第二十一話:後輩と急展開

「いやいや。明らかに無理してんだろ。いいぞ別に。恋愛で」


 そもそも俺は別にホラー映画に固執していたわけではない。

 ただ外は土砂降りの雨だし、なんならそのうち雷が鳴ってもおかしくないくらいだから、雰囲気に合って面白いかなと思っただけなのだ。

 せっかく来てくれている都築の苦手なものを、あえて見る意味合いは薄い。


「じゃあ……そうさせてもらいますね。あ、でも勘違いしないでくださいね! 私は別にホラー映画が怖かったわけじゃなくて、単に恋愛映画が好きってだけで――」

「はいはい」


 バレバレな都築の反論を途中で遮り、恋愛映画が纏められているページを開いた。

 いろいろあるが、正直言って恋愛映画なんてあまり見慣れていないため、何がどう違うのかよくわからない。


「選んでいいぞ。俺はどれでもいいや」

「え、そうですか? ……実は恋愛物、あまり好きじゃなかったり? それなら今からでもホラーに――」


 そう言ってマウスに手を伸ばす都築よりも早く、俺がマウスをとり、少し奥へと追いやる。


「いいからそれは。ほら、選べって」

「……わかりました。んーと……じゃあ、これはどうです?」


 都築が指さしたのは、先ほども言っていた、本棚にある小説の映画化作品だ。

 特に異論はないので、頷いて了承する。


「あ、でも先輩はこのお話の内容は知ってるんですよね? 一応、ネタバレはなしでお願いしたいんですけど」

「それは大丈夫。あれは……ほら、積読つんどくしてるやつで、まだ読んでないから」

「そうなんですか? じゃあ私も読んだことないので、ちょうどいいですね。映画を観てから小説を読むと、細かいところがよりわかっていいかもですよ」

「かもな」


 言って、再生ボタンを押す。

 しばらくすると映画が始まった。


 映画は同じ部活の高校生の男女二人が主人公とヒロインの、いわゆる王道な作品だった。

 それほど突飛な展開があるわけではないが、二人のお互いに対する親しみを感じさせる軽妙な掛け合いはくすりと笑えたし、主人公にとっては高校生活最後となる大会のシーンは想像していた以上の大接戦となってかなり熱く、かと思えば惜しくも敗北した主人公をヒロインが真摯に慰める場面は思わずうるっときて、真剣にお互いの想いに向き合って恋愛に一直線に突き進みつつある今はかなりドキドキしている。

 

 そして物語はいよいよクライマックスへ。

 ヒロインは主人公のことが好きなのだが、主人公が遠方の大学へ入学するため、遠距離になってしまう。仮にもし付き合えたとしてもお互いに寂しい思いをしてしまう。それがネックとなり、あと一歩、ヒロインは告白に踏み出せないでいた。

 だが、そこ主人公の方がヒロインを呼び出して告白。何度かの問答の末、互いの想いを確かめ合い、とうとうその恋は成就した。

 そして最後に余韻とばかりの甘いひと時とキスシーンがあって終了。


 面白かった。やはり王道は間違いない。

 けれど……俺だけかもしれないが、今ちょっと気まずい。


 こういうのって彼女と観るならそれほどでもないのだが、そうではない女の子と二人で……しかも肩を寄せ合うほど近くで見ていると、なんというか、居た堪れない感じになる。はっきり言って、照れくさい。


 さらに言えば、俺と都築も部活の先輩と後輩だ。恋愛関係なんてなかったが、内容の端々にどことなく重なる部分がないわけではない。


 ――都築は意識していないといいな。

 

 素知らぬ顔でいてくれれば、俺の方のこれも解消できるだろう。そんな願望を込めた思いで隣を見てみると、いつの間にか都築もこちらの方を見ていた。

 ぱちり。目があって、思わずけ反ってしまう。


「ど、どうした?」


 都築は何も言わない。

 というよりも、何か言いづらそうに口を噤んでいる。


 すると突然、床に着いていた俺の右手に何かが重ねられた。驚いて手の方を見ると、それは都築の左手だった。

 そして今度は正面から、絞り出すような艶っぽい声が、水面に一滴の水を打つように、耳朶にそっと響いてきた。


「ねぇ、先輩――」


 声につられて、都築を見る。

 照明を落としているからやや判別が難しいが、都築の顔は熱っぽく浮かされているように見えた。


 そして俺がけ反っている分の距離を前のめりになって詰められ、そのまま上目遣いに見つめられた。否応なしに合ってしまった、潤んだくりりと大きな瞳が、俺の視線ごと意識を絡めとっていく。


 急な展開についていけず、焦燥感にも似た何かが募っていく。都築から目が離せない。

 何がきっかけだったのかわからない。わからないが、その何かに突き動かされているような強い情動を感じた。


 脳の深いところが全力で警鐘を鳴らしているのがわかる。まだ都築は何も言っていないのに、これから何を言うのかが、手にとるようにわかる気がした。


 ――まずい。


「お、おい。ちょっと待――」


 そんな俺の口からやっと出てきたような頼りない声を、都築の小さくもはっきりとした言葉がかき消した。





「――――――好き」

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