第十六話:元カノ、家に来る

「時間も時間だし、ちゃっちゃと作っちゃうね。智樹は部屋で休んでて?」

「へーい」


 書店からの帰り道、スーパーに寄っていくつかの食材を購入してから帰宅した。


 現在十八時。

 遅いというほど遅くはないが、今からゆっくりしてそれから調理となると、それなりの時間にはなる。

 どうせ食べなければいけないのは変わらない。となれば後に回しても仕方がないので、先に食べてしまってからゆっくりしようということなのだろう。


 言われるがままに部屋に戻ろうとしたところで、ふと気になって冷蔵庫の中を見ていた紗香に声をかけた。


「そういえば何作るつもりなん?」

「……んー、今日は簡単にスープパスタかな。さっき買ってきた春野菜を入れたら美味しいのが出来そう」

「お。いいな、それ。ベーコンも入れてくれよ」

「わかってるわかってる」


 俺に答えつつ作業にかかる紗香に「じゃあ任せた」と言い残して部屋へと戻った。


 △▼△▼△


「あー、美味かった。サンキューな。ごちそうさま」

「いえいえ。どういたしまして」


 紗香の作ったスープパスタは野菜たっぷりで、食べ終えてみればかなり満足感のあるボリュームだった。

 もちろんリクエスト通りにベーコンも入っていた。

 健全な男子大学生なら、朝はともかく、昼と夜は少しくらいは肉っ気が欲しいものだ。

 それを考慮してか、俺の方に気持ち多めに入れてあった気がする。

 そういう気遣いはとてもありがたい。


 と、そこで黙々と食器をまとめてキッチンへと持って行こうとしていた紗香に待ったをかける。


「片付けは俺がやるよ。何もかもやらせっぱなしにするわけにいかないし。紗香は今日買ってきた本でも読んでな」

「――うん。じゃあそうさせてもらおうかな。実はずっと気になってたんだよね」


 言うとあっさりと引き下がった。

 俺が言い出したら譲らないのをわかっているからだろう。


 紗香のまとめてくれた皿をキッチンへと持って行き、洗う。

 俺は案外、こういう作業は好きな方だ。

 皿から油分がとれ、きゅっきゅと音が鳴るようになると満足感がある。

 どういう順番で洗えば効率よく洗えるか考えるのも、結構楽しい。

 とはいえ、今日はそれほど洗い物はないんだけどな。


 ほどなくして皿を洗い終え、シンク横の水切り籠に入れると、二人分のコーヒーを淹れてから部屋へと戻った。




「コーヒー、ここに置いとくぞ」

「あ、ありがとー。ちょうど飲みたいと思ってたんだ」


 ローテーブルの上に持ってきたコーヒーを置くと、ベッドの上でうつ伏せになっていた紗香が、本に栞を挟んで降りてきた。

 普段はクッションに座っていることが多いが、本を読むときはだいたいベッドの上だ。

 それが一番落ち着くのだそうだ。

 

 対して俺はほとんどは座って読む。

 寝転がって読むと腕の位置が安定しなくてだるい。


 二人並んで座り、コーヒーを飲む。

 まったりとした生温い時間だ。

 最近忙しなかったから、妙にほっとする。

 どこかへ出かけるのもいいが、やはりこういう時間も大切だと思う。


「――智樹、最近どう? 何か変わったことはあった?」


 と思っていたら、紗香が話しかけてきた。


 変わったことか……。


 真っ先に思い浮かんだのは都築のことだ。

 一度は遊びに行ったし、話のネタくらいにはなるだろう。

 修平にも言われたことだし、話しておいて損はない。


 そう思い、「実はさ……」と言い出そうと思ったのだが、喉のところでつっかえて言葉が出てこなかった。

 なぜかはわからない。

 ただどうしても、話す気がしなかった。


 開きかけた口を閉じ、へらっと笑いながら別の言葉を紗香に言う。


「変わったことはないけど、ゴールデンウィーク明けってやる気でないよな。五月病になりそうだわ」

「あ、わかる。長い休みの後はどうしてもそうなっちゃうよね。一週間もすれば慣れちゃうんだけどさ」

「だよな。ってか、そういう紗香は何か変わったことあったのかよ?」

「うーん、私は特に変わらず、かな。――あ、そうだ。この前、買い物行ったときにセールで可愛いワンピ買えてさ――」


 特に違和感は持たれなかったらしい。

 内心ほっとしつつ、そのまま紗香の話に合わせてリアクションをとる。


 どうやらいい感じの服が手に入ったようだが、靴や小物の組み合わせにしっくりきていないらしい。

 頷きつつ返事をしていると、いつの間にか今度買い物に付き合う流れになってしまっていた。

 荷物持ちと感想言うくらいしか出来ないけど。

 


 その後も紗香はノンストップで話し続け、ふと気が付けば二十三時を回っていた。

 もうかなり遅い時間だ。

 

「紗香」

「え、何?」

「もうそろそろ帰らないと、明日に響くぞ」

「あー、もうこんな時間かあ……」


 紗香も初めて時間を認識したようだ。

 スマホを見て驚いた様子だった。


 そして少し、悩んだ素振りを見せた後、歯切れ悪く言葉を漏らす。


「んー……ねえ、智樹」

「どした? 送ってくなら徒歩でも車でも好きな方でいいぞ」

「いや、そうじゃなくてさ……」


 違うのか。

 てっきり俺を付き合わせることに遠慮したのかと思ったんだけど。


 じゃあなんだろう。

 考えようとしたそのとき、紗香が先をとって口を開いた。


「――今日、泊ってってもいいかな?」

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