第13話 決戦凍氷

【アイシクルニードル‼︎‼︎】


セッカの掛け声と同時に、俺の目の前に突如巨大な氷柱が襲いかかる。


「なっ‼︎?」


奇襲に近いその一撃。


てっきり剣と剣での戦いだと思っていた俺は完全に不意を突かれ、危うく串刺しになるところをすんでのところで回避する。


「 ……ほぉ、御剣を名乗るだけあって、今のを躱すとはたいしたものね」


意外、という表情を見せるフェリアス。


巨大な氷柱は森をの木々を数本なぎ倒し霧散したが、今のは小手調べだったのだろう。


回避されたというのに、フェリアスは特に慌てる様子もなく剣を構え直す。


「あんた、剣士じゃないのか?」


「ええもちろん……剣士よ?」


一瞬、空間が揺らいだような感覚がし、五メートルほど離れていたはずのフェリアスが眼前に躍り出る。


「っ‼︎? はやっ」


「チェストおおおぉ‼︎」


掛け声とともに放たれる上段切り。


俺はそれを銅の剣でかろうじて受け止めるも。


「続けていくわ‼︎ 高鳴りなさいバルムンク‼︎」


「なっ‼︎?」


剣より不意に現れた黒い影……それが何かを呟くように詠唱し、同時に俺の目の前に先ほどと同じ氷柱が出現する。


「ぐっ‼︎?」


慌てて回避をするも、肩口を氷が掠める。


「なるほど、剣士は剣士でも、あんた魔法剣士か」


「ご名答。 そういうあなたは何者? 構えもめちゃくちゃ、剣の振り方に至ってはてんで素人……だっていうのに、私の攻撃を二度も回避した上に随分と冷静じゃない」


「そんなことはない、十分驚いてるぞ? 剣から魔法が飛び出してくるってことだけでも驚きだし、さっきの踏み込み、あれすごい発想だな。地面五回ぐらい連続で蹴ってただろ」


人との斬り合いというのは初めてであり、思えば剣術なんてものを学んだことのない俺にとっては、こういった技術はまさに驚きの連続だ。


「あの一瞬で縮地を見切るとはね、なるほど、戦い慣れてるといったところかしら? ふむさしずめどこぞの有名な剣闘士って言ったところ? どう? あたりでしょ、私これでも結構推理には自信が……」


「いや、全然違うけど」


「え、違うの?」


顔を赤くするフェリアス。


その様子を見て、後ろでセッカが盛大にふきだした。


「ひっ……いひひ、剣、剣闘士……見たかルーシー今の自信満々な顔‼︎?くくく、くふふふ‼︎ す、推理力には自信がって、ぷーくすくす‼︎」


楽しそうに背後でゲラゲラ笑うセッカ。


性格悪い。


「わ、笑うなアホ狐えぇ‼︎ あぁもうムカつく‼︎ あんたもなんなのよ、当たってなさいよ‼︎」


「そんな無茶苦茶な……あんたが勝手に自信満々に間違えただけだろうに」


顔を真っ赤にして怒るフェリアス。 地団駄を踏んで剣にさらに魔力を込める。


「もう頭きた‼︎ 氷漬けにしてあんたなんか城の前にかざってやるわ‼︎ バルムンク‼︎」


怒声とともに、少女の持つ剣より何か得体の知れないものが浮かび上がる。


それは狐の尾のようにも、龍のようにも見える影。


「さっきも見えたけど、なんだあれ」


「あれが、狐の尾。 形なき膨大な魔力の塊は、ああして何かに取り憑いて力を発揮する。

飲み込まれれば魔獣塊のような泥と化すのだが……あぁ、非常に気に食わぬし、認めたくはないのだがな、あのフェリアスという女は、その狐の尾を三本も保有してなおその力を御しきれておる」


「三本‼︎? あいつ狐の尾を三本も保有してるのか?」


「まぁ国の王女だからな、金で買うなり国家権力で巻き上げるなりが大半だから安心しろ。それに、残り二本は今日は持ってきておらんよ、三本同時に操るのはあの女には不可能だ。一本だけでも化け物並に強いしの」


「さっきから随分と好き勝手話してくれてるわねセッカ……たしかに金で買ったものもあれば、お父様に頼んで譲ってもらったものもあるわ……だけどね、最初の一本。 この剣に宿った狐の尾だけは、紛れもなく私が魔獣塊を倒して手に入れたもの。それは目の前で見ていたあんたが一番よく分かってるはずよ? えぇ、地団駄踏みながら悔しがってたものねぇあなた」


「横から掠め取ったくせに何を偉そうに」


「掠め取った? 命を救ってあげたの間違いでしょ? あのままやってればあんた間違いなく死んでたわよ」


「死にませんー‼︎ あそこから反撃する予定だったのじゃー‼︎」


戦っているのは俺のはずなのに、なぜか舌戦をまた繰り広げ始める二人。


もう俺関係なく二人でやり合えばいいんじゃないか?


