじゃないが声をかけられる気配もない。


だからただそっと、となりにいる……それが正解だとなんとなく思ったからだ。


部屋に立てかけられた柱時計の音が、コチコチと静かに響く。


揺れ動く振り子は、時間を忘れさせてくれるようで。


しばらく俺はその振り子を眺めていると。


「……なぁ、ルーシー」


ふと、セッカはぽつりと俺の名前を呼んだ。


「どうした?」


「……少し、昔語りに付き合ってくれんかの」


「いいぞ」


セッカの願いを、俺は承諾する。


「……記憶すら拙い思い出じゃ。 少し昔、東の大陸のその先にヒノモトと呼ばれる国があった。 伝説の魔物が封じられたその国は、貧しくも平和な場所でなぁ。 大陸の戦争にも無縁で、春になれば桜が色づき、夏には海の青さが輝き、秋には紅葉が、全てが眠る冬でさえも真っ白な雪景色に輝く……そんな静かで綺麗な場所じゃった。 その中を走り回ってそだった我は……うん、きっと幸せ者だったのじゃろうな」


セッカはその景色を……ずっと反芻してきたのだろう。


忘れないように、忘れたくないと願うように、セッカはそう言葉を漏らし。


セッカは首元に巻いていた首飾りを胸元から取り出す。


「……それは?」


「お父様がくれた翡翠の首飾りじゃ……どうじゃ? 下手くそじゃろ」


「え? あぁうん……たしかに。組紐の太さも所々違うし、なんか石も変なところに穴が空いてる気はする」


「ははっ……それな、我の五つの誕生日の時に、お父様が作ってくれた首飾りなんじゃよ」


「え、あ、ごめん」


「謝る必要はない。実際すごい下手くそだしな……我の五つの誕生日に、山一つ買えるだろう翡翠を使って誕生祝いを作ると聞かなくてなぁ。 不器用なくせに一生懸命これを作って、まぁ、お母様には叱られてしょんぼりしておったが……だがなぁ。 手作りの世界にひとつだけの首飾りは、今でも我の一番の宝物なのだよ」


「そっか」


昔を懐かしむように首飾りを握るセッカ。


その言葉や柔らかい表情から、父親が好きだったことがうかがい知れる。


「……だから、だからな。 とても信じられぬのだよ。 お父様が、あの優しかったお父様が国を滅ぼしたなど」


「ハヤブサが嘘を言っている可能性だってある。 あまり思い詰めない方がいいんじゃないか?」


「あぁ、それはわかっておるよルーシー。だけどな……我は少しだけ考えてしまったのだ。

もし、あやつの言っていることが本当なら……そう考えて、思ってしまったのだ」


「……どうおもったんだ?」


セッカは苦しむように表情を歪ませる。


「良かった、だ……。国を滅ぼし、お母様を殺した張本人なのに。我は真っ先に、生きていて良かったと思ってしまった。 使命を果たし……国を滅ぼしたものに罪を償わせる。そう誓い生き残った民を率いてギルド雪月花を作り上げた。 だというのに……一瞬だけでも、我は使命よりもお父様を優先したのだ」


「……父親なんだろ? それは普通のことなんじゃ」


「いいやダメだ、ダメなんだよルーシー。これは裏切りだ、死んでいった民に対する、我を信じてついてきてくれた我が民たちへの裏切りじゃ。 肉親であろうが許されることではない、過去に優しかろうと関係はない、守るべき民を殺した、たとえどのような理由があれど許すわけにはいかぬ……斬らねばならぬ……斬らねばならぬのだ……だというのに」


ポロポロとセッカの頬に雫が伝う。


「セッカ……」


「……なのに……綺麗な思い出が……どうしても消えてくれぬのだ」


「……」


「ルーシー……」


「なんだ?」


「フェリアスの言う通りだ……我は姫などではない。覚悟も使命も何もかもが中途半端な……ろくでなしだよ」


「そんなことない……あんたは、あんたはこうしてみんなを導いてるじゃないか」



「……っそなたは本当に、優しいな。我には本当、もったいない名刀よ」


俺の言葉に、セッカは悲しそうな表情を向ける。


「セッカ?」


「すまぬ……話を聞いてくれと頼んでおいてなんだが……少し一人にしてくれないか」


涙をぬぐいながら、セッカは俺にそう命令をする。


断る理由もなく、俺は無言で頷いて立ち上がる。


「何かあったらすぐ呼べよ……飛んでくるからな」


「あぁ、すまぬ」


「俺こそごめん……もっと、もっと何か言えたはずなのに」


「十分だよルーシー、ありがとう。少し覚悟をきめる時間をくれ」


「うん。無茶はするなよ、セッカ」


最期の言葉にセッカは返事をすることはなく、俺はセッカの部屋を出た。


廊下は静かで……セッカの部屋からは扉一枚を挟んですすり泣くような音が聞こえてくる。


人狼族の耳の良さが憎らしい。


俺は一つため息をついて、その場でセッカが声をかけてくるのを待とうと、その場に腰をかける。


と。


「あれ?」


ふと足元に、フリフリのついたカチューシャのようなものが落ちているのに気がつく。


「これって……」


ふと窓の外を見る。


気がつけば外は土砂降りの大雨。


視界を遮るように絶え間なく落ち続ける大粒の雫。


そんな大雨の中、ひとりの少女が傘もささずにギルドを出て外へと走り去っていくのが見える。


その手には巨大な大剣を持った、メイド服姿の少女。


「フェリアス?」


何をしているのか?


そう問いかけようと窓を開けるが……雨は包み込むようにフェリアスの姿をあっという間に消してしまう。


嫌な予感がした。




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