第30話 つむじ風
「なんだよ、別に舐め腐ってなんかないぞ? ただ、あんたに勝つために今思いついた技を使うだけだ」
「付け焼き刃……加えてそれを宣言してから振るうって、あんさん冗談にしちゃ寒すぎや。 その冗談本気でいってんねやったら、即刻バラしたるさかい」
怖い表情で剣を構えるハヤブサ。
だがそれに俺は臆さずに左手で剣を構える。
「本気も本気、大真面目さ。 冗談なんかで命かけるやついないだろ?」
「そうかい……なら、覚悟せいよ?」
その言葉と同時に空気が凍る。
腰を低く落とし、同時に刃の柄に軽く手を添えただけだというのに、ハヤブサから放たれる殺気は何倍にも膨れ上がっている。
それは、俺を殺すことがハヤブサの中で決定したことを告げていた。
だが、それでいい。
「あぁ、だけど当然、あんたも覚悟はできてるよな?」
その心地よい殺気に、俺は少しの興奮を覚えながら、動かない左腕をだらんとたれ下げさえながら、ハヤブサの剣を受ける準備をする。
「とぼけた顔しくさって……なんも知らんようやから、冥土の土産に教えたる。僕の剣技は抜刀術・つむじ風いうてな……斬撃を乱回転させることでだんだんと膨張……最終的には高速の斬撃があたり一帯を飲み込むいわば斬撃の台風を作る剣や。 長年の研鑽と修行の末に行き着いた極地……泥だろうが、肉片だろうがいっぺんも残さず塵に変えてまう……先に言っとく、一度抜かれたら回避なんてできひんからな?」
「抜刀術……」
鞘の中で加速させた刃を相手に叩きつける剣を抜刀する行程すらも戦術に取り入れたいわば剣術の最終到達地点。
その一撃は、数ある剣術の中でも最速を誇り。
その一撃をハヤブサは最大限まで刃を拡散させて放とうとしている。
ギルドの中を切り刻んだその暴風のような一閃は……おそらくハヤブサの言う通り、
抜かせればきっと、その全てを捌き斬ることは不可能で。
放たれればきっと、その全てを回避することも不可能だ。
だからこそ……。
「せいやあぁ‼︎」
俺は銅の剣を、ハヤブサに向けて全力で投擲する。
距離にして約十メートル。
投擲された剣は、ハヤブサの元へ真っ直ぐに飛んでいき、剣を抜こうとするハヤブサの体を貫こうとする。
なりそこないと言えども人狼族。
投擲の腕力は常人のそれよりは強く、投げられた剣は槍のように回転をしながらハヤブサを貫かんと牙を剥く。
抜かせる前に貫く……その意思を込めて狙い放った一撃。
だが。
「甘いわ‼︎」
「‼︎?」
自らへ迫る銅の剣を、ハヤブサは刀を抜かずに刀の柄で銅の剣を弾き飛ばす。
「その程度の速度で、僕の剣を止められる思ってたんなら……これで幕引きや‼︎」
「っーーー‼︎」
銅の剣を弾き、ハヤブサはその回転を殺さずに一回転。
一瞬の溜めの後。
ハヤブサは遠心力を利用し、全力の一撃を抜き放つ。
【秘剣‼︎ つむじ風‼︎】
大地をえぐり、立ち並ぶ家々の壁を切り裂き……大地すれすれを飛ぶツバメが、刃を交わすこともできずに両断され……斬撃はまるで台風のように巨大にふくれ上がり、いずれは正面一帯を全て切り刻み霧散させるのだろう。
その様、これまさに荒れ狂う台風。
回避も防御も許さず、正面にあるもの全てを、その凶刃は切り刻む。
だが……それは斬撃が膨らみ切った後の話である。
「地歪みに、縮地を重ねて……」
人狼族の脚力で、地面を蹴り高速で移動する俺の地歪み。
大地を数回蹴り、同じく高速で移動するフェリアスの縮地。
斬撃の瞬間、俺はそれを組み合わせ……神速の域へと到達する。
初めて思いついた技だが、俺の体は、まるで昔を懐かしむようにあっさりとその歩法を使いこなす。
【歪み三里】
「なっ‼︎? 消えた‼︎?」
高速の剣も台風のような太刀筋も……当たらなければ意味はない。
「やっぱり、その剣……後ろに回られたらなにもできないんだな」
弾き飛ばされ、弧を描き空を舞う銅の剣をキャッチし、俺は背後からハヤブサに声をかける。
「いつの間に後ろに‼︎?」
「どこ見てる、こっちだ」
驚愕をしたように振り返るハヤブサ。
だが俺はそれよりも早く、ハヤブサの背後に再度回り込む。
「なっ‼︎? ど、どこや‼︎」
キョロキョロと顔を動かし、俺の姿を探るハヤブサ。
だが、視界が俺を捉えるよりも早く、俺はハヤブサの背後に回る。
常に背後を取り続けること……それがこのハヤブサの剣を攻略する単純にして完璧な作戦。
「ありがとうなハヤブサ……あんたと戦わなかったらきっと、この歩法は思いつかなかったよ……やっぱ、剣術って面白いな」
「なっ‼︎? なにをわけわからんことを‼︎ 姿を見せぃや‼︎ 正々堂々切り結ばんかい‼︎卑怯者‼︎」
「あんたが言ったんだぞ? 戦いは斬るか斬られるか……今回はただ、あんたが遅すぎた、それだけだ」
「な、なっ‼︎なんやてえええぇ‼︎」
ヤケクソ気味にハヤブサから再度放たれるつむじ風。
だが、刀が抜き放たれるよりも早く、正面から俺はハヤブサの右腕を切り落とす。
「なっ‼︎?なあああぁ‼︎? 僕の、僕の腕があぁ‼︎? あ、あんさん一体何者なんや‼︎」
ぼとりと言う音と共に、悲鳴に近い絶叫をあげるハヤブサ。
「……想像が及ばないか? だったらここで幕引きだ」
戦意喪失をしたように叫ぶその男に、俺は刃を返して一撃を叩き込む。
脳天に放つ唐竹割り。
それによりハヤブサの意識は途切れ、勝負は幕引きとなったのであった。
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