「まったく、口の減らないアホ狐め……これでさっさと終わらせてやる‼︎」


苛立つような表情を浮かべながら、剣を地面と水平に構えるフェリアス。


「あんた、言っとくけどこれ食らったら死ぬからね?」


最後の情けだろうか、フェリアスはそう俺に告げる。


「忠告だなんて優しいんだな。ありがとう」


俺はそれに感謝の言葉を述べるが。


口に出した後にそれは「違う」と理解する。


「……バカね、これは忠告じゃなくて、ただの【死刑宣告】よ」


ぞわりと背中に悪寒が走る。


いや、実際にその場の気温が下がっている。


「なんだ、あれ」


冷気に指は弛緩し、春だと言うのに台地には霜が下りる。


だが、恐ろしいのはそこではない……。


フェリアスの持つ剣の周りに氷柱のように氷が伸びていき。


気がつけば五メートルは優に超えるほどの大剣がいつのまにか出来上がっていることだ。


一体どれほどの魔力を注ぎ込めばそんなことができるのか。


そしてなにより、どんな鍛え方をしたらあれだけ巨大な氷の塊を地面と水平に構えていられるのか。


「相変わらずの馬鹿力よな……思い出すだけでおぞましいわ。気をつけろルーシー。あの女は魔獣塊と戦った時にな、素手でその核を引きちぎったのだ」


「ひきっ……」


なんつー馬鹿力だ。


「重さこそ破壊力‼︎ 怪力こそ無双‼︎ それが我がリドガドヘルム家絶対の真理‼︎ 九尾だろうが厄災だろうが、そんなもの私がこの手で従えてみせる。防げるもんなら防いで見なさい‼︎」


巨大なリーチに、鈍器のように太く膨れ上がった氷の塊を前に逃げ場はない。


何より背後にはセッカがいるため、一人で逃げることも許されない。


さらに最悪なことを付け加えれば、構えこそ違えど足の運びから察するにフェリアスの奴、あれだけ巨大な剣の塊を持ったまま【縮地】で突っ込んで来ようとしている。


「――ッ‼︎?」


弛緩した指に汗が滲み、心臓が早鐘を打つ。


選択を一つ間違えば死。


戦争や、狩りとは違う。


これが、真剣勝負というものなのか。


「くるぞ‼︎ ルーシー‼︎」


「はっ‼︎」


セッカの声と同時に、フェリアスの体が消える。


【喰らいなさい‼ 決戦凍氷‼︎】



「にょ、にょわあああああぁあああ‼︎」



神速の踏み込みから放たれる、氷の塊による大破壊。


木々をなぎ倒し、踏み込んだ力により大地がめくれ上がる。


まさにめちゃくちゃな一撃。


だが、言ってしまえばそれは氷の塊で殴りかかってくる。


それ以上のことは起こらかった。


だから。


「なんだ……だったら切れるじゃん」


俺は銅の剣を抜いて、真正面からその巨大な刃を真正面から受け止める。


もっと、刃を屈折させたり、あの巨大な斬撃が複数に拡散されるとかいう技であれば防ぎようもなかったが。


それがただの氷の塊ならば切るのはたやすい。


【断空‼︎】


逆袈裟に放つ一閃……拡散はさせず、鋭さを高めた刃により、氷の塊を両断。


作業に近い行動であったが、両断された氷は左右に分かれ、俺とセッカをすり抜けるように木々をなぎ倒しながら森を転がっていく。


「セッカ……無事か?」


「し、死ぬかと思ったのじゃ」


すっかり腰を抜かしてしまっているのか、セッカは地面に尻餅をついているが別段怪我はなさそうで、俺は安堵してフェリアスへと向き直る。


フェリアスは驚愕をしたようにぽかんと口を開けてこちらを見ていた。


「……バカな、あんた一体何をしたの‼︎?」


「何って、ただ氷の塊を切っただけだぞ?」


「切ったって……あんなでかい氷の塊、そんな錆びた剣でどうやって?」


「どうやってって……鋭さ釣り上げて、長さが足りない分は斬撃を飛ばしただけだ」


「鋭さを釣り上げる? なによそれ」


「なにも難しいことじゃない。 剣っていうのは振り方や切り方で切れ味が変わるし、ものにだって切れやすい場所がある。 それさえ見極めることができれば、この世界に切れないものなんて存在しなくなる。錆びた銅の剣でも空間ぐらいは切れる」


