第15話 正妻決闘



「で、まさか嫁入りするとは言ってたが、その日のうちにやってくるとはな」


「兵は神速を尊ぶ。 何事も行動は迅速に、それがリドガドヘルム家の家訓だからね」


「前から思ってたんじゃが、家訓多すぎないか? 其方の家」


「王族としては普通よ。あんただって、国が滅ぼされなきゃ同じように家訓に縛られる人生送ってたはずよ?」


「どうだかなぁ、父上も母上も記憶の上ではぽやっぽやしてたからのぉ」


ギルドの人間たちに遠巻きに見守られながら、俺、セッカ、そしてフェリアスの三人はギルドの食堂で酒を酌み交わす。


本来であればフェリアスはこの国の王族、個室へと案内するのが普通なはずであり、セッカも初めは個室へと案内しようとしていたのだが、それを固辞したのはフェリアスの方だった。


曰く、市井の生活も見ておきたいとのことらしく。


断る理由もないのでこうしてギルドにて自分たちの席に招いてフェリアスと夕食をとることになったのだ。


「でも私も驚いたわよ。 こんなデタラメな強さした剣豪どこで捕まえて来たのセッカ? あの一撃、お父様も腰抜かした私のとっておきだったのに、あっさりぶった切っちゃうんだもの」


「かかか、なに、近くの人狼族の村でひどい扱いを受けていたのでな、優しい我が助け出してあげたと言うわけよ」


「嘘くさ。ねえ、あんた……じゃなかった、ご主人様。 実際のところはどうなの?」


意外とさっぱりとした性格なのだろう。 てっきり敵意むき出しでやってくるのかと思いきや、気さくに話しかけてくるフェリアス。


竹を割ったような性格……とでも言うのか、懐が広いのか。


栗色の癖っ毛を耳にかける仕草は、セッカとはまた違った意味で大人っぽく、お姉ちゃんという言葉がよく似合いそうだ。


「えーと。 森でセッカが魔獣塊に食われかけてるのを助けたら、恩を仇で返す形で嵌められて村から追い出され、そのまま行き場をなくしたところを拾われた。が正しいかな」


「うっわ、げっす」


「ば、ばばば、バカもん‼︎? それ言う奴があるか‼︎ それじゃ我が悪い奴みたいじゃないか‼︎」


「なんだ、自覚なかったのか?」


「にょ、にょわ‼︎? いや、確かに其方にはちょーっとばかり悪いことしたなと思わないこともないけれど、でもでも、あの人狼族の村にずっといるよりは良かったって其方も言っておったではないかー‼︎」


「まぁ、結果としてみればそうだけど、アプローチの仕方に問題があるといっているんだ。あの村であの扱いなんだから、他にもっとやり方あったんじゃないか?とは思うよ」


その方法を提示しろと言われると、頭が悪いので出来ないが、少なくとももっと穏便に済ませる方法はあったはずだ。


別に村で必要とされていたわけでもないし。


「で、でもでも、コストゼロでノーリスクでハイリターン叩き出せたのじゃし。契約書とか作る手間も省けたし……もっとも効率良いやり方ではないか」


しょぼんとした表情で当たり前のように下衆発言をするセッカ。


何が恐ろしいって、その発言を可愛らしい上目遣いで言うという点だ。


見た目とのギャップのせいでセッカの異常性がこと更に際立っている。


端的に言えばドン引きした。


「うわー出た出た。 気をつけてねご主人様。 こいつはね、何でもかんでも効率でしか物事を考えない人でなしだから。 人生いつでもハードモードでタイムアタック。余裕のカケラもなくていっつも人を利用することしか考えてなくて、人の心って奴を勘定に含んで行動をしないの」


「何をー‼︎ そんなことないじゃろ‼︎? ルーシー、反論してやれい‼︎」


「ごめんセッカ、反論どころかフェリアスに全面的に同意をせざるをえないよ」


「なんじゃとー‼︎? 貴様どっちの味方なのじゃ‼︎」


「正しい方の味方……かな」


「むきー‼︎ 浮気もんめー‼︎」


腹をたてるように尻尾と耳を逆だてるセッカ。 酔っ払っているのかその頭には狐火を二つ三つ浮遊させながら、スルメにかじりつく。


「……ご主人様も大変だねぇ。 ねえねえ、今からでも遅くないからさ、私と来ない?

