第十五話:元カノと講義後に出かける

「智樹ー。今日、これから暇?」


 都築と別れた後、全ての講義が終わって筆記具や教科書を鞄に戻していると、隣に座っていた紗香に訊ねられた。

 講義室を出つつ、駐車場へと歩きながら話す。


「特に用事はないけど」


 俺と紗香の講義は結構被っている。

 というより、被せた。

 特にとりたい講義がない場合、被せた方が色々と融通が利く。


 休んだサボったときはノートを借りたり、テスト前には勉強を教えてもらったり、いい感じの席を確保しといてもらったり……。

 ――こうしてみると紗香さまさまだな。もっと感謝したほうがいいのかもしれない。今度なんか奢ろう。


 ただ紗香も一人で座っていて変なやつに絡まれるよりは、俺が隣に座っていた方が都合がいいそうだ。

 体のいい男除けってやつだな。


 それに男女二人で並んで座っていると、両隣は自然と空きがちだ。

 これが意外と俺にとっては利点なのだ。

 知らない人が隣に座っていると、なんだか妙な圧迫感を感じることがある。

 紗香も多分同じだろうから、ある意味でWin-Winウィンウィンの関係と言えるかもしれない。


「よかった。じゃあさ、本屋さんまで連れてってくれない? ちょっと購買じゃ物足りなくてさ」

「ああ、そのくらいいいよ」

「ありがと。じゃあお礼に、あとで飲み物奢るね」

「いや、いいよ別に。いつも世話になってるし」


 借りを返すチャンスだ。

 そう思ったが――


「ううん。本屋さんのあとはカフェも付き合ってもらうつもりだから。結構時間取らせちゃうし、飲み物くらい奢らせてよ」

「そういうことなら、まあ」


 断られてしまった。

 まあでも、是が非でも断りたいわけでもないし、奢られる建前もある。

 ここは素直に奢られておこう。


 ――デザート代くらいは出すか。

 そのくらいなら紗香も受け入れてくれるはずだ。


 そんなことを話していると、やがて駐車場へと辿り着いた。

 二人揃って車に乗り込むと、紗香が「ん?」と変な顔をした。


「どうした?」

「――ううん、別に。ちょっと座りが悪かっただけ。大丈夫だから、気にしないで?」

「そうか? なら、行くか」


 気を取り直し、出発する。

 紗香が本屋さんと言えば、大学からやや離れた県内有数の大型書店だろう。

 特に聞かなかったが指摘もなかったので、間違っていないはずだ。


「今日は何が目当てなんだ?」

「小説だよ。これ買おうって決めてるわけじゃないんだけど、面白そうなのがないかなと思って」

「へぇ。じゃあ読んで面白かったら貸してくれよ。俺も読みたい」

「いいけど、それなら智樹も何か買ったら? 私が読み終わるまで待つの無駄じゃない?」

「いや、それはいいわ。小説は読むの時間かかるから、外したら痛い。紗香からのオススメなら外したことないから信用できる」

「信用されてるんだね、私。……よし! 任せて。絶対面白いの見つけるから」


 どこか気合の入ったような紗香の様子を可笑しく感じつつ車を走らせていくと、程なくして目的の書店に到着した。


 俺には特に見たい本はないがずっと横にいられると気が散るだろうから、一旦解散して選び終わった後に集合することにした。


 この書店は規模が大きく、雑誌や漫画のみならず、文芸から児童書や専門書など多岐にわたって幅広く揃っている。

 そのため俺は特に用事なく訪れることがある。

 ただぶらぶらしながら表紙を眺めるだけでも無限に時間を潰せるし、雑誌を立ち読みしてもいい。

 書店は時間を潰すのには事欠かない。


 たまに読む雑誌を一通りチェックし終え、漫画コーナーの試し読みをひたすら読み漁っていると、スマホが震えた。

 紗香からだ。


「もしもし?」

『あ、智樹。ごめん、お待たせ。買い終わったからもういいよ。今どこ?』

「ああ。俺がそっち行くよ。今三階だから。文芸コーナーの近くだろ?」

『わかった。待ってるね』


 合流場所に向かうと、紗香は紙袋を抱えて待っていた。かなり厚く膨らんでいる。


「結構買ったな。何冊?」

「ええと……十冊くらい?」

「買いすぎだろ」

「へへ。なんだか気になるの多くってさ。普段ネット通販で買ってるけど、こうして実際に手に取るとやっぱり違うね」

「そっか。良かったな。じゃ、行くか。どこにする?」


 次に行く予定だったカフェを選ぼうとして尋ねたのだが、紗香は意外なことに首を横に振った。


「ん? どした?」

「やっぱりさ、智樹の家に行ってもいい? 飲み物は帰りにドライブスルーで買うとして……夕飯作るから一緒に食べよ?」

「ああ、いいけど。――珍しいな。紗香がそんなこと言い出すなんて」

「んー……やっぱり智樹の家が一番落ち着くからね。時間だって気にしなくていいし」

「そんなもん?」


 まあ俺としてはどちらでもいい。むしろ家の方が気楽なくらいだ。紗香の作る飯も美味いし。

 普段と異なる提案に若干の違和感を覚えつつも、深く考えることなく、俺たちは家へと向かったのだった。

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