第4話 『楽しむ心が大事です!』

ようこそ演劇サークルへ ~大学で冴えない俺が演劇サークルに出会って人生変わった話~


第4話『楽しむ心が大事です!』

作 えりんぎ♂


【吉田のマンション】


 吉田が通話をしている。相手は母親のようだ。


吉田「うん、演劇サークルに入ったんだ」


 どうやら近況と演劇サークルに入った事を話しているようだ。


吉田「うん、そう…あ~、いいよ、お祝いなんて、そんな大したことじゃないし…うん、みんないい人達で…うん、大丈夫…うん、…じゃあ…うん…はい、はーい」

 

 吉田は通話を切った。


吉田「…よし」


【駅】


 たくさんの人々が行き交っている。けたたましいベルが鳴り、ホームから電車が出発する。

 混んでいる電車の中で青年が1人スマホで著書を読んでいる。

 タイトルは『アイデンティティの無い歯車達』。


吉田「(アイデンティティの確立。多くの若者は自分とは何者か、自分の役割とはなんなのかということに答えを見いだせずに悶々とした日々を過ごしているらしい。)」

 

 吉田は、スマホ閉じ鞄にしまう。


吉田「(そう、先日までの俺も悶々とした日々を過ごしていた。でも、そんな俺に少し変化が訪れた。演劇サークルとの出会いだ)」


 川村『ウチに入ったって事は今までの何もしてこなかったおまえから変わったって事だろ?』


吉田「(演劇サークルに入った事で、今までの何もしてこなかった自分から少し変われた。そして、このサークルを通して俺はもっと変わっていける!そんな気がする!)」


【演劇サークルの部室】


 井上、福島、川村、間島と吉田が集まっている。


福島「ちゅうわけで!吉田くん!練習やってくで!」

吉田「は、はい!が、頑張ります!」

間島「吉田くん!気合入ってるね!」

川村「そんな気張る必要はないから、気軽にな?」

吉田「は、はい!」


≪ラジオ体操≫


福島「よっしゃ!じゃあ、先ずは『ラジオ体操』や!」

吉田「『ラジオ体操』!?演劇も準備運動するんですか?」

間島「そうだよ!身体を温めると声が出やすくなるし!演技によってはそれなりに身体を動かすからね!準備運動は大事!そして!『ラジオ体操』はテンポよく身体をほぐせるから、そんな準備運動にピッタリなんだよ!」

吉田「なるほど」

井上「流すね~」

ラジオ体操のやつ『ラジオ体操第1~』


 井上がお馴染みの『ラジオ体操』のやつを流す。

 演劇サークルの面々は、『ラジオ体操』のやつに合わせてラジオ体操をする。


吉田「(『ラジオ体操』か~、高校の時にやったきりかな?)」

福島「吉田くん!もっとピシッとしっかりやるんやで!」

吉田「あ、すいません!」

間島「伸ばすところをしっかり伸ばし!曲げる所をしっかり曲げる!しっかりやるのとやらないのでは効果が全然違うからね!」

吉田「なるほど!」

 

 吉田と以下サークルメンバーはきっちり、しっかりと『ラジオ体操』をやっていく。


ラジオ体操のやつ『身体を回しましょう~…』

吉田「(たしかに、ラジオ体操でも、しっかりやると体の色んなところに色んな効果が出ている気がする)」

ラジオ体操のやつ『足をもどして両足飛びィ~…』

吉田「(よし!全力で…)」


 吉田が張り切りジャンプした瞬間だった。

 グギィッ!!


