第36話 御剣の重み
「……命に別状はありません、急所は外れています。 ですが……急所以外の全てを切り刻まれています。 おそらく、二日は目を覚まさないかと」
ゲンゴロウの死体と、目を背けたくなるほどに切り刻まれたフェリアスが発見されたのはその日の夕方。
打ち捨てられるようにギルドの前で倒れていたフェリアスとゲンゴロウに、ギルドは一時大混乱となった。
ゲンゴロウはすでに生き絶えており、フェリアスも全身血だらけの重傷であったため、ギルド雪月花の医療術師の言葉に、俺は安堵の息をつく。
「そうか……そっちはお願いしていいか?」
「ええ……これから王国から召集を受けた医師団が来る予定ですので、ご安心を」
「ありがとう」
「あと、これを」
「これは?」
「フェリアス様の手に……綺麗に血をぬぐわれた状態だったので、おそらく何者かが握らせたのだと」
「そうか……」
受け取ったくしゃくしゃの紙を開いて俺は中身を確認する。
赤く滲んだ字。
これはフェリアスのものか、それともゲンゴロウのものか、紙には短く。
『……ヨタカより、呪いを込めて』
そう書かれていた。
それは、ハヤブサの言う通りセッカの父親がセッカの村を滅ぼしたのが事実であることを告げており、俺はそれを握りつぶしてゲンゴロウの眠る地下の一室へと歩いていく。
なにもない部屋、今は遺体安置室となったその場所。
ノックをすると、誰もいない廊下に大げさな音が響き渡った。
当然返事はない。
「……セッカ、入るぞ」
そう一言断って中に入ると、そこには目を静かに眠りにつくゲンゴロウと、そばに寄り添いゲンゴロウの手を握るセッカの姿。
「フェリアスの方は、命に別状はないみたいだ」
「そうか……」
「……その、フェリアスが、犯人のかいた手紙を持ってたんだけど……その」
「読まんでもわかる……ヨタカなのだろう?」
「……あぁ、うん」
「そうか……」
「……………」
静かに、しかし悲しげにセッカはそう短く呟くと、そのまましばし口を閉じる。
沈黙が永遠に感じる。
「……なぁ、セッ……」
「のぉルーシー。 なんで人っていうのは、こうも簡単に我の前からいなくなるのだろうな」
「……セッカ」
虚ろな瞳のまま、静かに眠るゲンゴロウの手を握るセッカ。
暴れる力も、泣くだけの体力ものこされていないのか。
憔悴しきった表情で手を握るセッカはひどく幼く、脆く見える。
「こやつはな、約束してくれたのだよ。 お父様とお母様が死んだと告げられた日からずっと一緒にいると、そばにいると約束をしてくれたのだ。 そりゃ、四六時中べったりって訳ではないが……。 ギルドを建てる前、家に帰れば必ずこやつがいた。 ギルドを建てた後も、いつ帰ってもこやつはギルドで我を迎えてくれた。 辛く当たっても、喧嘩しても……あぁ、こやつだけは本当に馬鹿みたいに我を愛してくれたのだ……それこそ、それこそ本当の……お父様みたいに。 それなのに何で……なんでこんな……」
「セッカ……」
震える肩……。
しかし枯れ果てたかのように涙はセッカからは流れず。
「………………許さぬ」
「え?」
代わりに、呪いがこぼれ落ちる。
「あぁ……最初から迷った我が悪いのだ。 情などに流されず……ハヤブサに真相を聞いた時に、迷いなどせずに斬る覚悟を決めておれば……フェリアスも傷つかず……ゲンゴロウも死ぬことはなかったのだ」
なにかを踏み外す音がする。
だがその何かがわからない。
セッカはたしかに、道を踏みはずそうとしているのに。
剣である俺はそれを止めることができない。その覚悟を否定することができない。
『姫さまが道を誤った時。 それを止められるものが御剣であればと、そう思っていたのだ』
その言葉の意味をようやく知る。ずしりと、錆びた銅の剣が重みを帯びる。
「なぁセッカ……」
「殺す……。 憎しみを持って殺す、我が……我があの男を、殺すのだ」
止まらない。
そしてその姿に。憎悪に、悲しみに、怒りに、叫びに。
『復讐なんてやめておけ』
なんて軽薄な言葉は浮かびすらしない。
「ごめん……」
小さく呟く。
セッカはとまらない。
静かに眠るギルドマスターの表情が、どこか悲しげに俺に映る。
「……命令だルーシー……いいや我が御剣よ……我が怨敵。 国を脅かし、全てを奪った男を……このゲンゴロウの剣で、憎しみを持って斬り殺せ‼︎」
ごめんフェリアス……ごめんゲンゴロウ。
「……わかったよセッカ。 あんたの剣として、俺はツキシロヨタカを斬るよ」
やっぱり俺じゃ、セッカの悲しみを止められない。
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