第31話 セッカという少女

「ルーシー‼︎ 無事か?」


壊れた店の中から顔を覗かせるセッカとフェリアス。


勝負はそんなに長引かなかったとはいえ、その表情は不安げで、俺はそんな二人を安心させるように手を振る。


「なんとかなー‼︎ とりあえず、戦いには勝ったぞ」


「そう、それは良かった……さすがはご主人様ね……って、あんたその腕‼︎? すっごいきもい色に変色してるんですけど‼︎? 折れてんじゃないの‼︎?」


「ん? あーそうだな。 多分折れてる。 こいつ意外と馬鹿力でさ、殴られた時にポッキリいっちゃったんだ」


まぁ慣れたもんだとカラカラ笑う俺。


しかしそれにセッカは顔を青くして走り寄って腕をとる。


「馬鹿者‼︎? 腕が折れたのだぞ‼︎ これだけの大怪我で笑うとる場合か‼︎」


「い、いでで、いででで、大丈夫だよセッカ。 一応爪と牙はないけれど俺だって人狼族なんだ。 これぐらい放っておけばすぐ治るよ」


「治るって……」


怪我というものをみなれていないのだろうか?


セッカは何かに怯えるように俺と腕を何度も見比べる。


「そんなことよりも、あのままじゃハヤブサのやつは死んでしまうぞ? 腕一本ぶった切ったから……失血死するまえに治療した方がいい。 せっかく国を襲ったやつの正体が知れるんだ。 あいつに死なれたらそれこそ骨折り損のくたびれ儲けってやつだ」


「む、むぐ……しかし、ルーシー」


「なに狼狽えてるのよ馬鹿ぎつね。 ご主人様の怪我くらいなら私の魔法で十分でしょ? 切れた腕くっつけられるのなんてあんたぐらいしかいないんだから、考えるまでもないでしょうに」


オロオロとするセッカを嗜めるようにそう言うフェリアス。 その言葉にセッカは何か反論をしようと口を開くが。


それすらも出ずに、納得したように頷くと、そのままハヤブサの腕を拾って治癒魔法をかけ始めた。


「どうしたんだ? セッカのやつ」


いつもであったら、あんな狼狽えるような表情は見せず、小憎たらしいまでの余裕綽々の笑顔を浮かべているはずのセッカだが、先ほどの表情はどう見ても何かに怯えるような瞳だ。


「……まぁ、あいつはいつも強がりだから見せないけれども。 正直あれでも普通の女の子なのよ。 国が滅んで、いろんな人の死を見てきたから、人の死には慣れている。 王族であると言う自負が、どんな状況だろうと、どんな危険だろうとあの子を怖気付かせることはない。 だけどね、あの子は自分の身内が傷つく事が、なによりも怖いのよ」


「身内が?」


「ええ……国が滅ぼされた時のトラウマってやつね……たとえ自分の護衛であろうとも、決して傷つくことを許さない。ゲンゴロウが切られたって聞いた時も、あいつああだったでしょ」


「確かに……」


「あいつにとっては、つながりのある人間は全て自分の民であり、家族。その家族を失うことを、あの狐は一番恐れているのよ……だから、護衛である御剣も雇おうとしてなかったの」


「そうなのか……」


「えぇ」


自分が傷つくのは構わない。


だけど自分のせいでだれかが傷つくのはいやだ。


セッカのそんな性根に俺はため息をつく。


「つまり……あいつは自分の命は勘定に入ってないんだな」


「そう言うことになるわね……誰彼構わず噛み付くのは、文字通り死すらも恐れていないから。きっと、悲願のためならば簡単に自分の命すらリソースに焚べる。そんな女なのよあいつ……だから嫌いなの。自分すら幸せできない王なんて、誰が信頼するって言うのよ」


「フェリアス……」


怒りをあらわにするように花を鳴らすフェリアス。


だが、そこにあるのはセッカを哀れむような優しい瞳であり。


俺はセッカを見守りながら、折れた腕を見る。


優しくも孤独な亡国の姫……ゲンゴロウが危惧したように、狡猾で完全のように見えて、今にも壊れてしまいそうなほど危うく脆いセッカという少女。


剣聖のスキルがあれば、あいつの望み通りその身を守るのは可能なのだろう。


だが、それだけでは足りない……なにがかはわからないが、このままではいけないのだと、胸の内でなにかが叫ぶ。


「でも、どうすればいいんだよ」


そんな予感に耳を傾けながらも、俺はそう一人疑問を重ねる。


「……あいつの護衛は本当に大変よ。 ほら、腕見せて」


「あ、あぁ」


そんな俺の悩み事に感づいたのか、フェリアスは俺の腕を取り治癒魔法をかけてくれる。


セッカの放つ魔法よりも確かに数段魔力は劣るものの、たどたどしくも暖かい光に、俺は腕の痛みがひいていくのがわかる。


「まだ痛む?」


「いや、大丈夫。 ありがとうフェリアス」


「いいのよ、ご主人様の体調不良を気遣うのもメイドの仕事だって、読んだ本にも書いてあったわ」


「そうか……フェリアスは優しいんだな」


「へ‼︎? な、なに言ってんのよ‼︎」


「いや、治癒も丁寧だし、セッカにも色々と気遣って……口では喧嘩ばっかりしてるし、粗雑な印象だったけど、本当にフェリアスは優しいよな」


俺の言葉にフェリアスは顔を真っ赤に染め上げると。


「も、もおおぉぉ‼︎ 腕直したくらいで大げさよ‼︎ 恥ずかしいじゃない、の‼︎」


照れ隠しのように腕を振り回し、治癒したはずの俺の腕をばちんと叩く。


その力は当然ゴリラのように強大であり。


――――ポキン。


なんて乾いた音とともに、俺のつながりかけた腕は再度分離をする。


当然、優しいという言葉を撤回したのはいうまでもない。




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