エイプリルフールに「私と付き合ってほしい」と幼馴染から告白されたんだけど、嘘か本気か分からない!

ヨルノソラ/朝陽千早

エイプリルフール

『隠してたんだけど、ずっと前から好きだったんだ。だからさ、私と付き合ってほしい』


 今朝がた、俺のスマホにこのようなメッセージが届いた。


 明らかに告白としか受け取れない文章。

 百人に聞いても、百人がこれは告白だと断言するだろう。


 だが、問題なのはこのメッセージが送られてきた日付。

 四月一日。今日である。


 要するに、だ。

 この告白は、エイプリルフールの『嘘』という可能性がある。


 それゆえに、俺は今朝から小一時間ほどにわたって頭を悩ませていた。



「な、なんでよりにもよって今日なんだっ」


 ベッドの上で身悶えながら、俺は奥歯を噛み締める。


 このメッセージを送ってきた相手は、俺の幼馴染。

 長いこと片想いを続けている──大好きな女の子。


 幼馴染じゃなくて、恋人にステップアップできたら良いなとずっと思っていた。

 このメッセージが届いた時、俺の心臓は張り裂けんばかりに高鳴った。


 しかしだ。

 今日がエイプリルフールである以上、喜ぶだけではいられない。


「普通に考えればエイプリルフールの嘘って線が固い、よな」


 一年は三六五日もあるのだ。

 よりにもよって、告白を今日に選んでいる時点で、この告白は嘘である可能性が高い。


 だが、ここで厄介な問題が浮上する。


 この告白が本気だったときだ。


「エイプリルフールだからって揶揄ってるのか? やめろよな、そういうの」


 などと、嘘を看破しようとした場合。


「私、そんなつもりじゃなかった。……もう知らない!」


 と、関係に亀裂が入るパターンが考えられる。


 一体、どうすれば。

 いっそ、エイプリルフールの存在を一度忘れて、告白をそのまま受け取るか? 


「俺も幼馴染のままじゃ嫌だと思ってたんだ。付き合おう」


 でも、これで嘘だった場合。


「いや、冗談だってば。てか、私のことそういう目で見てたんだ。……幼馴染だと思ってたのに。ごめん、もう一緒に居られないね」


 と、関係に亀裂が入るパターンが考えられる。


 どちらを選んでも、最悪のパターンが想定できてしまう。


 くっ。

 どうすればいいんだ。



 俺は幾度となく頭を悩ませると。

 勇気を振り絞って、幼馴染に返信を送ることにした。




 ★




『俺も、ずっと前から好きだった』



 四月一日。エイプリルフール。

 私は、一世一代の大勝負に出ていた。


 十年以上片思いを続けている幼馴染に、思い切って告白をしてみたのだ。


 といっても、あれだよ? 

 めちゃくちゃ保険はかけてるよ? 


