第5話 ガルドラの自滅

「来たようだな……おや、ガルドラも一緒か」


中に入るとそこには族長であるガルルガの姿。


白い髭に眉を携え、狼の毛皮を背中に羽織った老人であるがその眼光は衰えることとはなく俺を射抜く。


「よう親父、いい知らせが……ってなんだぁ? 客人か」


この村に珍しい、と呟くガルドラ。


ガルドラの後ろから、家の中を覗くと、そこには森で助けた女性、セッカが座っている。


人間と対立状態にある人狼族の村に用事があるなんて、珍しいとは思ったが族長のお客さんだったのか。


「っ……!」


ちらりと目が合ったが、約束はしっかり守ってくれているようで。


愛想笑いを浮かべるのみで目線をそらしてくれ、俺はほっと心の中でそっと息をつく。


「客人かぁではない……まったく、すまぬのぉ。うちの倅は体は大きいが外を知らぬゆえに礼儀を知らぬ」


「何、我は構わぬよ。なにやら大事な話のようじゃし、聞いてやるべきよ。我の話は長くなるしな」


「すまない。それでどうしたガルドラ」


「あぁ、あんたが怯えてた森の魔物……俺が退治してきてやったぜ‼︎」


そう言って紐で括られた首を見せつけるガルドラ。


すごい残念そうなものを見る目でセッカがガルドラを見ている。


というか小さな声で「うわー」とか言ってる。


「なんと、あの魔物をか」


「あぁ、怯えるこたねえ。森に潜んでたのはこのタイニードラゴンだ。俺にかかれば恐れるに足らねえ雑魚魔物だったぜ」


得意げに胸を張るガルドラ


やめてセッカ。「なんなのこいつ?」という表情で指を指さないで。


あとこっち見るなバレるだろ。


「流石はわしの息子よ‼︎ このような魔物に怯え森を塞いでしまったとは……おかげで村を飢えさせるところだったわ。 わしもそろそろ引退を考えるべきかのぉ」


「そうだぜ親父‼︎ この俺にまかせれば、村はなにも心配いらねえ‼︎」


「ふはは、頼もしく育ちおって。 鼻が高いぞ‼︎」


なにやら楽しそうに笑いあうガルドラとガルルガ。 その笑い方は似た者親子という言葉がぴったりであり、そのいつもの光景をぼーっと眺めながら眺めていると。


「はて、これは異な事を申すものよなガルドラ殿」


ふとセッカが口を挟むようにガルドラの名前を呼ぶ。


その表情は何か良からぬ企みをしているのが丸わかりな笑みを浮かべており、余計なことをするなと視線を飛ばすがあっさりと無視された。


「なんだぁ? お客人……なにが変だってんだ?」


「いやいや、これ以上おかしなことがあろうか? 黒龍の幼体の首を引っさげてこれをタイニードラゴンと叫ぶのだからの」


「こ、黒龍の幼体だと‼︎? それは本当かセッカ殿」


黒龍といえば、神に最も近く、時に神すらも殺すと言われる魔物であり、幼体と言えども一度人の前に現れれば街一つは簡単に消し炭にすると言われる魔物である。


「は、ははは。そうだったのか、弱すぎて間違えちまったぜ。なにせ勝負は一瞬だったからなぁ」


ガルドラは顔を引きつらせながら、わざとらしく笑い声をあげる。


セッカの表情を見るとうんざりしたような顔を作ると。


「それはそれは素晴らしき力。 では一つその力をお見せ願いたいものよな」


「え?」


「人狼族の力、幼体と言えども神を食らう黒龍。その首を落とす様をぜひぜひ我に見せていただきたい。ガルドラ殿……その手に持った首を一部両断して見せてはくれぬかの?」


だらんと垂れ下がった首を指差し不敵に笑う。


「な、なんでそんなこと……」


ガルドラの額から冷や汗が滝のように流れるが。


刺すようなセッカの瞳がガルドラを射抜く。


悪魔も裸足で逃げ出しそうなほど怖い笑顔……絶対セッカは性格が悪い。


「ははは、面白いことをいうなセッカ殿。 同盟の前に力試しというわけか……見せてやりなさいガルドラ。 ワシも息子の成長を見てみたいからな」


「う、うぐぅっ‼︎?」


族長の言葉がさらにガルドラを追い詰め、ガルドラの呼吸が荒くなるのがわかる。


なんだかガルドラが可哀想になってきたので、助け舟を出して見ることにした。


「が、ガルドラはさっきの戦いで……」


「貴様は黙っていろなりそこない‼︎」


まぁそうなるだろうとは思ったけど。


フォローを入れようと俺は口を開くが、族長の一括によりかき消される。


人の話を聞かないのは族長譲りなのだろう。


セッカの方を見ると、口元がヒクついている……あれは絶対に笑いをこらえている顔だ。


「ぷぷっ……こほん。 どうされた? ガルドラ殿、もしや出来ないのでは?」


邪悪な笑顔は完全に悪魔の微笑みであり、その言葉にガルドラはプルプルと震えながらも。最後には観念したのか、叩きつけるように床にドラゴンの首を置く。


「できらぁ‼︎ やってやろうじゃねえか、出来ねえわけがねえ。 俺は次期族長のガルドラ様なんだからなぁ‼︎」


そういうと、ガルドラは自らの体を人狼へと変化させていく。


大口を叩くだけあり、実力は村の中でも一、二を争うガルドラ。

若さ故に戦術や体術はベテランの戦士に劣る部分はあるものの、その怪力と肉体の強靭さは他とは一線を画すものがあり、爪の硬度は鋼鉄をはるかに凌駕する。


その威力は、鎧を身にまとった人間を鎧ごと両断するほどであり。


「うおりゃあああああぁ‼︎」


そんな強靭な一撃を、ガルドラは全霊を持ってドラゴンの首へと叩き込む。


だが。



―――ポキン


「あ、折れた」


「なっ……なっ……」


先ほどの説明がバカらしくなるほどあっけなくガルドラの爪が音を立てて折れる。


しかも一本だけではない、ガルドラの右手の爪全てが小枝のように折れて床に転がる。


もちろんドラゴンのクビには傷一つない。


呆然とするガルドラを前に、セッカは満面の笑みを向けた。

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