こいつと違って無茶言わないし、王家にあんたぐらい強い奴が婿に来てくれるなら、お父様も反対しないと思うし、こんなちっぽけなギルドよりはるかに高待遇で迎えてあげるよ? どうせ結婚するんだし、それなら王様になった方が絶対にいいと思うんだけど」


「お、王様‼︎?」


「そ、王様。 これ以上の高待遇、なかなか用意できないよ?」


「た、確かに……」


「あっ‼︎? こらゴリラ女‼︎ うちのルーシーを誘惑するでない‼︎ ルーシー、まさか行かないよな? なぁ?」


涙目で情に訴えかけてくるサイコパス。


おかしいな、対比物のせいでフェリアスが理想の雇い主みたいに見えてきた。


だけど……。


「ごめん、すごい嬉しいんだけど、少し待てるかなその誘いの返事」


「あら、どうしてよ? 待遇足りなかった?」


「いや……ちょっと王様ってスケールが大きすぎる。俺昨日まで奴隷みたいな扱いだったわけで、実感がわかないと言うか。 それに、まだこっちのギルドのことも知らないのに他の場所のことなんて考えられないよ」


「ふぅん、セッカと一緒にいるから結構打算的な男かと思ったけど、真面目なのね」


「臆病なのと、頭が悪いだけだ。 ろくな教育も受けてないし、本は沢山読んだけど、テーブルマナーっていうのは文字の上でしか見たこともない」


「なるほどね……なんだかますますあんたが欲しくなってきたかも」


「今のどこに欲しくなるような箇所があったんだ?」


「ふふっ、赤子の無垢、聖人頭を垂れる……よ?」


「なんだそれ?」


「子供のように純粋で正直者な所が気に入ったって言ったのよ。 それよりも、私とルーシーの部屋は用意できてんでしょうねセッカ?」


含み笑いを浮かべながら、フェリアスはそうセッカに問いかけるが。


面白くないと言った表情でセッカはジロリとフェリアスを睨む。


「なにをアホなこと抜かしておるかゴリラ。 ルーシーは我の剣だぞ? 剣が我の傍におらずにどうするというのだ……ルーシーは我の部屋で寝泊りをすることになっておる」


「あらそうなの、死ぬほど嫌だけどそれなら仕方ないわね……私もあなたの部屋を使わせてもらうことにするわ? 夫婦は寝食をともにするものだもの?」


「んなっ‼︎?」


ニヤリと笑うフェリアス……その瞳は俺と一緒にいたいから……とかそういうのではなく。


ただのセッカへの嫌がらせであることを告げており、当然のことながら二人は言い争い、果ては酔っ払い特有のじゃれ合うような取っ組み合いへと発展する。


俺はそんな二人の様子を眺めながら。


あぁ本当この二人……似た者同士だなぁ。


なんて感想を漏らした。




「で、これどういう状況?」


セッカの部屋に置かれている、セッカの体にはあまりにも巨大すぎるベッド。


その真ん中に俺は仰向けで横になり。


その右腕をフェリアス。左腕をセッカが枕にするようにして横になっている。


「見ての通り、腕枕よご主人様。両手に花、しかも二人とも王族だなんて、光栄に思いなさい?」


「いや、確かに状況だけ見れば身に余る光栄なんだろうけど。 花はないんじゃないか? いくら身に余るといっても、このままだと花を持ってるだけじゃ絶対に溢れないようなものが溢れるぞ?」


「溢れるって何がよ?」


「血」


「物騒ね」


「そう思うならその殺気を抑えてくれよフェリアス……セッカも。姫さまを腕枕って言えば字面はいいかもしれないが、気分的にはギロチンに腕を差し込んでる気分だ」


「ふん、仕方なかろう? 我は大海のごとき器の広さを持つ故、セッカの右半分と眠ることまでは許してやったが。 敵であることは変わらぬ。与えた領土を侵犯せぬように常に気を張っているのじゃ」


