第32話 黒幕

――――暗い部屋。


ギルド雪月花地下に存在する医務室、そこにハヤブサは横たわり、セッカと俺はハヤブサが目覚めるのをただ黙々と待つ。


「なぁセッカ……」


「……」


戦いからすでに六時間。


気を失ったハヤブサは失血がひどく、さらには治癒魔法による体への負荷のせいか目覚めが遅く、そんなハヤブサをセッカは今にも食らいつきそうな表情で六時間睨み続けている。


心ここにあらず。


まるで魂だけが過去に戻ってしまったかのようで、俺は心配になって再度声をかけた。


「セッカ」


「―――! あぁ、ルーシー……どうかしたのか?」


「どうかしたかじゃないよ。 あんたもう六時間もそこでハヤブサを睨みつけてるんだぞ? 見張りなら俺がしてるから、あんたは少し休んだらどうだ?」


見た目は健康そうなセッカであるが、その表情はくっきりと隈が浮かび、顔色はすっかり青く染まっている。


とても健康体とは言えないその姿に俺は、そう提案をしてみるが。


「いいや、一秒でも早く我の敵の姿を知りたい……気遣いはありがたいが、休むわけには行かぬよ」


こちらに視線を向けることすらなくセッカは俺の提案を却下した。


「……そうか」


凍えるように震える手に、いらだたしげに地面を叩く足元。


一体セッカの頭のなかにはどんな映像が流れているのか。


力になってやりたい……そんな気持ちは芽生えたが。


だけど、あんな表情の人間の心をどうやって溶かせばいいのか。


その答えが出ず、俺はただ黙ってセッカを見守ることしかできない。


人の想いすら、剣で切れたらどれだけ楽なのだろう。


……今にも泣き出しそうなセッカの姿を見ながら、俺はそんなことを考える。


と。


「んっ……なんや、このおっさんの匂い」


そんな言葉を漏らしながら、うっすらとハヤブサが目をさます。


「目が覚めたか」


今にも摑みかかりたいのをぐっと抑え、勤めて冷静にそう当たり障りのない感想を漏らすセッカ。


しかしその想いを全て隠すことは不可能なようで、怖い表情をするセッカにハヤブサはニヤリといやらしく笑う。


「ふっふふふ……いぃ顔するようになったなぁ、セッカはん。いや、セッカ様」


「様?」


急な様付けに俺は首をかしげるが。


その言葉になにかを悟ったようにセッカは嘆息をつく。


「……なるほど、どうして我らのことを知っているのか……そしてどこかで見たことがあるような気がすると思ったら……貴様、見覚えがあるぞ、確かお父様の親衛隊にいた……」


「おや、オタクのゲンゴロウはんは気づいておらへんかったけぇど、セッカ様は覚えてくれはったんか僕のこと。 うんうん、セッカ様の言う通り、僕は昔セッカ様のお父様、ヨタカ様にお仕えさせていただいておりました。【隠れ刀、鷹の爪】が一人、つむじ風のハヤブサ言います。まぁ、表には公開されない特殊な部隊だったけどなぁ」


「なんだ? その、かくれがたなってやつは?」


「隠れ刀、鷹の爪。 まぁ言うなれば各国には公表しない暗躍専門の特殊部隊のことよ。 いざという時のための懐刀……父上は頭ぽやっぽやではあったが切れ者ではあったようでな。国が介入できないような問題や、国の存在が見え隠れするとややこしくなる事案が発生した際に、国の看板を背負わずに秘密裏にことを終える特殊な兵団というのを作って活用をしていたのだ」


「へぇ……それのなにがすごいのかよくわからないけれど、とりあえず国ってのはややこしいってことだけはわかったよ」


「まぁそれだけわかれば上出来であろう。 しかしなるほど……お父様の懐刀であれば、当然国を滅ぼした人間もわかるというわけか」


「まぁ、僕の場合は完全に偶然やけどね。 あの頃はすでに除隊されていた後だったし」


「……どういうことだ?」


「いやぁ、僕が兵士になったのは、ただ単に人と斬り合うヒリヒリした感覚を感じたかっただけで、戦争の一つも起こらないことに嫌気がさして隠れ刀なんかにもなったけど。 戦う相手も弱いし、ちまっちました仕事ばっか押し付けられるからもう嫌になってなぁ、自分からさっさとやめてしまったんよ。それなら辻斬りの一つでもした方がまだ楽しめそうやってうっかり口走ってしまってね……まぁそれ言ったら追い出されてもうたんよ」


「……すっげぇロクでもねえ理由」


「そう言わんといて。 追放されたからこそ、オタクらは村を滅ぼした犯人を知れるんやから」


「……そうだな。 殺人鬼であろうが、なんであろうが我らは賭けに勝利した。もったいぶらずに、我が祖国を襲った犯人の情報を教えてもらおう」


セッカの言葉一つ一つに、大気が揺れ、放電をするようにパチパチと空気が弾ける。


嘘偽りを並べれば首が飛ぶ……いや、ちりひとつ残さず灰にするという覚悟が見て取れる。


だが、その殺気をまるで暖簾のようにハヤブサは受け流すようにくっくと笑う。


「……ふっふっふっふ。 もちろん賭けは賭け、お教えします。せやけど、もしかしたらセッカはんには少し酷な話になるやもしれんよ? それでもええ?」


「構わぬ……我が父、我が母、そして我が国我が民を歯牙にかけた愚か者の名……それを知るためにここでこうして貴様が目覚めるのを待っていたのだからな」


覚悟は決まっている。そういうセッカであったが。


俺は少し嫌な予感がした。


ちらりと横目でこちらを見るハヤブサ……その瞳はまるで【かんにんな】とでも言っているかのよう。


「わかった、わかったよセッカはん。そしたら教えてあげます。 一体誰が狐の尾の封印を解いて、ヒノモトの国を滅亡させたのか……」


「………」


ゴクリと息を呑み、頬から一筋の汗を流すセッカ。


まっすぐとみずからを見つめるその姿に、ハヤブサは一度満足したように頷くと。


「犯人は、ツキシロ・ヨタカ。 ヒノモトの国の王であり、あんたの父親や」


淡々と、まるでそよ風のような告白。


だというのに、聞こえるはずのないプツンという音が、部屋を震わせたのだった。


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