吉田「グぎゃあッ!」 

間島・福島「吉田くーん!?」


 吉田は足をグネッた。


≪表現の練習≫


福島「『喜怒哀楽』の~『喜』!!」

間島・川村「『喜』~」


 3人はそれぞれ、ポーズをとっている。


吉田「これは何をしているんですか?」

福島「大きく表現する練習や!」

吉田「大きく表現する練習?」

井上「舞台は観客席から距離があることが多いから、遠くの人にもわかるような大きい表現が必要になることがあるんだ」

福島「せや!だからこうして、普段から大きく表現することに慣れとったら、いつ大きい表現が必要になっても臆さずできるちゅーことや!」

吉田「なるほど」

間島「そして、僕達は今!全身を使って『喜怒哀楽』の『喜』!つまり喜びを表現しているんだよ!」

吉田「喜び?」


 間島は『サイドチェスト』のポーズを決めている。

 福島は『荒ぶる鷹』のポーズを決めている。

 川村は『来迎印』のポーズを決めている。


吉田「…なるほど?」

福島「よっしゃ!わかったところで吉田くんもやるで!」

吉田「えぇ!?」

福島「安心せえ!初心者向けの簡単なお題や!次のお題は、『喜』繋がりで、森とかに生えとる『木』や!『木』を表現するんや!」

吉田「え?『木』?」

福島「ほな!いくでー!」

吉田「え?え?」

福島「森とかに生えとる『木』ー!」

間島・川村「『木』~」


 吉田以外は各々ポーズを取る。


吉田「え?え?」

間島「吉田くん!『木』だ!『木』を感じるんだ!」

吉田「『木』!?『木』…!『木』!!」


 吉田は直立したまま両腕を真横に伸ばした。


川村・間島「おぉ!」

福島「…ほう、やるやないか…確かに『木』を感じる…!!」

間島「この飾り気のなさ、安心感…まさに、どこにでも生えていそうな平凡な『木』を表現しているわけだね!」

吉田「へ、平凡…!?くッ!!(だったら!!)」


 吉田は片足を上げた。


福島・間島「立った!『木』が立った!!」

川村「おぉ~」

吉田「ッッ~!!」


 ドスンッ!


吉田「ふぎィ!」

福島・間島「あ゛あ゛ー!!『木』が倒れたー!!」


 普段片足立ちとかしない吉田はバランスを崩し倒れてしまった。


≪イメージトレーニング≫


 井上以外の部員が座っている。


吉田「今から何するんですか?」

福島「イメージトレーニングや」


 福島は座禅を組み合掌している。


吉田「イメージトレーニング?って頭の中でいろいろ考える的なあれですか?」

福島「せや、演技は無いことをあるように見せる力が必要や、その為にはしっかりと状況をイメージできる力が必要ってことやな」

井上「じゃあ、みんな今から僕が言う事を想像して動いてみてね」

吉田「動く?」

川村「まあ、最初はあたしらに合わせてれば大丈夫だ」

吉田「なるほど」

井上「みんなは今深い森の中にいます。気温はちょっと蒸し暑いくらいです」

吉田「森の中」

福島「せや、森を感じるんや、聞こえてくるやろ?鬱蒼とした草木、動物の鳴き声、そしてこの蒸し暑さ…ここはジャングルの奥地や!」

吉田「ジャングル!?」

川村「クソ…あちいな…さっさとこのジャングルから出ようぜ」

福島「せやな…暑い上に何がおるか分らんし、ちょっと怖なってきたわ…いくで、吉田くん」

吉田「あ、はい」


 吉田、川村、福島は立って移動しようとする。


間島「待ってください皆さん!」

福島「なんや?」

間島「我々は幻のマボロシアゲハを探してこのジャングルまで来たんですよ!?このまま見つけず帰るんですか!?」

吉田「そういう設定!?」

福島「しゃあないやろ。6時間も探しても出てこないやから、もう出てこんわ」

川村「水も食料もなくなったしな、これ以上は危険だぜ」

間島「し、しかし…」

井上「そこへ、幻のマボロシアゲハが飛んでくる」

吉田「え?」

間島「なッ!?そ、そこ!!」


 間島は、福島を指さす。


川村「あん?…おわっ!!」


 川村も福島を見て驚く。


福島「…なんや?」

間島「福島さんの頭にとまっています(小声)」

福島「頭?…うわぁ、頭になんかとまっとるぅぅ!?」

川村「ばか!!動くな!!」

福島「そ、そんなん言ったってウチ普通に虫嫌いやねんけど!ごっつ怖いんやけど!」

川村「吉田!捕まえろ!」

吉田「お、俺!?」

間島「吉田くんが福島さんから一番近い!捕まえてくれ吉田くん!」

吉田「え…えぇ」

福島「は、はよ…はよ、とってぇ…」

吉田「そ、そんな事いったて、俺には見えてないんですが…」

川村「大丈夫だ吉田、おまえにも見えるさ…想像しろマボロシアゲハを…」

吉田「想像…」

 

 吉田は福島の頭を凝視する。


吉田「(マボロシアゲハ…アゲハって事は蝶々だよな、マボロシって事は珍しいってこと…羽は虹色とか?大きさは、長時間探しても見つからないからそんなに大きくないのかも…)」


 吉田は想像でマボロシアゲハを構築する。


吉田「!見えたマボロシアゲハ!」

川村「よし!」

間島「吉田くん!慎重に!」

吉田「はい…!!」


 吉田は慎重に福島に近寄ろうと足を踏み出そうとする。

ガッ


吉田「え?」


 ズデェッ!


