第七章 再びエスカレーターで

モデルのような美女を見送り、私は夫に視線を戻した。


ジッと見つめる私に向かって、圭君はクスっと笑った。

そして、大きな手を私の頬に伸ばした。


「また、泣く・・・本当に泣き虫だなぁ、唯(ゆい)は・・・。」

私の涙をなぞる左手の温もりが嬉しくて、結局、続けて涙を流してしまう。


「だって、だってぇ・・・。」

夫の右手が持つ松葉杖の先の包帯で巻かれた足を見ると、本当に無事だったことが奇跡に思えるからだ。


「レントゲンもMRIからも異常は見えられません。おそらくショックで意識をなくされたのでしょう。足は骨折してますが複雑なものではないので、回復にも時間はかからないと思います・・・。」

私と同じく不安そうに説明を聞いていた川本さんも、ホッとした表情で胸をなでおろした。


誠実な人柄が好感を持て、夫をひいたことに対する恨み等、わくことはなかった。

だから、壊れた携帯電話の修理代と治療費の他は、慰謝料等は受け取らないことにした。


手術から意識が戻った圭君と相談した結果のことだけど。

今、退院した夫と共に地下鉄のエスカレーターを昇っているのは、修理できた携帯電を取りにいった帰りのことだった。


本人の証明がいることと、入院からの気晴らしに久しぶりに外出を一駅ながら家路までの寄り道としゃれ込んだからだった。

背の低い私はエスカレーターを一段のぼり、夫と目線を合わせ、ジト目していた。


遠目では、男に惚れこむバカ女に見えていることだろう。

半分以上は当たっていることだけど。


「もう・・・死ぬほど心配したんだからぁ・・・。」

私の涙を拭った圭君に、鼻にかかった声を続けて投げつけた。


「一晩中、携帯画面を見続けて・・・・電話はつながらないし・・・。」

夫は真面目な表情に戻り、話を聞いてくれている。


「本当に・・・本当に・・・どこか、いっちゃったのかって・・・。」

再び、あふれ出した涙が私の声を詰まらせる。


短いエスカレーターの旅が終わる寸前、後ろ向きの私の肩をを抱えるように、圭君の左手が伸びた。

そのまま、家までの道のりを、私は温もりに包まれてゆっくりと歩いた。


愛する人と寄り添う幸せを、私は噛みしめていた。

ふと見上げた青空に向かって、心の中で呟いた。


「神様・・・ありがとうございました。」


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