第三十五話:後輩とデート part 2

 車を走らせて程なく、俺たちは映画館に到着した。


「あ、いい時間にありますね」

「本当だ」


 チケット販売所の上に設置された電光掲示板を見上げると、ちょうどいい具合にもうすぐ上映の回があった。


「けど、席だいぶ埋まってそうだな」


 見上げた表示板の空席表示は△――つまり、残りわずかとなっていた。


「まあとりあえず訊いてみましょうよ。もし空いてなければ、次の上映回で見ればいいわけですし」

「それもそうだな」


 幸い、次の回はまだ〇だ。

 今からなら、場所はともかくとしても隣り合った席を予約することくらいは出来るだろう。


 結構な行列にはなっているものの流れる速度もまた速く、並び始めて数分も経てば、俺たちの購入順はすんなりとやってきた。


「すみません、もうすぐ上映時間のこの映画って席空いてますかね?」


 言葉と共に手元にあった上映一覧を指さして訊ねる。

 すると販売員は「確認いたしますので少々お待ちください」と手元のキーボードを何度か叩いた。


「空いている席はこちらになります」


 そう言われて表示された画面を見ると、やはり結構な席が埋まっていた。

 空いているのは端の方ばかりで、中央の見えやすそうな席は空きがあってもひとつずつ、飛び石のように離れていた。


「どうなさいますか?」そんな販売員の声に、俺と藍那は顔を見合わせた。


「どうします?」

「うーん……これだけ埋まってるとなぁ。ちょっと時間もったいないけど、次に送っちゃうか」

「そうですね。じゃあ――「こちらペアシートも空いてますが、いかがですか?」」


 次の回の表示をお願いしようとしたところに、販売員の声が差し込まれた。


「…………ん?」

「カップルさんにはオススメですよ」

「んんん?」


 指差されたのは映画館の左端。そこには取り残されたかのようにふたつ並びの空席が残されていた。


 ペアシートって確か、ベンチみたいに地続きになってるシートだよな。

 使ったことないからあんまり知らないけど。


「これって他の席とどう違うんですか?」


 藍那が興味深そうに訊ねた。


「席の間にひじ掛けがなくて、おうちのソファみたいにゆったりと見れるんですよ」

「なるほど……。――ねえ、智樹くん。この席にしません?」

「え?」

「嫌?」

「いや、別に嫌ではないけど、端の方だから見にくくないか?」

「大丈夫ですよ、きっと。待つのは時間もったいないですし。それに――」

「それに?」

「今日の目的はデートすること、なんでしょ? 私、ここがいいです」


 少し顔を赤らめた藍那が、俯きがちに言う。


 そういえばそうだったな。

 と言うより、そもそも映画を観たがった当の藍那がそう言ってるんだし、それでいいか。


 俺は頷き返し、販売員の方へと向き直った。


「じゃあここの席にします」


 △▼△▼△


「面白かったですねーっ!」

「すごい迫力だったな!」

「はいっ。あの魔法をバンバン打ち合うところとか、もう興奮しちゃいましたよ!」


 言って、藍那は杖をもったように軽く握った手を振るような動作をした。


 映画を観終わった俺たちは、映画館を出て、喫茶店へと来ていた。

 藍那の希望だ。

 先ほど『奢る』と言ったことを、まだ気にしていたらしい。


 それならゆっくりコーヒーでも飲みながら映画のことを話そうか、とここまで何も語らずに来た。

 注文した品が運ばれてきて一口飲んで喉を濡らすまで、藍那は興奮気味にうずうずと待ち構えているようだった。


「ああ。前作よりもずっとリアルな映像だったな。CGなんて信じられん」

「ですねー。もう『実写かよっ』って感じでした!」

「ストーリーの方もよかったな。最後の最後までハラハラしたけど、いい感じに収まったし」

「私、実はちょっと泣いちゃいました」


 藍那から饒舌に次々と感想が発せられる。

 屈託なく好きなことを話す藍那の表情はきらきらと輝いているようで、それがとても魅力的に見えた。


「あの映画、よっぽど気に入ったんだな」

「はい、それはもう。私、今までこういうファンタジー系の映画は見てこなかったんですが、すっかりハマっちゃいました」

「そっか。なら他にもオススメできるのいくつかあるぞ。例えば――」


 俺たちはそれからも色々なことを話した。

 映画のことを一通り話し終えると、次は日常のこと――普段の大学生活のことや、そろそろアルバイトを始めてみようか悩んでいること、同じ部活仲間だったやつらの動向などなど。

 話題はいつまでたってもスルスルと止まらずに出てきて、会話が止まって退屈するということはまるでなかった。


「ああ、もうこんな時間か」


 気が付けば、もう十九時近い。


「夕飯食べないとな。そろそろ店、出るか」

「別にわざわざ移動しなくてもここで食べちゃえばよくないですか? ほら、料理メニューも結構美味しそうですよ」

「そうか? 藍那がそれでいいならいいんだけど」

「はい。私、まだ話したりないので、流れ切りたくないです」


 そんなことを大真面目な顔で言う藍那がなんだか可笑しくて、思わず笑いが漏れた。


「それならここで食べようぜ。実は俺も話したりなかったんだ」


 食事を頼んだ俺たちはそのまま、だんだんと更けていく夜を惜しむように会話に興じた。

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