メイドインフィリピン

うなぎの

第1話

5年ほど前の事です。


当時、そこそこにぎわっている宿場町で働いていた私は、自分で言うのもなんですが先輩方に結構可愛がられていました。と言うよりも、私が提出した目も当てられないような惨めな履歴書を見て憐みの気持ちがあったのかもしれません。でも私はそれを彼等の親切だと思っています。


一緒に食事をする事は勿論の事、遊びに連れて行ってもらえることも沢山ありました。


そんなある日の事です。


一日の業務が終わり、一つ年上の先輩がその日も私に声をかけてくれました。私がそれを快諾すると先輩はにっこりと微笑みました。先輩はこの頃外国人が経営するスナックにはまっており、私たちはその日も適度に込み合った夜の街に乗り出す事になりました。


さて、宿場町で働いておりますといくつか利点がございます。


その内の一つが、職場から歩いて数分も掛からない場所に飲み屋街があるというものです。私はお酒が弱く、いつも炭酸水しか飲んでいませんでしたし今でもお酒が飲めませんが。その先輩や、他の先輩方のような人種は、それがあるからこそこの宿場町で働いているのではないかと思いたくなる程に幸福そうに店を選んで、お店の方とお話しし、5曲千円もするカラオケを歌い、お酒を飲んでいたのです。


いまですから正直に申し上げますが、私にとってそれらはどうでもいい事でした。


私にとっての唯一の楽しみは、外国人が経営する飲み屋さんが唐突に消滅してしまう瞬間だけでした。明確な理由はわかりません。ただ、私はそのような事態に直面した時に、そのお店の方々が活き活きと働く姿を思い出して、あの姿がどこか遠く離れた場所に同じようにあるのだと思うと何処かすっきりとした気持ちになれた気がいたしました。


「今日はここにしようか?」


いつものようにすけべな顔をして先輩が選んだお店はフィリピン人が働くお店でした。このようなお店は、私が働いていた地域では決して珍しい物ではありません。

それに、どうせ炭酸水を飲むだけですので私にとってどこでもいいんです。私たちは古い木の扉を開けて中に入りました。


すると、入店するなり私たちに声をかける輩がおりました。


偶然にも、一人で飲みに来ていた職場の先輩でした。私たちは、偶然の出会いに些か驚きながら、数ある店から偶然にも同じお店を選んでしまったお互いのつまらなさに同情し、自然と同じテーブルで飲むことになりました。


はじめに、異変が訪れたのは飲み始めてから30分ほどが経った頃でした。

先に飲んでいた先輩がううと唸って

「トイレ」

と、一言残して姿を消しました。


その先輩は、やはり酒好きで有名な方でしたので、残された私も、一つ上の先輩も、そこで働いていた従業員さんまでもが少々不思議に思いましたけど、5分ほどで忘れて先輩はいつものように従業員の方と、私は一人で炭酸水を酒に見立てて傾けながらピーナッツを食べていました。


それから30分ほどたって、先輩が戻ってきました。


真っ青な顔をして、それを見た私はすぐに家に帰るべきだと直感する程でした。

一つ上の先輩も、従業員さんも心配していましたが、結局、また3人で飲み始めたのですが、また30分ほどして今度は一つ上の先輩もどうやら不調らしくトイレへと向かいました。


さすがの私でも、これはただ事じゃないぞと思い、すっかり消沈する先輩に帰宅を促しましたが、一つ上の先輩がトイレから帰ってから決めようという事になり、私の提案は一旦却下されることになりました。


次は私かもしれない。


そんな根拠の無い不安が沸々と湧き上がってきたころ、トイレから先輩が戻ってきました。先ほどと同様に、今日仕事が休みの人間だとは到底思えないような表情で、すっかり冷たくなっていました。


さっそく私が同様の提案をすると、戻ってきたばかりの先輩がもう少し休みたいと言ったので、まずはそうすべきだとも思っていた私は一つ上の先輩の提案を受け入れました。


そうこうしている内に、やはり私にもひどい吐き気と目眩が訪れました。もちろん、お酒は一滴も飲んでいません。いっその事その場で吐いてしまえば少し楽になるかもしれないとも思いましたが、同じ土地で、似たような仕事を生業にする仲でございます。私にはそれが出来ませんでした。


ふらつきながらトイレへと向かいます。


場所を知らなかったので、従業員さんに案内してもらいました。


トイレに案内されるとその奇妙なデザインに私は言葉を失いました。この場所まで案内してくれた従業員さんに尋ねると片言で、そこが確かにトイレである旨を伝えられました。


便器など無く空間全体が淡いスカイブルーの小さなタイル張りになった大変珍しいトイレでした。感覚的にはプールなどのシャワー室に似た全貌だったと思います。


しかしながら、私の体調も異常事態でしたので、仕切られた空間に吸い込まれるように移動し、便器の代わりに直接床に開いた穴にいつでも吐けるように屈みました。


すると、仕切りの前に人影がありました。


よく覚えていませんが、千と千尋に出てくるゆばあばのような方だったとぼんやりと記憶しております。


私はここはやはりトイレではなかったのだと思って、咄嗟に謝罪しました。


するとその方は、履いていた服を脱いでお尻を私の顔に押し付けてきたのです。私は恐ろしくなり、悲鳴を上げて逃げようとしましたが、狭く四角い空間に逃げ場はありませんでした。


お尻で完全に抑えつけられて、固定されてしまった!と、いうような感覚に襲われた時でございます。生クリームを絞る時のような音が耳元でしました。


私は咄嗟に、人差し指と中指で膨れ上がる肛門を抑えつけました。


しかし、焼け石に水、肛門に指。足の位置をより盤石にして、その方は私めがけて糞を解き放ったのです。




後日、私たちはいつものように職場で顔を合わせましたが、誰も、あの時なにがあったのかを語ろうとはしませんでした。


                                  おわり

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メイドインフィリピン うなぎの @unaginoryuusei

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