第三章 繰り返す過ち

扉が閉まった後、私はうなだれたまま暗い廊下に佇んでいた。


独身時代から繰り返される、些細な喧嘩。

みんな、私が悪い。


つまらない一言が、圭君を傷つける。

学習能力が無い私は、なんてバカなんだろう。


夫を送った後の気まずい感情を持て余すのは、これで何度目だろうか。

自分を責める私の声が、心にエコーで響いていく。


大好きなくせに、へたくそな自分の愛情表現が、ホトホト嫌になる。

出張に旅立つ夫にわだかまりを作ったままのこの状態が、私を不安に駆り立てる。


何かの小説で読んだけど、別れ際に喧嘩した後に死別する話が思い出される。

ジワッと、目尻に涙がたまる。


イヤダ、イヤダ・・・。

私は飛んで行って、圭君にすがりつきたくなった。


こんなに好きなのに。

下手くそな私の愛情表現が、圭君には届いていない。


今朝の会話を思い出して、私は自分を責めるしかなかった。

本当に不器用な私に対して。


「ん・・・・。」

私は目を閉じ、圭君の背中を抱きしめていた。


早朝の眠気が残る気だるさと、心地良い唇の感触が私を夢の中に漂わせていた。

圭君の背中は大きく、私の両腕では余るほどだ。


「唯(ゆい)・・・。」

圭君の囁きが、私の唇の中で溶け込んでいく。


目覚ましが鳴る前に起きた私は夫を起こさないよう、そっとベッドを後にするはずだったのに。

圭君の腕が、私を引き戻したのです。


そのまま。

唇が重ねられて。


「もう・・・突然、なんだからぁ・・・。」

私は鼻にかかった声で呟いた。


「フフフ・・・。」

圭君、夫は嬉しそうに微笑んだ。


私は逃げるようにベッドから降り、遅めの朝食の支度に向かった。

今日から圭君が出張に行くから二日間、一人でお留守番。


だから、朝食くらい凝ったものを作りたかったんだ。

だって、私達、まだ新婚一年目なんだもの。


一日だって、離れているのはイヤ。

それくらい、私は圭君が好き。


泣きたくなるくらい。

皆様、おかしいですか・・・?


こんなに、夫が好きな妻って。

キモイ・・・ですか?


でも、許してください。

ずっと、ずっと・・・好きだったんです。


中学一年生の時から、ずっと。

圭君に胸キュンでした。


なのに。

何で、あんなこと、言ったのかなぁ?


朝食を終えて、身支度をすませた圭君。

お出かけのキスの時。


「イタッ・・・。」

つい、漏らした声に。


「どうしたの・・・?」

心配そうに覗き込んでくれた。


だから、つい、冗談のつもりで。

言わなきゃ、良かったのに・・・。


「圭君・・・おヒゲ、チクチクして痛いの・・・。」

おどけて言ったつもりだったけど、夫の表情が一瞬、凍った。


「そう・・・か・・・・。」

寂しそうに俯いた後、すぐに顔を上げて、そのまま何も言わずに出ていったの。


「圭・・・君・・・・。」

私は玄関にたたずみ、締まった扉の灰色を視界の全てにして、呆然としていた。


それが、圭君、夫との最後の別れになるとは夢にも思わずに・・・。

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