第14話 もらわれに来たわよ

セッカと共にギルドに戻った俺は、ギルドの食事処で夕食をとる。


夜のギルドは冒険を終えて戻ってきた人たちでいっぱいで、お酒の匂いと美味しそうな料理の香りが辺り一面を埋め尽くしていた。


かくいうセッカも、フェリアスとの勝負に勝ってご機嫌なのか、鼻歌を歌いながらトックリで酒をラッパ飲みしており、俺はそんなセッカに呆れながら出された干し肉のかけらをつまむ。


温泉のお陰で体の疲れは抜けたとはいえ、思えばあっちこっちを行ったり来たりしたせいで、ヘトヘトだ。


「はぁ、今日はなんだか色々とあったせいかな、疲れたよ」


「うむうむ、今日は其方大活躍であったし、あちこち連れ回してしまったからの。 疲れるのも無理はない……前の村の奴らよりも我、こき使ってたかの?」


少し不安げに問いかけてくるセッカ。


たしかに、今日1日で色々なことに巻き込まれた。


だが、温泉での休息もあったし、村に比べたら肉体の疲労は大したことはないため、首を振ってそれは否定する。


「体じゃなくて気疲れだよ。 おっさんには絡まれるし、いきなり決闘させられるし、結婚とか騒がれるし」


「温泉で溺れるし?」


「掘り返すなよセッカ」


「すまぬ、今のはいじわるが過ぎたな、許せ」


「本当だよ……まったく。それで、見事にフェリアスとの勝負に勝ったわけだけど。働きぶりはお気に召したか?」


「うむうむ‼︎ 百点満点中百二十点よ‼︎ あの憎っくきフェリアスをあそこまでコテンパンにしてみせるとは想像以上といったところよな‼︎」


「それは良かった……だけど、よくもまあいきなり俺をフェリアスと戦わせようと思ったよな。 負けたらどうするつもりだったんだよ」


「アホゥ。 むしろフェリアスだから安心して最初にお前と戦わせられたのじゃ」


こつんと俺の額を小突くセッカ。

俺はそれに首をかしげる。


「どういうことだ?」


「あやつはアレでも一国の姫。 ゴリラみたいな馬鹿力だが、どれだけ怒らせようが人殺しはしない。 だから仮に負けても其方を失うという最悪の自体は避けられる」


「負けるって可能性も考えてはいたんだな?」


てっきり何も考えずに俺は勝負を挑んだものとばかり思っていたが……。


とは言わなかったが、顔に出ていたのだろう、セッカは少しむくれ顔で俺を睨みつけて口を尖らせる。


「当たり前であろう。其方はたしかに剣聖だ。 目に見えるものは全て断ち切る絶技を有している。 だがそれだけだ、戦いとは技術だけではない。 読み合い、騙し合い、裏をかき、ねじ伏せる。 狩りでは、うさぎは狼を狩ることはできぬが。死合においては、気を抜けばウサギとてたやすく狼の首を食いちぎる……其方も感じたのではないか? 真剣勝負というものの重圧を」


