第三十六話:後輩とデート part 3

「うわーっ! 綺麗ー……。こんなところあったんですね!」


 食事が終わったあと、俺は藍那を大学から少し離れた辺りにある見晴らし台――この間、紗香と話していた場所まで連れてきた。


 週末のこの時間となると他に人を見かけることもままあるが、今日は幸いにして他に人影はなかった。


「私たちが住んでるのってどこら辺になるんですかねー?」

「んー……あの辺じゃないか?」指差しながら「ほら、そこに表示版があるだろ。荒いけど」

「あ、本当だ」


 今初めて気がつきましたという表情をした藍那は、俺の指す方向を追って歩き、表示板と目の前の景色を交互に見比べた。


「なるほどなるほど…………。へー。高いところかは見るとこんな感じに見えるんですね」

「面白いよな。ほら、一番明るいあの辺がちょうど歓楽街だ」

「あれ? その近くで急に真っ暗になってるところありますけど」

「ん? ああ。ほら、あそこがお城だろ? だからあの辺は隣の庭園だよ」

「――あー! あの有名な観光地の」

「今はライトアップ期間でもないしな。春先ならもう少し明るかったかもしれないけど」


 今話しているのは江戸時代にここら辺を治めていた藩主の――いわゆる大名庭園のことだ。

 中はそれなりに広いが、夜は道を最低限照らせるくらいしか明かりはついていないため、この時間となると普通に暗く見える。例外は年に何度かのライトアップ期間だけだ。


「私、行ったことないんですよね。智樹くんはあります?」

「ああ。何度か。定番の花見スポットだし、春先は無料開放されるしな。桜もいろんな種類があって面白いぞ」

「へー。それなら行っておけばよかったかなぁ。来年までおあずけかぁ」

「大学の間だけでもまだ三回はあるしな。それに春だけじゃなくて、いつ行ってもそれなりに楽しいぞ。めちゃくちゃ丁寧に管理されてて、花も木もたくさん植えられてるし」

「あ、そうなんですね! じゃあ今度行ってみましょうよ」


 こちらを向いた藍那に「そのうちな」とだけ返す。すると微妙に不服そうな顔をしたので、またいつものごとく、ぽんぽんと軽く頭に手を乗せた。


「むぅ。智樹くん、最近こればっかやってません? 私、子供じゃないんですけど」

「嫌か?」

「全然。むしろ智樹くんに触られるのは気持ちいいので好きです」

「ならいいじゃん」

「そうなんですけどねー。でもなんかこう、軽くあしらわれてる感じがすごくします」


 ドキリとした。

 それははからずも、俺の意図に沿ったものであったからだ。


 そろそろ、を話すか。


 決意し、拳を握り込む。

 心臓が鼓動を増した。

 狭くなった喉が貼り付いたように感じられて気持ちが悪い。

 唾を飲み込み、乾いた唇を舐めると、幾分かマシになったように思えた。


「――藍那」

「ん?」

「話がある」


 俺の呼びかけに応じて、笑みを湛えたままの藍那がこちらを見た。その顔に一瞬だけ、何かを期待するかのような光が灯った。しかし――


「ど、どうしたんですか? そんなに怖い顔して……」


 すぐに狼狽したように身を少し後ろへとひいた。


「ああ……すまん。そんなつもりじゃなかったんだが……」


 どうやら緊張が顔に出ていたらしい。


「それで話なんだが――」

「聞く前に教えてください。それはいい話ですか? それとも……悪い話ですか?」

「……どうだろうな」


 歯切れの悪い俺の返答に、藍那が顔を顰めた。

 まだ話していないものの、何か悟ったのかもしれない。

 決心が鈍りそうになるな。

 でも、今日を逃したらずっと言えなくなる。


「……聞きたくない」


 が、口を開こうとした先を、藍那が制した。


「まだ何も言ってないだろ」

「だって……智樹くんがそんなふうに言い淀むなんて、絶対悪いことだもん……!」

「――かもしれない。けど……」

「それに……なんで今日なの……? せっかく楽しかったのに。智樹くんから誘ってくれてくれしかったのに。今日じゃなきゃ、ダメなの?」

「今日がいい。今日を逃すと言えなくなるかもしれない」

「やだ……やだやだやだ! 聞きたくないっ! 絶対聞かないんだから!」


 藍那は耳を塞いで左右に首を振る。

 もう完全にわかってしまったらしい。

 なら、最早躊躇する理由は何もない。


 俺は藍那に向かって一歩踏み出し、距離を縮めた。

 靴の底が地面を撫で、ざらりとした音が鳴った。


「藍那」


 言うと同時に、藍那はびくりと身を震わせた。

 けれど、それに構わず俺は告げる。


「――お試しは終わりにしよう。俺と……別れてくれ」

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