吉田「へびィッ!」

吉田以外「吉田」くん!?」


 吉田は足が絡まってコケてしまった。

 

≪休憩≫


 吉田、落ち込んでいる。


吉田「(はあ、全然上手くいかないや、ドジばっかりして…俺、こんなに鈍くさかったんだ、こんなんじゃ練習もまともにできない…俺、演劇向いてないのかな…)」

 

 吉田はため息をついた。


間島「吉田くん!そんなに落ち込まなくっても大丈夫だよ!」

吉田「間島さん…いいんです。俺、多分、演劇向いてないんです、あはは」

間島「吉田くん…」

吉田「ちょっと、飲み物買ってきます…」

川村「あ、じゃあ、コーラ買ってきて」

間島「なら僕は、烏龍茶で!」

福島「ウチは吉田くんと同じもんでええで!」

吉田「了解です」


 吉田は飲み物を買いに行く。


福島「吉田くん、落ち込んでたな~」

川村「マボロシアゲハ逃したのそんなに気にしてんのか?」

間島「何とかできないですかね?」

井上「みんな、ちょっといいかな?」


≪…5分後≫


 吉田が飲み物を買って帰ってくる。


吉田「飲み物買ってきました~?アレ?」


 しかし、部室には誰もいなかった。


吉田「みんなどこいったんだ?…ん?木の棒?」


 代わりに部室の真ん中に何故か木の棒が落ちていた。


【演劇サークルの部室】


 部室には吉田が独りで佇んでいる。目線の先には何故か落ちている木の棒がある。


吉田「なんで?」


 吉田は木の棒を拾った。


福島「ふっふっふ、ようやく、ウチに相応しい勇者が現れたようやな!」

吉田「福島さん?」

 

 吉田は辺りを見渡したが福島の姿はない。


福島「福島やない!ウチは、レジェンドソード!」

吉田「レジェンドソード?」

福島「せや!この世界を支配する魔王を倒せる伝説の剣や!」

吉田「この木の棒が!?」

福島「今は故あって、偽りの姿をしとる。とにかく勇者よ一刻も早く魔王を倒しに行くで!」

川村「その必要はない!」

 

 川村が現れた。


吉田「川村さん?」

川村「魔王だ」

吉田「魔王だった」

福島「魔王!?何故ここに!?」

川村「知れたことをレジェンドソードとそれを扱える伝説の勇者を屠りに来たまでよ」

福島「わざわざそっちから来るとわな!血迷ったか魔王!勇者よ!ここで決着をつけるで!準備はええな!?」

吉田「あ、…ああ!」

川村「ふふふ、そう簡単にいくかな?来い!わがしもべよ!」

間島「あ、あぁ、あぁ…」

 

 間島が現れた。


吉田「…えーと、この人は?」

川村「おまえの許嫁の女だ」

吉田「えぇ?」

川村「今は我の力で洗脳し、しもべにしてある。いかに勇者といえど、許嫁に手を出すことはできまい!」

吉田「割とえぐい展開!」

間島「許嫁パンチ!」


 間島、パンチをするフリをする。


吉田「ぐわあ!」

  

 吉田は当たったリアクションをする。


間島「許嫁キック!」


 間島、キックするフリをする。


吉田「うげぇ!」


 吉田は当たったリアクションをする。


福島「大丈夫か!勇者!?」

吉田「くそ!見た目通りの肉体派!どうすればいいんだ!?」

福島「ハッ!?勇者!あれを見るんや!」


 間島が涙を流している。


吉田「泣いてる!?」

福島「恐らく!許嫁は今も洗脳に抗っとるんや!」

吉田「そうか!がんばれ!許嫁!本当の君は暴力が嫌いな心の優しい娘のはずだ!」

間島「うぐ?ぐぎぎぎぎがうがががが!」

 

 間島は苦しんでいる。


川村「何をしている!?許嫁!!さっさと勇者を始末しろ!!」

間島「…は」

川村「は?」

間島「許嫁羽交い絞め!」


 間島、川村にコブラツイスト。


川村「いだだだだ!これ羽交い絞めじゃねえ!」

吉田「…許嫁ッ…!」

間島「カ、カマワナイデ…ワ、ワタシ…ゴト…ヤッテ…」

吉田「そんな!俺にはできない!」

間島「イイノ…セカイヲ…スクッテ…」

吉田「く、くそおおおぉぉ!!レジェンドソードぉぉぉぉお!!」


 吉田、木の棒を突き出す。


川村「ぐわあああ!」間島「ぬぎいいい!」


 川村と間島倒れる。


吉田「はあ、はあ、はあ、…やったよ…俺、世界を救ったよ…」

 