おいこいつ今領土って言ったぞ。


和平交渉のために割譲されたのか俺は。


「なにが大海のごとき器の広さよ。 関節決められて泣く泣く承諾したのはどこの誰だったかしら?」


「記憶の捏造はよくないぞフェリアス? 我のヘッドロックに先に音を上げたのは貴様の方じゃっただろうに‼︎?」


ちなみに真相は、互いに技を掛け合った状態でほぼ同時にギブアップを宣言したというのが正解だ。


本当はすごい仲良しなんじゃないだろうかこの二人。


「いい加減にしてくれ二人とも、まさか俺を挟んで朝まで言い争いを続けるんじゃないだろうな? 人狼族の村でも眠らせないなんてひどい扱いを受けたことはなかったぞ?」


「む、むぐぅ」


もちろん嘘だ。


盗賊が襲ってきた場合は、警戒も兼ねて一週間寝ずの番をさせられたこともあるし、仕事を失敗した時は三日睡眠禁止の懲罰を受けるなんてざらなことであった。


そのため一日程度眠らなくても問題はないのだが。


これが毎日続くのもうんざりであるし。


何より、生まれて初めて体験するベッドでの睡眠という好奇心が俺にそんな悪知恵を授けてくれたのだ。


もちろん嘘をつくのはいけないことだ。


だがこんなことセッカが知る由もないし、こう言ってしまえばセッカは逆らうことはできない。


俺がこのギルドに入ったのは待遇改善を約束されたから。


つまりは人狼の村にいた時よりも待遇が悪くなるようならばそれは約束を反故にされたことになる。


当然それはフェリアスにも言えることであり、二人はその言葉に大人しくなる。


「……む、むぅ。 まぁ確かにルーシーの言う通り、このままでは埒があかぬ。今日のところは一時休戦とするか」


「そ、そうね……寝不足はお肌の敵だって言うものね」


「うんうん、夜はしっかり寝るものだ……おやすみ二人とも」


「むぅ……お休みじゃ、ルーシー」


「おやすみなさい、ご主人様」


二人は俺の腕に頭を置き、互いに顔を合わせないようにそっぽを向き、あかりを消す。


静かになったセッカの部屋。


暗闇に身を投じると、途端に存在感を主張し始めるのは、酔ってしまいそうなほど甘く優しい香り。


瞳を閉じれば感じるのは枕の柔らかい感触。


右腕に伝わるフェリアスの絹のようなすべすべとした髪の毛と、左腕に伝わるセッカの綿毛のようにふわふわとした髪の毛の感触。


俺の腹部に乗っているのはセッカの尻尾だろうか。 ふわふわで暖かい。


おまけに、ベッドは俺の体に合わせて沈むようで、なんだか背中から抱きしめられているよう。


多幸多福。


本で読んだことはあるが、理解することができなかったその状況に、俺は抗うことなどできるはずもなく。


自分でも驚くほどあっさりと、深い眠りに落ちていくのであった。


幕間―


「ルーシーは寝たか?」


「みたいね……すごいいい寝顔してる」


その後、スヤスヤとルーシーが寝息を立て始めた頃、セッカとフェリアスの二人は起き上がり睨み合う。


「まさか、あれでおいそれと引き下がるわけあるまいな?」


「もちろん、ここではっきりどっちが上か白黒はっきりさせるわよ」


ルーシーを起こさないように小声で火花を散らす二人は、ベッドを抜け出すと寝間着のまま部屋にある机と椅子に向かい合って座る。


「……ルーシーを起こしては意味がない、不満はあるが取っ組み合いはなし……純粋な飲み比べで雌雄を決しようではないか」


そう言ってセッカはベッドの下から【八塩折(ヤシオリ)】と書かれた酒を取り出しグラスに注ぐセッカ。


「当然よね。深夜を騒がす女に良妻なし、ってやつよ」


それに対しフェリアスは望むところと言わんばかりに、なみなみと注がれたグラスを受け取り、一気に飲み干す。


「……前々からおもってたんじゃが、其方のそのことわざ、一体なんなの? 毎度毎度聞いたこともないんじゃが」


そんなさまを見ながら、セッカはふと浮かんだ素朴な疑問を投げかけると。


「もちろん自作よ?」


フェリアスは空になったグラスを机の上に置き。


自慢げにそう言う。


二人の夜はこうして、とっぷりとふけていくのであった。

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