第九話:後輩と遊びに行く part1

 ――五月五日。

 連休最終日となった今日は、都築を遊びに連れていく約束をした日だ。


 もう少し予定を前に持っていくことも出来たのだが、旅行前は旅行の計画を立てたかったし、帰ってきた後は一日休みが欲しかったためこの日となった。

 旅行は楽しいけど疲れが出やすいし。


「あ、先輩だ」


 待ち合わせ場所の再会したコンビニに着くと、都築は既に待っていた。


「『あ』ってなんだよ」

「歩いてくると思ってたから」


 今日は車で来た。

 徒歩三分の距離を一分かけて。


「これ、先輩の車?」

「俺のじゃなかったら誰のだよ。先にコンビニ寄ってこうぜ。お菓子とか飲み物とか買いたいし」

「はーい」


 二人でコンビニへと入る。

 今改めて思ったけど、紗香以外の女の子とこうして待ち合わせるなんて一体、いつぶりのことだろうか。

 大学に入ってからは初めてかもしれない。


「結構時間かかるからそのつもりで」

「え、どこ行くんです?」

「水族館」

「……水族館?」

「知らないか? 魚とかいっぱいいるぞ」

「いや知ってるし! そうじゃなくて『なんでそのチョイス?』と思いまして。――あ、嫌いとかじゃないですよ? むしろ好きです!」

「ああ……」


 お菓子をカゴに入れながら言う。


「普通に近くの買い物出来そうな店とかレジャースポットでもいいかなと思ったんだけど、そんなとこすぐに何度も行くだろうし」


 都築はふんふんと聞いている。


「まだ一年生なら周りに車持ってるやつ少ないだろ? その水族館、ちょっとアクセス悪いから車がないとなかなか行けないんだよ」

「なるほど! 結構ちゃんと考えてくれたんですね!」


 得心がいったようだ。

 納得顔で頷いている。


「あと――」

「あと?」

「街は混んでる上に外は暑いから嫌。水族館なら混んでるのはともかくとして、屋内だから涼しい」

「本当はそっちが本音なんじゃないですか? ……そういえばそんな人でしたね」


 呆れられてしまった。

 だが場所の選択はそれほど間違えていなかったのか、すぐに機嫌を取り戻した。

 

「よし、行くか」

「はーい」


 買い物を終え、出発する。

 何も言わなくても都築は助手席に座った。

 そりゃそうか。


先輩へんはい食べるはへる?」

「お前、食べながら話すなよ。……食べるけど」


 差し出された菓子を受け取って食べる。

 じゃがいもをスティック状にして硬く揚げたっぽいあれだ。

 かじるとぽりぽり小気味良い音がする。

 これ、好きなんだよな。


「──で、この前から気になってたんだけどさ」

「ん?」


 もらった分を食べ終え、都築の方を指さしながら聞く。


「その劇的ビフォーアフターはどんな由縁? 彼氏でも出来た?」

「違いますよ!」


 都築は即座に否定するも言いづらそうに口をつぐみ──


「ふっつーに大学デビューです! せっかく新天地に行くんだから色々変えたいじゃないですか。新しい自分? みたいな」


 と言った後、「あとはほら……彼氏だって欲しいし」と小声で付け足した。


「ははは」

「笑わないでくださいよ!」

「いや、悪い悪い」

「これでも結構、声とかかけられるんですから! 同期の男の子にはしょっちゅう遊びに誘われるし……」

「だろうな」


 誇張でなくその通りだろうな、と思う。


 昔の印象からは考えられないくらい今の都築は可愛い。


 元来の性格も相まって、高嶺の花っぽいけど話しかけたら気さくに応じてくれる美少女って感じに仕上がっている。


 これでモテないはずはないだろう。

 入学してまだひと月くらいだけど、狙っているやつも少なくないんじゃないかな?


 都築は「絶対嘘だと思ってる……」とむくれている。

 俺が「思ってないって」と言っても疑いの目を向けたままだ。


 それが可笑しくて、ついつい笑みが溢れる。


「──で、その中に付き合いたいと思うやつはいないの?」


 都築は『この話、まだ続けるの?』とでも言いたげだったが、「うーん……」と考えてから答えてくれた。


「──いませんね。なんか誘ってくるのっていかにも『俺、イケてるでしょ?』みたいな人ばかりで。私、かっこいい人って苦手なんですよ。緊張しますし」

「わからんこともないけど、難儀なやつだな」

「その点、先輩はちょうどいい感じで安心できます。よかったですね!」

「おいコラ。絶対褒めてねえだろ」


 都築は「褒めてますってー」と言っているが、全然信用出来ない。


 だいたい、『ちょうどいい』って何だよ。まあ言ってることはわかるけどさ。


 自分の凡庸な容姿を思い浮かべると、不本意ながら納得せざるを得ないことはわかる。

 わかるけど、不満なものは不満だ。

 それとこれとは全く別の話なのだ。


「じゃ、じゃあ……」

「ん?」

「先輩は、彼女いないんですか?」

「あー……」


 この前も思ったけど、紗香のことは話すべきだろうか。

 ……いや、やっぱ必要ないか。


「いないよ、今は」


 俺の返事を聞いた紗香は「ふっ」と鼻で笑った。

 なんだか小馬鹿にされている気がする。


 俺が「なんだよ」と訊くと──


「『今は』とか見栄張らなくていいですって。ま、そういうことならこれからは私が遊んであげますね! よかったですね、こんな出来た美少女の後輩がいて」

「自分で言うのかよ! いや……そうじゃなくてだな……」

「この前先輩が『自信持っていい』みたいなこと言ったんじゃないですか! ……ふふ。これから楽しみにしてますね、先輩?」

「──ま、暇だったらな」

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