 今日はエイプリルフールだし、もし、私の告白が相手にされなかった場合。


「いや、お前のこと異性として見るの無理だわ」

「ぷはっ、騙されてて草。今日、エイプリルフールなんですけどっ」


 的な感じでね。


 もちろんそうなったら、私はひどく落ち込むことになるし。

 部屋に引きこもって、しばらく体育座りをすることになるだろうけれど。


 それでも、アイツとの関係は続けられる。


 告白が成功すればハッピーだし、失敗してもこれまで通りの関係を続けられる盤石な作戦。


「だと思ったのにぃ」


 ベッドの上で横になりながら、私はスイミングスクールで鍛えたバタ足を披露する。

 両手で抱えた枕は、原型を思い出せないくらい強烈に圧縮されていた。


「なんで、メッセージで返事してくるのよ」


 私からメッセージを送っておいて横暴だけれど、このパターンは考えていなかった。


 アイツが、『俺も、ずっと前から好きだった』というメッセージを、どういう意図で送ってきたのか分からない。


 エイプリルフールの『嘘』として送ってきたのか、あるいは、


「本当に私のことが、す……すす、好き、だったり」


 私は沸騰しそうなくらい、顔に熱をためると、枕で顔を隠した。


 ああ。

 どうして今日がエイプリルフールなんだろう。


 もし、今日がエイプリルフールでなければ、彼からのこのメッセージを素直に受け取ることができて、喜ぶことができた。


 ううっ。

 策士策に溺れるとは、こういうことなんだ。いや、元から穴だらけの作戦だっただけなのだけど。


「どうしよう、仕返しのつもりでこのメッセージ送ってきたのかな。でも、もし本当に好きでいてくれてるなら──」


 私は長いこと一人で悶々とした後、勇気を振り絞って彼にメッセージを送った。



 ★



『じゃあ、今から私が彼女面していい?』


「いや、ど、どっちなんだよ」


 随分と長い時間待たされた後、俺はメッセージアプリに届いた文言を前に再び頭を悩ませていた。


 正直、埒が明かない。

 捉え方によっては、俺をエイプリルフールの嘘で騙して揶揄っているようにも取れるし、本当に恋人としてのルートを歩み始めたようにも取れる。


 そもそも、メッセージというシステムがよくない。

 これでは、彼女の胸のうちを探ろうにも、探りきれない。


 俺はギュッと下唇を噛む。


 そもそも論として、俺はいつもいつも逃げすぎだ。

 さっきだって、結局、逃げた解答を出した。幼馴染が送ってきたメッセージと同様の文章を送ることで、保険をかけたのだ。


 しかしだ。

 そうやって逃げてどうする。男らしさがない。


 失敗を恐れていたら、ずっと、関係は変わらないままだ。


 俺は覚悟を決めると、メッセージではなく電話をかけることにした。



 ★



「え、うわ、電話かかってきた」


 メッセージを送信してすぐ、私のスマホがひとりでに震え始めた。


 いきなりの電話。

 要件については想像がついている。


 私は胸に手を置き深呼吸をすると、わずかに震える指先で液晶をスワイプした。


「も、もしもし」

「あ、おう。今、大丈夫か?」

「大丈夫じゃなかったら電話出ないし。てか、電話かけるなら先に一言メッセージ送ってよね」

「え、なんで?」

「そりゃ、緊張とか色々……じゃなくて! てか、何か用?」

「用、というか。あのメッセージの意図を確認したいというかだな。ほら、今日ってエイプリルフールだろ」


 ゴクリ、と口の中に溜まった唾を飲み込む。


 思えば、私のやり方が間違っていた。

 エイプリルフールに告白をして、もし振られたとしても『嘘』だと言い訳をすればいいという保守的な手法。


 そのせいで、まどろっこしい事になっている。

 余計な思考回路が生まれて、もしかしたら騙されているんじゃないかと不安になる。


 でも、告白ってこういうことじゃない、よね。


 胸の内に蓄えた純粋な気持ちを打ち明ける。

 その結果、どうなろうが仕方のないことなんだ。


 だから、もし、この気持ちを赤裸々に伝えた結果、関係に亀裂が入ったとしても──。


「わ、私は──」

「いや、待って。この聞き方はずるいな」

「え?」

「俺、お前のことが好きなんだ。本気で。だから、お前から付き合ってほしいってメッセージが来た時、すげぇ嬉しかった」

「え、えっと」

「だから、もしそっちが冗談のつもりで言ってきてたとしても、今更、取り消させる気はないっていうか。あ、いや脅してるわけじゃないんだけど……と、とにかくだな! 俺、お前のこと幼馴染じゃなくて女として見てるから。だから、俺と──」

「ま、まま、待って。ちょ、ちょっと頭の整理追いつかないって!」


 私はベッドから立ち上がると、喉が張り裂けんばかりの大声を出す。


 頭上には数え切れないほどの疑問符が浮かび上がり、黒目はぐるぐると泳いでいる。


 ただそれでも、どうやら、私は今、告白をされているみたいなのは確かで。

 少なくとも、彼の発言に嘘が紛れていないことは長い付き合いから理解することができた。


「な、なんだよ。ここまできたら最後まで言わせてもらいたいんだが」

「で、電話じゃヤだ」

「は?」

「だ、だから電話じゃ嫌。ちゃんと目の前で言ってほしい」


 我ながら我儘で面倒臭い女だと思う。


 ただ、私がワガママを言えるのは彼だけだから、ここは思い切ってお願いしてみることにした。


「……わかった。今、家だよな?」

「うん」

「じゃあ、すぐ行くよ」

「すぐっ⁉︎」

「なにか問題あった?」

「あるに決まってる! 掃除とか諸々、部屋の中散らかってるし、服も着替えてないし」

「別に気にしないけど」

「こっちが気にするの! もう、ホント無神経!」

「なっ、悪かったな。ったく」

「でも……大好き」

「は?」

「じゃ、一時間にウチに来て」

「は、いや、今のもういっか──」


 私は問答無用で通話を切ると、スマホをベッドの脇に置いた。


 頬がだらしなく緩む。顔の熱が上がりきって、このまま茹でたタコみたいになりそう。浮き足立つ気持ちを抑え込みながら、早速、部屋の掃除に取り掛かる。


 私に、人生初の彼氏ができるのは、それから一時間あとのことだった。

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