第十四話:後輩を友達に紹介する

 予定通り一旦家に帰った都筑とは、十一時に再集合して大学へと向かった。

 三限の開始は十三時のため少し早いが、一緒に学食で軽食をとろうという話になったのだ。


 さすがに一年生と三年生で講義はほとんど被らない。

 俺が単位を落としまくって留年間近とかなら話は別かもしれないが、最低限卒業できる程度には単位は揃えている。成績は良くも悪くもなく、まさに平均的といったところだ。

 都筑は少し残念そうではあったが、そのおかげで過去問を回してやれるかもしれないのだから、むしろ感謝してもらいたいものだ。


 そして食べ終わり、空席の目立つ学食内で都筑と喋っていると、横から唐突に話しかけられた。

 声の方向を見てみれば、俺と同じ学部の友達の北山きたやま修平しゅうへいがそこにいた。


「よ。智樹。おは」

「おはよ」

「――え、あれ? この子だれ?」


 修平は俺を見て声をかけてきたらしいが、どうやら都筑の方はあまり見ていなかったらしい。

 知り合いだっけ? みたいな様子を顔に浮かべていた。


「後輩だよ。今年の新入生」


 俺の雑な紹介に都筑は、簡単に「都筑です」とだけ名乗って頭をぺこりと下げた。

 だが修平は俺の答えが意外だったらしく、目を見開いてこちらを見た。


「お前……もう新入生に手ぇ出してんのかよ。色んな意味で早すぎだろ。――てかこんな可愛い子、どこで知り合ったの? お前、サークルとか入ってなかったよな?」

「コンビニ」

「コンビニ⁉︎ お、おう。お前、ナンパとかするやつだったんだな。知らなかったわ」


 衝撃的だったのか、修平は驚きつつちょっと引いた様子すら見せてくれた。

 期待通りの反応に笑い、「高校のときの後輩だよ。この前コンビニで偶然会ったんだ」と告げると、ようやく納得したかのような様子を見せた。

 そして改めて都筑の方に顔を向けて話し出した。


「俺は北山。智樹の友達。都筑ちゃん、よろしく!」

「こちらこそ、よろしくお願いしまーすっ」

「いやー、智樹にこんな可愛い後輩ちゃんがいたなんて驚きだわ。こいつ、結構人間関係無精なところあるからさ」

「いえいえ。こう見えて先輩は結構面倒見いい人ですよ。ちょっとわかりにくいですけど。高校の頃もなにかとお世話になりました」

「へぇ。結構慕われてんだな。智樹、やるじゃん」

「まあな。高校の頃は結構ガチで部活やってたし」


 俺の言葉に、修平は「ほー」と興味があるんだかないんだかわからない反応をした後、「なあ、智樹。こっち来い」と少し離れながら手招きした。

 それを見た俺は都筑に「ちょっと悪い」と告げ、修平に近づく。すると肩を組まれて顔を近づけられた。


「(なあ)」

「(……なんだよ?)」

「(この子のこと、紗香ちゃんは知ってんの?)」

「(いや? 言ってないけど)」

「(一応、言っといた方がいいんじゃね? 誤解されるぞ)」

「(何をだよ。いちいち高校の頃の後輩が同じ大学に入学してきたって言う方がおかしいだろ)」

「(それはそうかもしれないけどさ、でも保険はかけといて損はないだろ)」

「(いらねーって。大体、お前も知ってんだろ。俺たち、もうとっくに別れてんだぞ)」

「(そりゃそうだけどさ。……お前、紗香ちゃんのことまだ好きじゃん?)」

「(はぁ? 何を根拠に。んなわけないだろ。もう友達だよ)」

「(嘘つけ。見てりゃわかるわ。絶対、友達の距離感じゃねえよ)」


 修平はそう言うものの、いまいちピンとこない。

 確かに紗香のことは好きだけど、それが恋愛的な意味ではないと思っている。

 距離感だって一度別れた恋人と友人関係に戻ったなら、普通の友人よりも近くて当然だと思う。


 それに紗香の方から別れを切り出された以上、あいつに俺への気持ちがないことはわかりきっている。

 そこで「実は高校のときの後輩が入学してきたんだ」なんて話しても、「ふーん。そうなんだ」で終わるのがオチだろう。下手をすれば、「え、まだ彼氏のつもりでいるの? キモいんだけど」と思われるかもしれない。

 ……いや、紗香に限ってそれはないけど。ただ、言う理由が特にないのは事実だ。


「(まあ、お前がそのつもりならそれでいいけどさ。俺は忠告したからな?)」

「(……おう。サンキューな。機会があったら話してみるよ)」

「(そうしとけ)」


 俺の返答に満足したのか、修平は肩を組んでいた手を離した。

 そして都筑の方へと向き直り、ひらひらと手を振る。

 

「じゃあ俺はもう行くわ。都筑ちゃん、智樹借りて悪かったな。またねー」

「はーい」

「じゃあな」


 修平が去って席に戻ると、都筑に「ねえ、先輩。さっき何話してたんですか?」と訊かれたので、「なんでもないよ」と答えると、拗ねたような顔をされた。


「なんだ? 気になるのか?」

「そりゃ気になりますよ。私の見えるところで急に内緒話されたら気になって当然じゃないですか」

「そう言われてみればそうだな。でも本当に大したことないぞ。……そうだ。ほら、俺の友達に彼女募集中のやつがいるんだよ。そいつに都筑を紹介していいか訊かれたんだ」

「『そうだ』って絶対、今考えたでしょ。――でもいいです。言えないから内緒話したんだろうし」


 都筑も無理に話を聞きだすつもりはないらしい。

 でも本心では聞きたそうだ。

 考えてみれば、確かに目の前でこそこそと話すのは少し感じが悪かったかもしれない。

 とはいえ、さっきの内容を都筑に話すのも、それはそれでおかしいし、どうしたものか。

 

「ま、さっきの内容はともかく、お詫びに何か言うこと一つ訊いてやるよ。だから機嫌治せって。な?」


 苦し紛れに軽く言ったつもりだったが、都筑の反応は思ったよりもよかった。

 難しい表情をあっさりと捨てて、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「言いましたね? 絶対ですよ?」

「お、おう。けど、あんまり無茶なのはダメだぞ?」

「わかってますって。ふふ。何にしよっかな~」


 失敗したかな、と少し思ったが、まあ都筑のことだ。それほど無茶なお願いはされないだろう。

 それに機嫌の良さそうな都筑を見ていると、対価としては悪くないかなとも思えた。


 そうこうしているうちにだんだんと三限が近づいてきたので、俺たちは解散して各自講義へと向かったのだった。

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