第二十話:後輩、慌てる

「あー、マジ美味かった。サンキューな」

「いえいえ、どういたしまして」


 食べ終わり礼を言うと、都築は読んでいた漫画を閉じ、テーブルへと置いた。

 そして俺の前にある食器に手を伸ばそうとしたので――


「いや、片付けは俺がやるわ。座っとけって」

「でも……」

「俺が食べたものだし、そもそも作ってくれたのは都築な上に、お前は食べてないだろ。俺が片づける以外に選択肢あるか?」

「――ふふ。片付けくらい、後輩にさせといてもいいのに。そういうところ、先輩のいいところですよね」

「いいところじゃない。普通だ普通。そうじゃなくて、やらせる方が悪いやつなの」

「はいはい。そういうことにしときます。じゃあお言葉に甘えて私は座ってますね。漫画読んで待ってます」

「おう、そうしとけ」


 △▼△▼△


 片づけを終えて戻ると、ちょうど都築もキリ良く読み終えたところだった。

 漫画を閉じ、棚へと戻しに行く。


「お疲れ様です。じゃあ、行きましょうか!」

「悪い、待たせたな」

「いえいえ。これはこれで楽しかったのでオッケーです! じゃあ行きま――ん?」

「……どうした?」

「いえ、なんか音が……」

「音?」


 言われて耳を澄ますと、パタパタと細かな何かが窓を叩く音が連続して聞こえてきた。

 顔を見合わせ、二人で窓へと向かい、レースカーテンを開ける。


「……雨だな」

「ですねー……」


 外には結構な勢いで雨が降っていた。

 横凪に風も吹きつけているらしく、傘をさしても役に立ちそうもない。


「なんで⁉ さっきまであんなに晴れてたのに!」

「こりゃ、運が悪いな。……どうする? 車必要なら出すけど、何する予定だった?」

「えっと、駅前をぶらぶらしようかなって。新しいお店も結構オープンしたって聞きましたし」

「けどこの天気だと、ちょっとあれだな……」

「あれですね……。いや、でも買い物に拘っていたわけでは。えっと、今から何か考えます!」


 都築は慌ててスマホを取り出し、調べ始めた。

 多分それほどやりたいことはなくて、なんとなくぶらつくくらいに考えていたのだろう。

 そういうときに突然、案を潰されると結構困るよな。

 と、そこでふと思いついた。

 都築が気に入るかはわからないが……。


「じゃあさ、家の中で出来ることしないか?」

「家で? ゲームとか?」

「あいにく、うちにはゲームのたぐいはない。だから映画でも見たらどうかなって。配信サービスのサブスクも契約してあるし、見たいものの一つや二つくらいすぐ見つかるだろ」

「映画かー……うん、いいですね! そうしましょう!」

「あ、でもパソコンでしか見れないぞ? うちのテレビ、ネットに繋がってないし」

「はーい。で、何見ます?」

「まずラインナップ見てからな」


 デスクに置いてあったノートパソコンを、ローテーブルまで持ってきて立ち上げる。

 それほど画面は大きくないので、意図せず肩を寄せ合う形になった。

 肩同士が触れあって感じる温度と、同時にふわりと漂う甘い香りに、ついついドキリとしてしまった。

 余計なことを考えないように画面に意識を集中し直す。


 一通りラインナップを確認し、都築を見る。

 すると都築もこちらを見て、頷き合った。

 どうやら決まったらしい。


「じゃあ『せーの』で何見たかったか言おうぜ。まずはジャンルな」

「はい! ふふふ。私、少しだけ先輩と一緒の自信ありますよ」

「お、それは楽しみだな。よし、じゃあ――せーの!」


「ホラー!」「恋愛!」


 訪れる沈黙。

 都築はこちらを見て目を丸くしている。

 よほど驚いたらしい。

 と思ったら、急に矢継ぎ早に捲し立ててきた。


「……いやいや、なんでですか! なんでホラーなんですか! 本棚にあーんなに恋愛小説ばっか置いといておかしいでしょ! ほら! これ! それからこれも! どっちも本棚にあった作品ですよ!」


 都築が指をさした先には、確かに本棚にあったものと同じタイトルの映画があった。

 いや、でもあれは俺のじゃないんだって。


「えっと、あれは……」

「あ! わかった! さては先輩、ホラー観るのに乗じて、私が抱き着くのとか期待してるんでしょ! バカ! 先輩のエッチ!」

「そんな意図はないんだけど……え、もしかして都築ってホラーとか苦手な口?」


 妙な慌て様に疑問を覚えて訊くと、途端にぴたりと都築は動きを止めた。

 そして一度、あさっての方向に目線を逸らして変な笑いを浮かべてから、また戻ってきて俺を見た。


「……いえ! そんなことありませんよ。――いいでしょう。見ましょうよ! 見てやろうじゃないですか! どんとこいです!」

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