 パチパチパチ

 拍手が聞こえる。


吉田「え?」


 音の方を見ると井上が拍手をしていた。


井上「素晴らしい演技だったよ、吉田くん」

吉田「え?…演技?これが?」

井上「そう、君は今自然に演技をしていた…素晴らしい勇者の演技だったね」

吉田「え?でもこんなのごっこ遊びですよ?」

福島「せやで!」

 

 バンっと福島が部室内にあったロッカーから勢いよく出てくる。


福島「演劇は所詮ごっこ遊びやからな!!」

吉田「そうなの!?」

間島「福島さん!流石に語弊があります!」

井上「…まあ、ごっこ遊びは言い過ぎかもしれないけど、でも、そのごっこ遊びから演劇に必要な大切なものも学べるんだ」

吉田「大切なもの?」

井上「1つは『なりきる心』!」

吉田「『なりきる心』?」

井上「まるで自分が物語の登場人物になったかのように考え行動する。子供のときにごっこ遊びをするときはみんな自然にそれをやってたんじゃないかな?」

吉田「…たしかに子供のころにやったおままごととかヒーローごっことか、本気でなりきってた…」

井上「演技をする上で自分が演じるキャラクターが何故その台詞を喋るのか?何故その行動をするのか?それを理解するにはそのキャラクターになりきることが大事だからね。ごっこ遊びはそういう『なりきる心』を思い出させてくれるんだ」

吉田「なるほど」

井上「…そしてもう1つが『楽しむ心』」

吉田「『楽しむ心』…?」

井上「そう、結局演劇を続けていくんだったら自分が楽しくないと演劇が辛くなっちゃうからね。だから、純粋に楽しむごっこ遊びはその楽しさを思い出すには最適なんだ」

吉田「…なるほど」

井上「吉田くん、みんなでやったごっこ遊び、楽しかった?」


 吉田はさっきの事を思い出す。


吉田「(楽しかった?…そうだ、最初は何やってるんだろうと思ったけど、みんなが本気で、俺もそれにつられてなんだか熱くなって、魔王を倒した時に謎の達成感と高揚感があった…そうか、俺…)」


『許嫁パンチ!』

『許嫁キック!』

『許嫁羽交い絞め!』


 さっきのごっこ遊びを思い出す吉田の脳裏に許嫁の間島がフラッシュバックした。


吉田「…ぷっ!ふふッ!くく…」

間島「吉田くん?」

吉田「いえ、間島さんの許嫁が…ぷ、くく、あはは!」

 

 間島、川村、福島が顔を見合わせる。


福島「く、ふふふ、確かに酷い配役やったな」

川村「ふっ、なんだよ許嫁パンチって?」

間島「そんな!?僕は完璧な許嫁だったはずだ!」


 吉田、間島、川村、福島が笑いあう。


吉田「あ~、楽しかった…すごく、楽しかったです!」

井上「そっか、よかった。じゃあ、吉田くんは演劇向いてるね」

吉田「!」


吉田『俺、演劇向いてないんですよ、あはは』


吉田「(さっきの…もしかして、その為に皆…)」


 吉田、サークルメンバーを見渡す。


サークルメンバー「へへ」


 サークルメンバーは指で鼻の下をこすっている。


吉田「…皆さん」

福島「じゃあ!気を取り直して、練習の続きいくで!」

吉田・川村・間島・井上・「お~!」


 この演劇サークルでなら頑張っていけると思った吉田であった。



■登場人物


吉田康太(よしだこうた)…大学2年生。身長は170cmないくらい。髪の長さは長すぎず短すぎず。外を歩いているとよく知らない人に道を聞かれる。


川村(かわむら)あかね…大学2年生。身長は160前半。金髪プリンショートポニテ。小麦色の日焼け肌。学校や近所を徘徊するときはジャージかパーカー。


間島真(まじままこと)…大学2年生。身長は180前半。すっきりしたスポーツ刈り。黒ぶちの四角い眼鏡を愛用。ベンチプレス150kg挑戦中。


福島(ふくしま)しおり…大学3年生。身長は140前半。前髪ぱっつんショートヘア―。年齢確認率100%。


井上博人(いのうえひろひと)…大学3年生。身長は170前半。茶髪のミディアムショート。特技は後方保護者面。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る