第十話:後輩と遊びに行く part2

 一時間半ほど車を走らせると、水族館に到着した。

 受付を済ませて館内に入るなり、都築のテンションは最高潮だ。


「先輩、見て見て。これすっごいですよ!」


 まず最初にあったのは巨大な円筒形の水槽。

 三階ほどの高さから一階まで水槽を中心として螺旋状に通路が巡らされており、ぐるりと周回しながら中の様子を観察できる。

 高さによって魚の分布も異なり、ただ眺めているだけで結構面白い。


 しかしやっぱり一番に目を惹くのは――


「うわーっ! すごっ! 私、ジンベエザメって初めて見ました!」


 この水槽に飼育されている二匹のジンベエザメだ。

 日本全体でも数か所でしか見られないそうなので、かなり珍しい。

 世界最大の魚類であり、サイズは五メートル前後ある。

 数字で聞いてもあまりピンとこないが、こうして実物を見るとなかなかの大迫力だ。


 都築はへばり付くようにして水槽の中を見ながら目を輝かせている。

 見ためは変わったけど、こういうところはやっぱりそれほど変わっていないんだな。


 そして気がついたようにスマホを取り出し、パシャパシャと写真を撮り出した。

 だがすぐに「うーん?」と首を捻る。


「そうだ、先輩。写真撮りましょーよ。これだといまいち大きさわかんないし」

「おお。わかった。スマホ貸せよ。撮ってやるから」

「――は? いやいや、せっかく来たんだし一緒に撮るに決まってるじゃないですか」

「え、いや、俺は――」

「はいはい、いいからこっち来て。早くしないとジンベエザメどっか行っちゃうし」


 そう言われ、有無を言わさずぐいっと腕を引かれた。

 強制的に横並びになった状態で、都築がインカメをこちらに向ける。


「撮りますよー。はい!」


 掛け声とともに何度か連続してシャッター音が切られた。

 撮り終わった都築がスマホを操作して写真を確認する。


「ぷ。先輩、変な顔。めっちゃ引き攣ってる!」


 見せられた写真には確かに俺がぎこちない笑みを浮かべおり、対照的に都築は綺麗な笑顔で写っていた。


「しょうがねえだろ、いきなりだったし」

「そんなこと言って、本当は写真撮られ慣れてないだけなんじゃないですか?」

「違うから」


 都築は「またまたー」とか言いながらこちらを見ずにスマホを操作している。

 そして「よし」とカバンに締まったタイミングで、俺のスマホが震えた。


 なんだ? と取り出してみると、都築から先ほどの写真が送られてきていた。


「一番綺麗に撮れてるやつ送っときました」

「これが? さっき見せられたやつの方がマシじゃなかったっけ?」


 微々たる差だが、まださっきの方が自然な笑顔に近かった気がする。

 と思っていたら


「あ、もちろん『私が』です」

「お前かよ!」


 反射的にツッコんでしまった。

 思った通りの反応を得られたのか都築は楽しげに笑い――


「ちゃーんと、保存しといてくださいよねっ」


 △▼△▼△


 先ほどの円筒形水槽のゾーンを抜けると、次は回遊魚のゾーンだ。

 壁面の水槽に次々といろいろな種類の魚が通過していく。


 岩場なんかも結構凝って作られているので、それを見ているだけでも楽しめるのだが、ここの目玉はそれだけではない。


「わっ。先輩、足元見て。ほらっ!」


 都築が指をさしているのはプロジェクションマッピングだ。

 水槽とは反対側の壁面から投影された映像が通路の床に映し出されている。


 星やシャボン玉のような円などのきらきらとした図形が通過したと思ったら、すぐにイルカやくらげなど海の生き物たちがさーっと流れていく。

 特に子供たちなんかは水槽よりもよっぽどこちらの方に気をとられているくらいだ。


 都築もはしゃいでこそないものの、興味深そうに眺めていた。

 と、そのとき――。


「きゃっ!」

「――おっと」


 突然走ってきた男の子と都築がぶつかった。床を見ていて、前を見ていなかったのかもしれない。

 バランスを崩して転倒しかけた都築をぎりぎりのところで抱き留めて支える。


「怪我はないか?」

「あ……は、はい。大丈夫……です……」


 都築は縮こまって恐縮しているようだった。顔は驚きのあまり、赤くなっていた。

 ぶつかってきた男の子も幸い転んだりしておらず、どちらにも怪我はなかった。


 慌てて駆け寄ってきた男の子の両親にぺこぺこと頭を下げて謝られるものの、都築は手を振りつつ「いえいえ。全然大丈夫ですっ」とにこやかに対応している。

 当の男の子はどうしていいかわからなかったのか、その場でおろおろとしていたが、両親に謝るように促されて都築の方を向いた。

 そして都築がしゃがみ込み、視線を合わせる。


「ごめんなさい……お姉さん……」

「んーん。私は大丈夫。でもね、もしもぶつかったのがお年寄りだったり、もっと小さな子だったりしたら怪我しちゃうかもしれない。だから、ちゃんと気を付けないとダメだよ?」


 それを聞いた男の子が頷いたのを確認すると、都築は「よしよし、いい子だね」と頭を撫でた。

 男の子はしおらしくしているが、恥ずかしそうに身体をもじもじとさせ、顔も真っ赤になっている。


 ――ははーん。


 その後、両親と一緒に去る男の子と「ばいばーい!」と手を振り合って別れた。


「お前も罪な女だねぇ」


 充分に離れた後、あの男の子の心の内を慮ってぼそり零した。

 するとすぐに反応した都築が、きょとんとした顔をこちらに向けた。


「何がです?」

「あの男の子だよ。憧れの綺麗なお姉さんとして思い出の一ページに刻まれたんじゃないか?」


 うんうんと頷きつつしみじみ言うと、都築は実に胡散臭そうなものを見るような目を俺に向けた。


「……え、なに?」

「いやいや。それ、先輩が言うんだと思いまして」

「どういうことだよ?」


 意味が分からず訊き返したが「べっつにー」と流されてしまった。

 そして「あ、そうだ」と俺の方に向き直った。


「もしもまた誰かとぶつかっちゃったら、ちゃんと助けてくださいね? ほら、手、繋ぎましょ?」

「あ、うん」


 ほら、と差し出された手を半ば反射的に取る。

 すると都築は「じゃ、行きますか」と歩き出した。


 ――ってちょっと待て。


「これ、繋ぐ必要ないだろ。隣歩いてれば充分だし」

「いえいえ。これが必要なんですよ。繋いでるのとそうでないのとでは、全っ然違います。異論は認めません!」

「絶対?」

「絶対!」


 ――少々腑に落ちないが、まあ……いいか。

 これ以上何を言っても聞かなさそうだし。

 別に害があるわけでもないし。


 結局手は繋いだまま、相変わらず……いや、なぜか鼻歌混じりになってさらに上機嫌そうな都築と、次のゾーンへと向かった。

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