第三十四話:後輩とデート part 1

「と、智樹くん……? ここ、いいところなんじゃ……」


 予約していた店まで連れてきたのはいいが、藍那は店に入る前からしり込みしてしまった。


「そんなことないって」


 笑いながら言うと、藍那はおそるおそるといったふうだったがようやく着いて来た。

 店内は薄暗く落ち着いた雰囲気で、テーブルや椅子、照明にいたるまでどことなく品を感じさせるものばかりだった。

 名前を伝えると、予約してあった席まで案内された。


 席に着いてもなお、藍那はきょろきょろと落ち着かないように視線を彷徨わせていた。


「絶対いいところだ……。智樹くんに騙された……」

「せっかくのデートだからな」

「だからって――」

「ま、ネタばらしすると、確かにこういう店は夜に来ると結構する。けど、ランチならそうでもないんだよ」

「……そうなんですか?」

「なんなら、この前初めて酒飲んだ居酒屋の方がもっとかかるぞ」


 実際のところ、ここのランチコースは一人約三千円。

 昼食代として考えれば少々値が張るが、デート代として考えればそんなものだろう。

 こういう店にディナーで来れば、平気で一人七、八千円――下手すると一万円以上かかる。

 だから質の高い料理を比較的安価で食べられるランチは、お金のない大学生にとって強い味方なのだった。


 まあ藍那はこの前大学生になったばかりだし、そこのところの感覚がなくても不思議ではないか。

 高校生のうちにこういうところはほとんど来ないだろうし。


「――ん。美味しいっ!」


 運ばれてきた前菜に、藍那は舌鼓を打った。

 それまでは緊張していた様子の藍那だったが、料理への好奇心が勝ったのか、表情が目に見えて明るくなった。

 その様子にほっとしつつ、俺も一口食べる。うん、美味いな。


「次は何ですかねー?」

「確かスープ、魚料理、肉料理、デザート……だったと思う」

「へー! 楽しみですね! 実はコース料理ってほとんど食べたことないんですよ。智樹くんはこういうところ、結構慣れてるんですか?」

「慣れてるってほどじゃないけど、初めてってわけでもないな。数回くらいだよ」

「なるほど。じゃあ……お恥ずかしながら私、テーブルマナーとか全然わかんないんで、よかったら教えてくれませんか?」

「ああ、いいよ。わかる範囲で、だけどな」


 △▼△▼△ 


「智樹くん、いくらでした?」

「んー……まあ、別にいいだろ」


 適当にはぐらかしたが、どうやら藍那はお気に召さなかったらしい。


「いーえ! 絶対ダメです! 半分出させてください。私たち、二人とも大学生じゃないですか。こういうのはきっちりしておかないと」


 こういうところ、意外と真面目だよな。


「いや、いいって。それならさ、あとで飲み物でも奢ってくれよ」

「でも……」

「いいから。そのくらいカッコつけさせろって。一応彼氏だし、先輩なんだぞ」

「……ありがとうございます。でも、絶対飲み物は奢りますからね? 拒否ったら嫌ですよ?」

「わかってるって」


 車を走らせつつ、藍那に問う。


「そういえば、どこか行きたいところあるか?」

「んー、智樹くん、この先は特に予定はなし?」

「一応、いくつか候補はあるけど、藍那が行きたいところあったらそこでいいかな。絶対に行きたいってほどでもないし」


 市内の大きな美術館で面白そうな展示をやっていたし、行ってみるのも悪くない。

 そろそろ夏物の服のバーゲンが始まる時期だし、ファッションビルをぶらつくのもいいだろう。

 近隣の観光地を巡ってもいい。

 選択肢はいくらでもあった。


「それなら……わがまま言ってもいいですか?」

「いいよ、何?」

「映画観たいです」

「――映画?」

「はい。最近私たち、家で配信見ること多かったじゃないですか? その中で最新作が今日公開のものがあって――」

「ああ、あれか」


 そういえばテレビで何度か宣伝を見た。

 前作よりもさらに映像描写に磨きがかかっており、ワンシーン観るだけでわくわくした。


「わかりました? 観に行きましょうよ! 続き、気になっちゃってるんですよね、都築つづきだけに!」


 唐突にぶち込まれた冗談に、どう反応していいかわからず、沈黙してしまった。

 場がしんと静まりかえる。

 五秒、十秒と時が過ぎ……苦し紛れに「ハハッ」と空笑いすると、それを聞いた藍那がおずおずと口を開いた。


「……ごめんなさい。今の忘れてください……」

「…………面白かったぞ?」

「やめてください。居た堪れなくなりますから……。そ、そう! そんなことよりですね――」


 誤魔化すように矢継ぎ早に次々と話題を出す藍那にあわせるように、俺も声を少し明るくして話す。

 お互いに空回りする空気が元の俺たちのものに戻る頃、諮ったかのように映画館へと到着した。

 

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