「……あぁ。そういう意味では、俺は素人もいいところなんだな」


「そういうこと。 だからこそ、リスクが低く……わかりやすい相手を選んだ、それだけよ」


そのわかりやすい……という言葉にはどこか、信頼という表現が見て取れる。


喧嘩するほど仲がいいというが、何だかんだ二人の関係は良好なのかもしれない。


「でもさ、負けたら奴隷になってたんだろ? それは良かったのか?」


「命取られるよりかはマシであろう。奴隷になったところで何だかんだあやつ単純だから、簡単に抜け出せるだろうし。 ノーリスク、ハイリターンということよな」


なんとなく二人のパワーバランスが見えてきたような気がする。


腕力や戦いにおいてはフェリアスに軍配が上がるが、騙し合いや、舌戦、読み合いなどではセッカの方が一枚も二枚も上手のようだ。


戦い方は一つではないとはいうが……あの口喧嘩の中にも色々な戦いが繰り広げられていたのかと思うと、俺は少し頭が痛くなる。


「セッカはすごいな」


「ふっふーん、其方ほどではないがな。 まさか入団初日で尾を三つも手に入れたのだから。これほどの戦果はないであろうよ」


「……三つ? 賭けていた狐の尾は一つだけだろ?」


「何をいうか、あのものは其方の伴侶となりうちのギルドに転籍するのだ。なれば我が手中に収まったも同然ということよ」


「あんたもしかして、奴隷になるとか言い出したのも」


「あやつは負けず嫌いじゃからな、賭けの対象も結構張り合ってくるのよ……くくく、しかし姫が奴隷とは、少しはもの考えて行動しろっつーの、ぷーくすくす」


「……あんたも姫じゃなかったっけ」


結局似た者同士なんだなという、どうでもいいことがこの時判明した。


「しかし、この二日で尾が四つ……好調とかいうレベルではない。五本目の目星もあらかたついておるし、うむうむ、其方と出会ってからいいことづくめじゃな」


「ふーん……」


上機嫌に酒をラッパ飲みするセッカに適当に相槌を打っていると。



「ん……あれ? なんか揺れてないか?」


ふと俺は、カタカタと机が振動していることに気がつく。


「地震か? 我の国では珍しくはなかったが、この国で地震は初めてじゃな」


徳利を抑えながらセッカは冷静にそういうが。


食べ物の匂いに混じり近づいてくる匂いが、この揺れが地震ではないことを悟る。


「……いや、これ地震じゃないぞ」


「なに?」


「何か巨大なもんが近づいてくるというか……この嗅いだことある匂い、ドラゴンだ‼︎」


「なっ、ど、ドラゴンじゃとおぉ‼︎?」


俺の言葉にセッカは慌ててギルドをとびだし、俺も慌ててセッカを追いかける。


と……そこには街の道を埋め尽くすほどの巨大な白龍がこちらに向かって進撃をしている最中であり。


「にょ、にょわあああああぁ‼︎? なんじゃあれ‼︎ なんで街中にドラゴンいるの‼︎? こっち向かってきとるの? しかもホワイトエンシェントドラゴンって、頭いいぶん下手したら魔獣塊よりも厄介なやつなんじゃが‼︎?」


「お、落ち着けよセッカ、危ないから少し下がってろって」


「ええい、リドガドヘルムの防衛隊はなにをしておるというのじゃ‼︎ というかこんな町の奥までドラゴン来てるのになんで誰も警鐘とかならさんのじゃあ‼︎ 防衛下手くそかこの国は‼︎」


「だから落ち着けってセッカ‼︎ よく見ろよ‼︎」


「ふえ‼︎?」


半べそをかきながら駄々っ子のように道端で泣きわめくセッカを俺はなだめて、俺は白龍の頭の上を指差す。


白龍の頭の上には、つい数時間前に戦ったフェリアスの姿。


先ほどまで地団駄を踏んでいたのが嘘かのように、清々しい……。


というよりかはふてぶてしい表情を携えながら、街全体を揺らしながらギルド雪月花の前までやってきて、ひらりと俺たちの前に着地をする。


衣装は白と黒のメイド服姿……律儀なやつだ。


「貴様‼︎ こんな夜更けにこんな馬鹿でかいドラゴン連れてくるやつがあるか‼︎? なんなのじゃこいつは‼︎」


「我が王家を代々守護する守り龍よ? 今日は護衛というよりも私の荷物を運んでもらっただけなんだけど」


「国の守り龍を宅配がわりに使うバカがどこにおるんじゃ‼︎」


「守り龍にびびって半べそかくよりかはマシだと思うけれど。 そんなことよりルーシー‼︎」


「え、あ、はい‼︎」


不意に名前を呼ばれ、俺はついつい姿勢を正すと、フェリアスは満足げな笑みをこぼし。


「約束通り貰われに来たわよご主人様‼︎ 覚悟しなさい‼︎」


そう高らかに宣言をした。


俺はこの時初めて、胃がきりりと痛む音を聞いた。

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