「……え、なに言ってるのこいつ」


「要はあんたは、剣術も魔法も両方中途半端ってことだ」


「なっ‼︎? なんですって‼︎? なめんじゃないわよ‼︎」


怒りをあらわにするようにフェリアスは一度俺から距離を取り、再度狐の尾を使って氷の刃を作ろうとするが。


「何度やっても同じだ」


俺はその氷を、斬撃を飛ばして削ぎ落とす。


「うそ‼︎? これだけ離れた距離で、どうやって」


「そもそも、あれだけ巨大な剣なんて作る意味がない。 斬撃なんて、見える範囲ならどこにだって飛ばせるもんだ。 使えないみたいだから見せてやるよ、縮地のお礼だ」


そう言って、俺は剣を構え、顔と腕だけを人狼変化する。


羊の毛を刈った時と同じ拡散する斬撃……それを今度は視界に映る範囲全てに放つ。


出来るだけ遠く、視界は広く。


爪や牙はないが、変化した腕は常人よりも早く剣を振るうことが可能で。


研ぎ澄まされた嗅覚は視界よりも広く世界を捉える。


【我流・大演爪(だいえんそう)‼︎】


匂いを嗅ぎとれる範囲全てに斬撃を飛ばす。


拡散する斬撃は、その空間全てを覆い尽くすように無数に弾け。


「なっ‼︎ きゃっ、きゃあああああぁ‼︎?」


フェリアスの服と剣だけを狙って切り刻む。


逃げ場はなく、防ぎようもない例えるならば斬撃の雨。


世界を飲み込む狐の尾。


その保有者である彼女なら、何か返し技の一つや二つを披露してくれるかもと期待はしたが。


結局そんな淡い期待も水泡に帰すように、あっけなくフェリアスの剣は折れ、おまけで来ていた鎧と服はちり紙のように切り刻まれ、その白い肌を森に晒す。


「なっ、なっ、なっ‼︎?」


「勝負あり、だな。流石に体の中に武器は仕込んでないだろうし、これで……」


「責任とれええぇ‼︎? この変態いいイィ‼︎」


見えない拳が放たれ、俺の頬を穿つ。

どうやら張り手をかまされたらしい。


「え‼︎? なっ、武器もないのにまだやる気かよあんた。 てか変態って……」


「うっ……くっ……戦いで斬られるならまだしも、まさか、まさかこんな場所で服を切り刻まれて辱めをうけるなんて、う、ひっく、ぐすっ……あん、あんまりよ……こんな

こんな形で殿方に裸をさらすことになるなんて……ひぐっ」


「え、あ、え? なんで、なんで泣いてんのあいつ?」


その場に座り込みながら子供のように大号泣を始めるフェリアス。


俺はその理由がわからずにセッカに助けを求めるが。


「いや、たしかに傷つけるなって言ったけど……こんな野外で服をひん剥くなんて、鬼畜じゃのぉー……ちょっと引いたわ。 流石の我もこれは擁護できないわ」


「ええええぇ‼︎? なに、俺が悪いの? え、どうすればいいセッカ? 謝る? 謝ればいい?」


「謝って済む問題じゃないわよ‼︎ どうするのよ、もう最低よ‼︎ 責任とりなさいよバカ‼︎」


オロオロして助けを求める俺であったが、それを糾弾するようにフェリアスの怒声が響く。


「せ、責任って……具体的にはどうすれば?」


「あんたまさか知らないでひん剥いてくれたわけ‼︎? リドガドヘルム家ではね、男に裸を見られたら、その人の伴侶になるのが決まりなのよ‼︎」


「ええええぇ‼︎? は、伴侶ってけ、結婚‼︎」


「そうよ‼︎ 責任とって結婚しなさい‼︎」


「いやいやいやいや……結婚って言ったって、俺ついこの前まで奴隷みたいなもんだったし、そもそもあんたのことよく知らないし」


「よく知らない女の服脱がすんじゃないわよバカ‼︎」


まったくもってごもっともであり、ひとかけらも反論ができないため、俺はセッカに助けを求める。


「ど、どどどど、どうしようセッカ‼︎?」


「うん? まぁいいんじゃないの? あっちがそのつもりなら結婚してやればよかろう」


しかしセッカは悠長にそう語る。


「ええええええぇ‼︎? いやいや、だって、結婚ってセッカ……」


「だが良いのかフェリアス? こやつの伴侶となるということは、うちのギルドにはいるってことになるが」


「うぐぐ、仕方ないわよ。どっちにしたってあんた、私を奴隷かメイド扱いして自分のギルドに呼び込むつもりだったんでしょ?」


「おや、バレていたのか」


フェリアスの言葉にセッカはバレたか、なんてペロリと舌を出す。


「食えないやつ。 獅子身中の虫を自分から取り込もうだなんて」


「カカカッ、獅子身中の虫だろうがなんだろうが、利用できるものは全て使う。それが我のやり方よ……では明日からよろしく頼むぞ。 あぁちなみに結婚と約束は別の話だから、お前ギルドではメイド服着用じゃからな」


「んなっ‼︎? え、本当にそれやるの‼︎?」


「奴隷よりはマシじゃろうて……それじゃあのー、お嫁さん。 くふーふふふ‼︎」


高笑いをしながら上機嫌で帰路につくセッカに、俺は呆けたままついていく。


背後を振り返ると、お付きの護衛に介抱をされながらも悔しげに地団駄を踏むフェリアスの姿。


はじめ、俺はこれはほんの冗談なのだろう……なんて気持ちも半分あり。


「……まさか、だよな」


そう自分に言い聞かせて、ギルドへと戻るのであった。

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